第一章14話『日常の中の非日常2』
――ツルギとアテラは食事を終えた後一緒に明日から同行するという男の住まう家まで訪れていた。
扉の前に差し掛かると浮遊していた精霊フンシーが眠たそうに瞳を細めて欠伸をする動作を口を遠慮なく広げてする。
「なんだなんだ、随分眠そうだな」
「そうだね、ふぁあ。アテラ、少し眠くなってきたよ」
「そう、昨日の夜も頑張ってくれたもんね。お疲れ様。ゆっくり休んで」
「うん、寝る――」
薄ら薄らと徐々に半透明になりながらその球体の中心、核と言うべきかそれは翠色の珠がありそこへ集まるように溶けていく。
「おい大丈夫か、俺を殺す前にお前が死にそうじゃねぇか」
「仕方ないじゃないか、後はよろしくツルギ。じゃあねおやすみ……」
戸惑いながらに「おう」と返答を返せば表情がなくなり姿が消え中央の核だけになり、核はアテラの左耳たぶに瞬時に移動して変哲もない、翠色の球体のイヤリングに化ける。
「なんじゃそりゃ」
「なんじゃそりゃあ?」
「なにそれ」
「フンシーよ?」
「じゃなくて、イヤリング?」
「ああ。そうそう、フンシーは普段あーやってぷかぷかしてるけど、なんか具現化してるのも疲れちゃうんだって。だから」
アテラが細い華奢な指先で悪戯に自身からぶら下がる翠色の珠をちょこんと突き続ける。
「こうして疲れたら御璽って言うんだけど、御璽になって充電してるとかなんとか」
「なんだか曖昧ミーだな」
「まあね。ささ、明日からの同行者、マモンに挨拶いきましょ」
一度頷きアテラが扉を三度ノック。すれば室内から聞こえるイケメンボイス。
「――財を手にするのは?」
「マモン」
その問いに瞬時に、ほぼ同時に思える程に素早く返答を返すアテラ。続けられるやり取り。
「――国を繁栄させるのは?」
「マモン」
「――王に相応しいのは?」
「マモン」
「そうそうそう、そう! 全ての財を欲しこの手にし富豪を超越し国さえも繁栄させる次代の王に相応しい、それこそ!」
そう淡々と語る最中、アテラはツルギの背を強引に押して三歩ほど扉から離れる。
「おいおいハニー強引なのもいいけど責めは男の所業」
「バカなこと言ってないで、これくらいでいいかな」
そう室内の男が言い切ると扉が大丸太を倒したような爆音が鳴る。それの後に続いて、
「――いっだ! あ、開いてねぇわ」
こちらに聞こえていないと思っているらしくデカいその声は筒抜けながら室内のマモンという男が言い直し再開される。
「――財を手にするのは?」
「マモン」
その問いに瞬時に、ほぼ同時に思える程に素早く返答を返すアテラ。続けられるやり取り。
「――国を繁栄させるのは?」
「マモン」
「――王に相応しいのは?」
「マモン」
「そうそうそう、そう! 全ての財を欲しこの手にし富豪を超越し国さえも繁栄させる次代の王に相応しい、それこそ!」
――なんつーか、ここの世界の連中は会話を戻すのが好きらしいな。
と、今度こそ扉が盛大に開かれる。と誰しも思ったはずだが、再び聞き慣れた爆音が扉越しに聞こえた。
「――いっだぁあ! またやっちまったぜ。俺様としたことが、てへへ」
――なんだろう。俺はこいつを好きになれなそうな。
咳払いを一つ前置きにして再開される。
「――財を手に――」
ツルギは悟る。これ以上、マモンの問いとアテラの返答が繰り返されたら無限ループすると、
「財を手にするのもマモン、お前だし、国を繁栄させる次代国王に相応しいのもマモンだ!」
「誰だか知らんが、そう。その通り、そうそうそう、そう! 全ての財を欲しこの手にし富豪を超越し国さえも繁栄させる次代の王に相応しい、それこそ!」
咄嗟に動いた。これ以上先延ばしにされてたまるかという闘争心。
扉のドアノブを回すと回らない。つまり、逆側からすでに開く準備がされているということ。
そしてつまり、先刻までの爆音から察するに、
扉が強引かつ爆撃音をがならせ開くと同時にツルギがその場から消え去り現れた男。
ガタイの良い若い男は緑のバンダナを付けてタンクトップのような服から露出されたこんがりと焼けた褐色の肌は健康的そのもの。
「――俺、俺、俺、俺様だぁぁぁぁあああ!」
両手をピンと伸ばしてヒーロー如く参上ポーズを決めきったマモン。その横を何も気にせずに通り過ぎて室内へ侵入していくアテラを余所にマモンはさらに続けた。
