第二章2話 『おはよう』
朝の帳が顔を出し黄金色に煌く光が障子の向こうから押し寄せる。道場の中少年はいつもの袴姿とは違い一般的なジャージ姿でその空間に足を運んでいた。日の出から暫しの時間を跨いだ光源は下屋付近まで上がっている。障子を開けば直接その光は自身の偉大さを瞳から脳に伝える。
道場と家屋に繋がる扉から声が掛かる。綺麗で透き通り甲高いその声、カガミの声が背中からかけられる。
「おはよツルギ。本当に行くんだよね?」
「おはようさん。あったりめぇだ。売られたもんは買う。それが男だ」
一拍の間が朝の空気に晒される。その短く一瞬ではない時間で彼女は何を思ったのだろうか。今回、クラスメイトの彼、佐藤が呼び出した意味。それは少なからず良くも悪くも昨日の登校がなければなされなかった。彼はあの時間あの誘い以外特に話すこともせずに昨日と言う日を終わらせた。この話が良い方向性ならば内容の一つでも話題にされるだろう。だがされなかった。それは選択の根が一つ潰れていることに過ぎない。すなわち、昨日帰宅を済ませたツルギとカガミは一つの答えに辿り着いた。
「うん、わかった。ツルギってば携帯持ってないんだしちゃんと約束の時間には帰って来てね?」
「昼過ぎだろ。分かってるよ」
歩みを寄せたカガミが片目を瞑って手を軽く掲げて直射日光を妨げる。ツルギの傍らに立って、
「まぶし……暖かい」
「だな。眩しいし暖かい。太陽って昼間はいつでもそこにいて当たり前のようにいるけど雨の時とか姿くらまして全くって感じ」
「まったく? ツルギは太陽嫌い?」
「んいや、ただ馬鹿だなーって」
ばか、とだけオウム返しをするカガミが顔を傾けてツルギを覗き込む。
「雨降っててもさ雨雲の向こうで必死に光を放ち続けててそれはそんなに気付かれなくてさ、なんか馬鹿だなーって。この時期は暖かくて気持ちいいし心地いい、でも夏場なんか暑苦しくてとっとと沈めなんて思われて冬場は少し顔出したらすぐに引っ込んではえーよなんて思われてさ。でもそこにいて当たり前に陽の暖かさを届け続けて……って何言ってんだろうな」
言いたいことも分からず思ったことをずらずらと並べ最終的にはゴールがどこなのか自身でも分からなくなる。苦悩の表情を浮かべれば傍で青空の静かな光源を半眼で必死に見つめる彼女が、
「言いたいことをまとめると、当たり前のようにいる大切な存在に深々とありがとうってことじゃないの?」
「ありがとうなんては言わねぇけど」
「じゃあ馬鹿やろぉ?」
「んや。お疲れ、これからもよろしくって感じかな」
「そっかそっかぁ。んじゃ私も、太陽さんお疲れ様、これからもどうぞよろしくお願いします」
見てもいない返事もないその大いなる存在に彼女は深く礼儀良く頭を一度下げて、
「ほらほら、もうそろそろ時間じゃない?」
「んだな。んじゃちょっくら行ってきますか」
「うん。あ、そうだ。これ持ってって」
カガミはツルギから死角になっていた自身の背から白いバッグを差し出す。両手でバッグの端を持ち上げ、ツルギは持ち手で受け取る。
「これは?」
「何かあった時用。ほらほらほらいってらっしゃい」
バッグ越しに急かされ追い出される。多分なんて言は言わないし言えない。ただ言えるならば、
「カガミ、ありがとな。いってきます」
「……はい、気を付けてね」
† † † † † † † † † † † †
裏山の山道入口にはクラスメイトの佐藤を始め他にも佐藤を含めた五人の男子が揃っていた。佐藤の横には須藤、クラスメイトだ。他三人は手前で背を向けている形になっているため判断が出来ないが、背丈はあまり変わらない所を見れば同年代の少年だろう。彼らは背に大きめのリュックに手荷物カバン。背を向ける三人の内二人は長めのカバンだ。
佐藤の恰好は黒色の闇に溶け易いシンプルな服装で、須藤は濃いめの緑色の迷彩服。他三人は佐藤同様なシンプルだが闇に溶け易い地味な服装をしている。
「わりー、ちょっと待たせたか?」
佐藤はこちらに気付いてはいなく、ツルギが声をかけてようやく視覚に入れた。
