第一章15話『日常の中の非日常3 終』
太陽は空の端は隠れ、暮れてく陽が空を朱色に染め上げツルギとアテラは最後の一軒に挨拶を終えて帰路に向かっている最中。
ようやく二人の時間が訪れツルギは慣れない行動に肩の荷を下ろす。
「だあ。とりあえず挨拶は終わりか」
「うん。ツルギわざわざお疲れ様。疲れたでしょ」
「まあな、人と接するのがあまり得意じゃねぇからさ。特に初対面だったし」
「そっか。あ、でも私には初めから馴れ馴れしかったよね」
思い返せば初対面は召喚された時、その後ヘンゼルとグレーテルとの一戦中に乱入。救われ一息尽いたのが初対面後真面に接した時間だろう。
「まあ、あれは命救われたしそれもあるんじゃないかな」
彼女が乱入しなかったらツルギは今こうしてアテラと会話をすることも息をすることも出来ていないわけなのだから、命の恩人としてもツルギの中で彼女は初対面でも村の人たちと違った対面なのだから。
と一人深々と考えていればアテラは足音を止ませ足を止める。
「いや、ほらパンツが見えてるって」
思考を巡らせ回想する。ヘンゼルとグレーテルとの乱戦後、二人の家の屋根での出来事。
思い返せば真面に会話した時、ツルギの第一声はそれだった。
「そいやそうだっけな。純白の白色が――いだっ!」
歩みを続けたツルギの横からアテラがいい香りを漂わせながら体当たりを仕掛けた。
彼女は繊細に流れる赤毛をはためかせずかずかと帰路を先急ぐ。
「思い出さなくていいですぅ!」
「でもアテラが言い出したじゃん!」
アテラはあからさまに不機嫌な様子で「ふんだ!」と子供のように無邪気に拗ねる。その後ろ姿が発育した少女なのにも関わらず幼く見え微笑ましく想い後を追う。
ツルギより少しばかり背の小さめの彼女の傍らに少しばかり駆け足で並び歩く。
「そいやアリス居なかったな。やっぱり、つーかなんつーか、悪いことしたかな」
アテラは人差し指を顎に当てて空を眺めながら少し唸りながら考え、
「まあそんなに気にしなくてもいいかも。アリスは昔から人にあんな風に接してたし、ほら」
顎から離れた指先は右へ左にひらほら動かして続ける。
「アリス自身あのことには否定的だったし、例え本当にアリスがしてくれたことでも照れ隠しなだけだから」
「そ、そうなのか……」
立ち止まり柔らかく作った握り拳で口元を隠して迷走する。確かにあの態度はあちらの世界で語り継がれる『ツンデレ』の類なのだろう。だが、少女はツンケンしているのではなくどこか哀しげな風に見れた。
「――ツンデレっていうか、哀デレ? あ、でもデレてないからそれも違うか」
「つんでれ? かなでれ? 変なこと言っていないで帰るわよ」
どこか先急ぐ彼女の足取りは、どこか浮かれているように全身を跳ねさせ進行し赤毛が揺らめき跳ねた。
そんな彼女から一歩遅れてツルギは帰路を辿る。
夕刻の空はすでに赤みはなくなり日没後の黄昏は、薄暮で足元を確認出来る程だけの明るさしか届けない。
† † † † † † † † † † † †
アテラの家が視界に入る頃になれば薄暮で暗かった足元は、月が上がり月光が足元から全身、村全体を明るく照らしていた。
正面から黄金に似た光を反射させる球体を目に映し、そしてふと思い出す。
「そう言えば、この世界の月。あ、あの空に馬鹿でかく浮かんでる丸いやつのことだけど」
「つきで合ってるけど、月がどうかしたの?」
「名前一緒なんだな。そう、あの月は俺のいた世界じゃもっと、そうだな。太陽と同じくらいの大きさなんだけど。ま、あのでけぇ月のお陰でここが異世界だって思い知らせれたんだけどな」
「そうなんだ。想像出来ないなぁ。やっぱり恋しい?」
「……んいや。言ったろ、ここに来れて本気でよかった」
それは本当に心の底から思ってる。間違いない確信もある。虚飾でない偽善でない建前でない本当の気持ち。だが、これからのことを考えさえすれば命の不安が全くないわけではないのも事実だ。でもやっぱり、
「そんな顔すんなよ」
暗がりで表情が見えている訳ではなかった。だが、彼女の心情が空気を伝って伝達する。
「確かにこっちはなんか物騒なこととか起こりそうだけどさ、あっちで寿命を待つのよか、ここで精一杯生きるのも悪くないかなーって。それに――」
手を繋ぎたい、抱きしめたい、頬をつねりたい。そんな感情を抱けたのは産まれ持った体質。女性に触れると出てしまうアレルギー反応が大きく原因となっているだろう。
だが、ツルギはもう一つの複雑な感情が渦巻く心中。胸を針で刺されるような感覚に襲われる。
――君は俺にとって、特別なんだ。
そう伝えることが出来たらこの感覚はなくなるのだろうか、はたまた別の感情を加えてさらに苦しくなるのか分からない。でも一つ分かることがある。
月光降り注ぐ夜風が正面に隣接し村との境界線の森から吹き来るのを全身で受け止める。
――この感じ、嫌いじゃない。
「――いや、いいや。さ、さっさと帰って明日に備えて寝るとしましょうか!」
袖口をわざとはためかせ彼女を置き去りに先進する。その後を軽い足取りで追尾して訂正する。
「ツルギも眠たいの分かるけど使い魔の契約してからね」
彼女の優しげな声を背に受けて進行を停止する。彼女の柔らかな感触や甘美な匂いを味わうよりも先走った感情。その元凶は真正面、森の暗く暗い奥に見えた気がした。