「俺様、次代王のマモン・バン・ミコトになにか用事か」
少し距離が離れた所へ横たわり軽く睨み付ける。
「お、おまえ。バカだろ」
「いい眼をしてるな兄弟。否! ツルギ。フハハハハ!」
「あぁー、無理絶対無理」
「なにが無理なのか知らんがなにせそこで寝ているのも風邪をひくぞ。さ、中へ入りたまえ」
「てめぇーがやったんだよ! ドアホ!」
「怪我はないようだな。一安心したぞ兄弟。さ、手を取りたまえ」
差し出された男らしい手。悪意のないその彼に体重を任せるように手を授ける。
――気に入らねぇし、仲良くなんか無理。こんな暑苦しそうなやつ初めてみたくらいだしな。
だが、一つの虚飾が彼が彼に手を伸ばすには充分な理由だ。
これから旅を共に歩む仲間として、
† † † † † † † † † † † †
石のテーブルと石の椅子が少しひんやりと体温を下げる。室内の臭いは汗と男独特の臭いが充満して虚飾癖のあるツルギでさえ顔を少し強張らせる。いたってアテラは表情を無にしたまま何食わぬ顔でマモンと会話をしている。
「明日は日の出と同時にアリスメル村を出ます」
「おう。俺様がばっちりきっちり王国まで護衛すっからよ! 兄弟と一緒にな! な!」
強引に肩を組まれ強引に近付けさせられ無意識に拒絶しようとしたのかマモンとは逆方向へ首から先が仰け反る。
「明日中にロトリア村に着いてウァサゴ様のお孫さんのところで一泊させてもらって――」
「だあ。先のことなんかいい、いい。目の前のことに必死に生きようぜ。な、兄弟」
「……なら目先の俺のことを考えろよな。暑苦しいわ」
マモンは強引に無理矢理肩を組んでいた腕を瞬時に解きオーバーリアクションで返す。
「――おお、これは悪かったな兄弟! はっはっは!」
そして組んでいた方の手で強めに背中を叩いてきた。それに対して咳き込めばアテラは不安気に眉を寄せる。
「ちょ、ちょっとツルギ大丈夫?」
「まぁ死んじゃいねぇから大丈夫」
「なんだなんだ兄弟、死ぬほどでもないだろ。な!」
一撃先刻よりも強打を背中で受け止める。死にはしないだろう。だが袴を脱げばそこには大きな葉が赤く刻まれていることだろう。
「そ、それならいいけど……」
アテラは深呼吸を一度すると寄せた眉を普段通りに戻し続けた。
「明日からのことはとりあえずいいとしても、明日から一緒に行動するんだから自己紹介でもどう?」
「そいや、名前以外アテラにも何も話してなかったな」
「俺様は全ての財を欲しこの手にし富豪を超越し」
マモンが再び聞きなれた自己紹介をする中ツルギはアテラを一心に見つめて続ける。
「俺は元は日本って国に住んでたんだ。まあ、あっちはすげぇ平和で魔獣とかもいないし」
「国さえも繁栄させる次代の王に相応しいマモン・バン・ミコト。みなはマモンと呼ぶ」
「そうなんだ。こことは全然違うのね」
「ああ、こっちの王制とかもあっちじゃ考えられねぇし。でもかといって罪囚になる人もいる。そこらはどこ行ってもどの世界でも変わらないな」
「俺様は貧民の家庭で生まれ育ちここまででかくなった。あ、脱線したな。それで俺様は考えた。ここまで育てた親もだしこの村の人らになにか出来ないか」
「そっか。それは少し悲しいかな。この世界も元は――」
そう言いかけて切ると顔を横に少し振り何かに否定をしたような仕草を見せる。
「ううん、なんでもない。ツルギのいた世界、ニホン? 行ってみたいなぁ」
その双眸はツルギを捉えていなく丸窓から見える青空に送る。
「あっちは平和だけど平和すぎてなんつーか、うん。でもアテラ、君を俺の故郷に連れてってあげたいな。親にも紹介したいし、――ちょっと黙ってくれる! なかなかにいい雰囲気なんだけど!」
「それはつまり俺様が国王になって国もアリスメル村も繁栄させて親にうめぇメシ食わせてやる」
丁度に言い切ったのかマモンは厚めの胸板を張って口を詰むんだ。
「――ってお前、いい奴だな!」
「当たり前だ兄弟。今更なに言ってるんだか。やれやれだぜ」
当たり前と今更と言われても、出会ってから今までのやり取りから察するにいい奴の定義に何一つ引っ掛からない。とツッコミを入れたくなるのを堪え笑みを一つ浮かばせる。
マモンから再びアテラに視線を戻すと先刻の様な微笑みはなくなりどこか後悔を思わせる。