「おう馬鹿の剣君。そんな待ってねぇーから気にすんな。九時五分前だし上々な集合だ」
「やあ、日柳。今日はよろしく楽しもう」
迷彩服の須藤の差し出された手を握り、戸惑いながらも「よろしく」と一言返す。顔の見えなかった三人も同様に、
「「「よろしく日柳氏」」」
「随分なハモりってこわっ!」
ガスマスクに似たフルフェイスのマスクの三人は一語一句狂わずに揃え手も差し出す。その狂気に似た三人に身を引いてしまう。
「おれは森田」
「おれは森岡」
「おれは森山」
「「「三人そろって森三中」」」
世間を知らぬツルギはどこかで聞いたことのあるような単語だと少し思うが、すぐに脳回路をシフトチェンジ。
差し出された手を恐る恐る握り合いそれぞれに控えめに「よろしく」と返すと佐藤が「よし」と前置きをして、
「挨拶も済んだし行くか」
そう言いながら大きな手荷物を担ぐと他四人も気合を入れながら山道へ侵入していく。佐藤も彼らの後を追うように忍び込み、戸惑うツルギを横目で見て、
「ほら、行くぞ」
そう言って裏山へ連れ出した。
始まるのだ。男同士の決戦が――。
† † † † † † † † † † † †
到着した場所は山道を忍び込み、少しばかり進んだところにあった。嘗ては民宿だったと思われる建物だ。壁にはツタがへばり付き、何年の年月が経ったのか思い知らされる。人気はなく叫んだとしても麓の町には声は届かないだろう。そう、助けを呼ぼうとも周囲は木々が生い茂る森。ツルギは生憎学生生活を謳歌していた人ではない。そのため外部との連絡手段、携帯電話を所持していない。とどのつまり、本格的に救援を望めない状況下にあるのだ。まあ、携帯電話があろうとも電話帳には親くらいしかいないのは必至なのだが。
人数は五人プラスツルギ。彼らは背負ったり手に持った荷物を下ろしてそれぞれ腰や腕、首を鳴らして疲労をアピールしながらやる気を見せつける。
「さあやるか」
佐藤の一声で四人は荷物バッグを開ける。
「始めるのか。いつでも覚悟は出来てる。五人同時ならそれでもいい。その代わり互いに手抜きでやろう」
カガミから受け取ったバッグを入口付近に優しく置くと拳を握り締め脇を締め足を大きく開いて構える。佐藤を抜いた四人がバッグからそれぞれ武器を取り出す。ライフルやマシンガン、拳銃と遠距離型飛び道具の数々。
「手抜きとは言ったが、武装集団だとは思わなかった。多少加減して欲しい」
だが、佐藤はなにやら話の通じていない表情を向けた。少し間を置き何かに気付いて頭を適当に掻く。
「あのな、もしかしてだけど。喧嘩すると思ってんのか?」
「違うってのかよ」
「はぁ、そりゃ誤解も誤解。話したろ、サバゲだよサバゲ」
「鯖、毛……サバに毛が生えて」
「ちげぇーよ! サバイバルゲームの略称な。この銃を使って戦うんだよ。もちろん」
「やっぱり殺し合いをするんだな。短い人生だったが、俺が生きていても何もならねぇのは知ってるからな。悔いはねぇとは言わねぇけど、覚悟の上だ」
「だからちげぇーよ! サバイバルゲームってのはおもちゃの銃で弾丸はBB弾でただの遊びだよ」
「遊び……遊びで人殺しとか最近の若者はこえーな、おい」
「あーまあいいや、だから喧嘩とか物騒なもんじゃねぇよ。楽しく遊ぼうぜって話」
「そんなこと一言も」
「あー、矢田野に言っておいたが伝わってなかったか。そりゃわりー、まあ気を取り直してよろしくな」
「お、おう」
再び改め手を握り合い、佐藤からモデルガンを二丁借り一同決戦の準備が整った。
ふと、カガミから受け取ったバッグの中身を確認すると水筒の他、絆創膏や消毒液、それとメモが入っていた。そこに記述されていたのは、
『はしゃぎすぎてケガしないようにね。健闘を祈ります軍曹( ̄^ ̄)ゞ』
ヘンテコな顔文字に失笑しつつしまい、戦へ向かう。
† † † † † † † † † † † †
「ルールは、三対三のデスマッチ。跳弾ヒットは無効。一応判断の利かない時は個々にヒット扱いで。至近距離での発砲は極力しない方向でフリーズコールな。では三分後に鐘を鳴らす。以後開始」