「――おっと、急に停まると危ないじゃない。……どうしたの?」
その緊迫した背中に彼女は尖らせた口を息を呑むと同時に硬くした。
暗がりの阻止を月光を頼りに目を凝らして凝視してそれを睨み付ける。薄らと見える様な見えない様なそれ、
「だからどうしたのって」
「森の奥に見えないか?」
アテラは疑問符を浮かべてツルギの視線の先を追ってその辺りに視線を送る。
「んー、森しか見えないけど……」
アテラも目を凝らした。ツルギも凝らした。だが、見えない。
ツルギは肩の力をすっと抜いて息を漏らした。
「気、のせい、か」
「なにか見えたの?」
「なんかわじゃわじゃしたような生き物みたいなやつ?」
「なんで疑問形?」
「分からねぇからさ。あの兄妹だったりして……」
アテラは顎に指を一本添えて月に目を配った。
「んー、なら気のせいかな。アガ爺の張った結界で魔獣は近付けないし、それに結界内への侵入者はすぐにばれちゃうようになってるから」
「なんかすげーな。なら大丈夫か、気のせいだな。気のせい気のせい」
そう言い聞かせて帰路を辿るツルギはしかし不安に苛まれる。
† † † † † † † † † † † †
「戻ってきました我が家。さ、今日もふかふかの藁が俺を癒やしの安眠へ誘ってくれるぜ」
「なーにお馬鹿なこと言ってるの? そこは使い魔召喚で人以外が召喚された時用でツルギのはあっち。その前に使い魔の契約もするし、夕ご飯もこっち」
「ははは。冗談冗談。分かってるって」
藁の敷き詰められた小屋の前で踵を返して隣接したアテラの世話になっている家の玄関前に駆け寄る。
すると、家の戸が独りでに開き温かな一筋の光が外の暗がりを照らしていく。その戸を開いたのはツルギでもアテラでもなく中から現れたお姉さんくらいの茶髪の女性。
「あら、アテラちゃん帰ったのですね。あらあら彼氏さん?」
「ただいまシンシア。この子はツルギ、昨日使い魔召喚して現れた子って昼も言ったじゃない」
「うふふ、そうでしたね。あの可愛らしい寝顔のツルギくん、私はシンシア。アテラちゃんのお世話係をしてます」
「むぅ、お世話係ってなによ。お世話になってるのは本当だけど係りになってたのは初めて聞いたのだけど」
溜息を一つ溢して満更でもない表情を浮かべるアテラ。腰に手を当てて付け足す。
「出かけるの?」
「ええ、薬草が足りなそうなの。月が昇ってるうちにもう少し採っておこうと思いまして」
「そうなの? そういえばさっきも森に居たりした?」
「ほんとついさっきいましたよ。火つけたままにしてましたから一旦戻ってきたのです」
「段取りいいのは分かってるけどそうゆうところほんとに危ないんだから。もう」
「あはは、ごめんごめん。てことで夕ご飯は作っておいてありますからね。じゃ、お二人さんまたね」
シンシアはバスケットを両手で腹部で支えて「はーい」と言いながら森へ向かって行く。アテラは光が漏れる戸を押えツルギに視線を送っていた。
シンシアの薄れていく背中に向けて大声を張った。
「あ、あのシンシアさん! 俺ツルギっていって――」
その大声に割り込むように顔を少し向けて聞こえるか聞こえない程度の声を届ける。
「よく知ってます」
シンシアはひょこっと軽く跳ねて二人に自分の存在が暗がりから見やすいように手を大きく仰いで叫んだ。
「私が留守だからって変なことしちゃダメですからねー!」
「しませんよぉ!」
「しないの!?」
「しません!」
最後まで大きく手を振り続けやがて森の闇の中へ見えなくなってしまった。
ツルギが反復質問を繰り出せばその問いは瞬殺される。
「しないの?」
「しません!」
口を尖らせて頬を赤く紅潮させるアテラ。ツルギから視線を逸らして尖らせた唇を少し震わせ、
「って、言いたいけど。ほら、使い魔の契約。するから……」
彼女のその行動に何の意味があるのか、異世界二日目のツルギにとっては知る由もない。
「で、でも変なことでもないって言うか……。使い魔がいる人はみんなする道だし当たり前のことをするだけなんだから。だから何も変じゃないの。うん、変なのはそれを変だと思う人で私は思わないし、なんせ当たり前にすることだもの。でもツルギ的には変だとか思うかなぁ。で、でも今回ばかりは拒否させてあげないからね。もう決まったことだから、私の使い魔はツルギで、ツルギの主人は私で、だからだから……」
「アテラごはん冷めちゃうぞ」
すでにツルギは先に家へ入り昼と同じ椅子へ腰を掛けた。
アテラの反応から察するにとてつもなく変なことをするのは必至。ならその前置きとして心を鎮めておこうと考えながら、眼前に広がる豪勢な食卓の味を楽しめるか不安になりながらもツルギはスプーンで黄金のスープを掬う。
そこに映しだされるのは一つの日常。平凡な平穏な日常の一ページ。
その一ページは昨晩の怒涛な夜とは正反対で昨晩の記憶、出来事を消すかのようにスープを口へ含み呑み込む。
少年は、この一ページが日常だと誤った理解をして呑み込む。
このどこにでもあるであろう、平穏な時間は彼、彼女らにとって。
――日常の中の非日常。だと痛感するのは、彼にとっての日常が非日常になったその日であることに彼はまだ気付かない。
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