「アテラ、どうかしたか?」
彼女は少しへの字に曲がった口元に力を少し込めて重く一度口を開きそして閉ざす。
哀しげに見える表情を見つめれば胸の奥がきりきりと締め付けられるような感覚を覚え硬直した空気を解かそうとツルギは再び口を開く。
「もしかして召喚したことに罪悪感とか感じてる?」
その言葉にアテラはビクリと見つめ続けなければ分からないほどに微動する。への字に曲げられた口は無理矢理三日月の様な曲線に変えられ同時に震えながら言葉を吐く。
「……なんか、えと。ごめんね。平和で素晴らしい世界に居たのにこんなところへ呼んじゃって……」
彼女の意地か虚飾か、その裏側はなくツルギの問い通り罪悪感が芽生えたのだろう。
空気を察してくれたのか本能のままに動いたのか、マモンは「はっ」と息を漏らして外との繋がる扉にぶつぶつと言いながら歩む。
「そーいえば、あしたのジュンビがまだだったなー。ミズでも汲んでくるかー。な!」
空気を読んでやったとばかりにツルギへ会心のウインクを爆裂させ扉の向こうへ威勢良く駆け出した。
「なんだよあいつ、せわしねぇな。全く明日出発ってのにまだ準備し終わってねぇのかよ」
愚痴を一つ溢す。本心からではない虚飾の一声。口にした言葉はマモンへの否定的言葉。だが感謝は胸の中で一つする。なぜならその間に彼女の罪悪感からの答えを導く時間をくれたわけだ。
――ちげーな。元から決まってる、そんな答え。
ただ何を口にしたら正解か。どれから言ったら傷付けないか。どう言ったら罪悪感を消せるのか。
それらに対する時間の猶予をくれた。だから一言「ありがとう」と握り拳を作る。
だがしかし、先手を切ったのはツルギではなかった。
彼女は俯き気味になりぼそっと一声震えながら溢す。その双眸は視界に入れることを避けるように赤い前髪が妨害する。
「ツルギ、幸せだったでしょ。あっちのせか――」
「――感謝してるよ。召喚してくれて」
途切れた言葉に停止した動作。彼の言葉を待っているわけではないその行動。だが声を出さなければならない。そう思ったから本心を吐き出す。
「おれは弱くてあっちじゃ友達の一人もいやしねぇし、幼馴染の女の子すら悲しい思いばかりさせてた。学校じゃボッチになるからって不登校になったりもした。それに嫌気もさしてた。強者が弱者を土台にする世間に、だから、ってのもあるし……」
本心。本心だが違う、そうじゃない。本心の本心。虚飾の裏側。
「……違うな。違わないけど」
言葉にすれば現実になる。声に出さなければ思うだけの感情のまま。だがツルギは越えようと思い一つ自身へ背中を押すように頷く。
「……逃げ出したかったんだよ。あの現実から。だから異世界に来たとき正直本音は嬉しかったしワクワクもしたし、何より君に逢えてよかったって思った。だから」
微動だにしなかった彼女がそこでようやく動きを見せた。声も出した。それが嬉しかった。
「……あえて、よかった?」
だから言葉を返す。声を振り絞る。間違わないように、
「ああ、逢えてよかった。ほんとによかった。ありがとう」
単純なそれらが彼女の罪悪感を消す素材になるか分からない。だけどツルギにはそれ以上も以下も答えが見つからなかった。
アテラは立ち上がり赤毛を揺らしながら外へ繋がる扉へ向かった。その双眸は未だ視界に捉えることは出来ずツルギはその姿を見つめることしか出来ない。
彼女が扉の取っ手へ触れようとした時赤毛を翻しふわりと宙に浮かぶ繊細な髪からその表情を目に入れることが出来た。
「さ、ツルギ。お世話になった村の人たちに挨拶行かないと。行きましょ」
その表情は笑っていた。目を細め、口を綺麗な弧の曲線を描き、笑窪が少し頬を凹ませる。そんな笑顔。
彼女の掛け声にツルギも立ち上がりアテラのいる扉へ向かえば一足先にアテラは外へ歩みを踏んだ。その彼女の消えた扉が閉まりきる前に片手で阻止し彼女の後を追った。
――えがお、だったよな。なら、罪悪感。消せたかな。
それならばツルギの答えの正解性は高いと自惚れた。
その後は一軒一軒アリスメル村の端から端までの民家を訪れ一言と頭を下げて次の家へと繰り返した。
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