まとめ役は佐藤。チームとして、佐藤、森岡、森山。須藤、森田、ツルギ。で構成された。公平なグットッパによるグループ分け。
佐藤のルール説明が終わりそれぞれが散り散りに隠れ潜む。ツルギも階段の裏へ身を隠して鐘が鳴るのをただ待っている最中。
『――日柳氏。聞こえていますですか。こちら森田、森田。聞こえているならば返事を願います』
その声は小さめのトランシーバーからの声だ。スイッチを押すことで返答が可能と教えをもらっているため使用方法に不都合はない。
「――こちら日柳。しっかり聞こえてるぜ」
『――よし、こちら須藤。日柳、森田。相手の親玉は佐藤だ。だが森岡、森山も手強い。あの二人はお前たちに任せたい。頼めるか?』
『――こちら森田。あの二人の癖は熟知している。言わずともすぐに加勢しに行ける所存』
「――こちら日柳。よくわかんねぇけどなんとかがんばってみる」
『――二人とも健闘を祈る。佐藤は俺一人ではきっと無理だ。なんとか足止めをしておくが、盛岡森山撃破後連絡を頼む。撃破後は正門裏によろしく。さあ、始まる』
「――ちょ正門裏って」
そう言いかけた時ツルギの潜む階段の先、民宿の玄関部から一つの鐘の音が鳴る。
開戦の幕が切られた。
† † † † † † † † † † † †
鐘の音が鳴り響いた瞬間の銃撃の音が左に右から木霊する。幾度の弾ける音たちと人の駆ける足音と悲鳴が二つ。左右別の場所から建物に響く。
悲鳴後は静まり返り、今までの乱戦が嘘だったかのように思えてしまう。するとトランシーバーから声が聞こえる。
『――こちら森田。森岡撃破』
その報告の後、右側の入り口に森山と思われる人物を発見する。銃口を定め、引き金に指を掛けて、片目だけで照準を合わせて、引き金を引く。
だが、銃は願った通りに作動せずに空撃ちの様な感覚を伝えた。
銃の引き金部を見つめてもなにが起きたのか理解が出来ない。確かに教わった通りに引き金を引いた。だが作動しなかった。と、一人焦っていれば眼前の獲物、森山と思われる人物はこちらに気付き銃口を向けて放った。
その弾丸はツルギの遥か頭上に軌道を描き飛ぶ。その弾丸が壁へ衝突する音を小さく立てると、階段から一階へ跳ぶ少年が一人。落下する最中に放たれた弾丸は一つ。その一つが見事に、
「――ヒットー! くそっ。強敵であった。ばたり」
あからさまに倒れ込む森田。そして、眼前に現れた佐藤。踵を瞬時に返してツルギに銃口を向けるが、
「ってか、剣。あれは森田な、味方だろ。あとスライドしてねぇーだろ。貸してみ」
躊躇いもなく唖然と呆然としているツルギが渡すと、佐藤はスライドしコッキングする。すれば、ツルギへ返却して、
「今回は見なかったことにすっから、次会った時は敵同士な」
そう言い残して佐藤は駆け出して行方を眩ました。
トランシーバーから、
『――こちら森田。後は任せた』
『――こちら須藤。現在二階にて佐藤を発見。日柳、森山を頼む』
銃を握り締めスイッチを押して返答する。
「――こちら日柳。森山発見。任せとけ」
階段裏から覗けたその影は今は一人しか残っていない人物、森山。一見森田と判別がまるで出来ない同じ服装はほぼ初対面に近かったツルギからしたら見間違えてもおかしくはなかった。
彼の行方を追い背後から照準を定めるが、森山は踵を返す。瞬時に身を潜め直すツルギ。物陰から覗かせると森山は一階、階段から二階に向けて照準を合わせている。その先から銃撃戦の音が響く。彼らが戦っているのは明白。
森山は深呼吸を一度して肩の力を抜き再度照準を合わせ直す。
「――須藤、一階から狙われてる!」
返答がないトランシーバーは現在の悪戦を物語る。彼に届いたか分からない。だがツルギがやれることは一つ。目の前の残党を須藤から守る。震える銃口はまるで定まらない。故にツルギは駆け出す。森山が気付くよりも早く近付く。
背後からの駆け音で森山は銃口をそのままに首だけを翻す。それと同時にツルギの構えた銃口は彼の背からすぐの距離。
「……フリーズ」
「……おっけい。参った」
「――須藤、森山は何とかなった。あとは」
その最中、トランシーバーに割り込む。
『――こちら須藤、やられた』
眼前にいた森山はその連絡を聞くと瞬時にその場を離れる。眼前には階段とその先の暗闇が残り、その奥から手すりを伝って軽々と黒色の服装の少年が滑り降りる。
戦況は、須藤チーム残りツルギ。佐藤チーム残り佐藤。一対一の一騎打ち。その勝敗が眼前まで迫り来る。向けられている銃。銃口から銃弾が放たれた瞬間ツルギは全身を転げさせ回避し刹那に体勢を整え直し佐藤に向けて発砲を三度。佐藤には一発も触れることはなく、また佐藤は降りてきた階段を駆け上る。その跡を追い打つが、一つとして全くの別方向に辿り着く。
佐藤の気配は闇に溶ける。階段を一段一段ゆっくりと上がっていく最中、闇から抜け出してきた者が現れる。
銃を構えるがその人物がはっきりとして銃口を下げる。
「日柳、気を付けろ。やつは強い」
「須藤、お疲れ」
去り際に須藤は自身の銃を差し出してきた。それはマシンガン。それを無言で受け取り、一つ頷くと須藤も頷き降りて行った。
最終決戦の二階へ上がる。暗い暗い光がすこしばかり零れ入るそこは裸眼では構造を理解できない。
須藤からの戦利品、マシンガンを構えて身構える。
足音が静かに素早く移動する。左から右へ、右からこちら側へ。
目を凝らすと不規則に視界に入る赤い光。その光はツルギの瞳を通り額を通り胸付近へ移動し泳ぐ。
ツルギはその光源か着弾点か自身の光一点の赤い点に気付くと、脳が震える感覚を覚える。
それは、恐怖、恐慌鬼胎憂虞畏怖狂気狂乱。数々の恐れと狂う元凶。
脳が震え手が震え腕が軋み足が硬直し脚が痙攣する。この感覚を知っている。恐怖を知っている。その後の結末も知っている。知っているはずなのに分からない。
赤い点、ただその点に怯え恐れ恐怖し狂乱させられる。その点は何かの仇に思え、何かへの執着でもあり、何かへの情が沸く。
何かは分からない。覚えていない。だが、知っているはずの何か。
点が差す何かを守りたくて守らなくてはならなくて、でも救えず。屈して、抗おうとしても足は立たなかった。そのくせ、心の本心にもない堕落を並べた。そうすれば助かると思ったから。
その在り方が日柳剣の本来の姿だから。
「――へんぜる」
ツルギの胸に灯った赤い点。それを認知すると、ツルギは体を一瞬震えさせて、ぐったりと力なくその場にだらける。その代わりに赤い点はツルギの背後の壁に灯り、銃弾が放たれる。
跳弾によってツルギの背中に銃弾が一つ当たると、ツルギは正面の彼に向けて銃口を向ける。
佐藤は照準を下げてツルギへ向けると、動転と衝撃と動揺と驚愕を同時に味わう。目の前の彼の輝きのない瞳に。
佐藤は必至に引き金を引こうとした。だが、指が動かない。瞳孔が開いて閉じてを繰り返し呼吸が不規則になり息が止まる。吸うことも吐くことも出来なくなり、心拍が低下して、思考が切れかかる寸前、全てが通常の状態にふと戻る。
「――はっ、はぁはぁ。なんだってん、だっ……」
胸元も背中も額も頬も汗が垂れ、瞳孔が真面になって正面の彼を見直す。すると、
「……おい、剣!」
日柳剣は横たわり、ぐったりと眠っている。銃を投げ捨てて彼に駆け寄った佐藤。身体を乱暴に揺すり意識を呼ぶ。するとツルギはただ寝ていたかのように薄らと双眸を開けて、
「……わ、わりぃー。もう大丈夫だ」
「ホントかよ」
「あぁ、ちょっとトラウマを思い出した程度の話さ。あ、でもちょっと休んでてもおっけい?」
「ふぅ、まあ何ともなさそうだしよかったっちゃよかったわ。ちょっくら休憩にすっか」
その後、休憩を挟み挟みに入れてサバイバルゲームは何もなく進行していき、時刻は十二時を過ぎた。
彼らに別れを告げてツルギの本日のサバイバルゲームは幕を閉じた。
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