第一章7話『ユウシャ』

 ――三階程の高さの円状の建物の前に着いた。白石の積み上げられた他の建造物と違って異類の貫禄を放ち図々しく鎮座するその周囲数メートルは家などの建物、木すら生えず陣取っている。

 少し大きめの扉は木造で作られ綺麗な艶もある。その上に円の中に笑うゴリラのような模様が銅であろう素材に彫られそこへ掲げられている。


「ここは……?」


「アリスメル村の連絡塔。さあ、ツルギ。中に入りましょ」


 アテラは扉に手を掛けてこちらに綺麗な顔を一度向けて扉を引いた。その表情はどこか安堵を悟らせるように不安気でもあった。

 暗い室内は外の明るさに反比例していて内部が覗けない。アテラとフンシーが中へ入っていく後を濡れたままの道着を羽織ったツルギが着いていく。


 中へ入れば外の明るさから暗がりへの変化で瞳孔が変わる最中、一斉にその空間の壁に光が灯る。三階建てと思われたそこは天井の高い空間なだけだった。壁際にはその円状に沿うように螺旋階段が大きく渦を巻くように天井まで伸びている。

 中央に大きな円のテーブルが設けられておりそれを囲うように幾人もの人がツルギを待っていたかのようにこちらに視線を送っていた。扉から入った正面の奥に白髭の老人が髭を弄っている。


 先に入ったアテラはすでに自身の席なのか入ってすぐの椅子を引いている。


「ツルギはこっち。座って」


 その大勢の人々の無言の中ツルギもまた無言でアテラの横の席へ向かった。

 アテラは腰を掛けてツルギもそれを真似るように椅子を引いた。すると幼声の冷たい声がツルギの行動を阻止した。


「――まるで、濡れネズミね……」


 その声の発生源に一同揃って視線を送った。

 ウェーブ掛かった金髪の人形のような少女。ツルギはその子を知っている。

 すっかり忘れてはいた少女。昨晩唐突にツルギの前に現れ罵倒しては強烈な一撃を食らわせた少女。アリスと名乗った少女。


「お、おまえは、昨日の……」


「……サラマンダー……」


「さら? アリスとか言ってなかったっけか?」


 アリスはどこから出したのか長方形の紙、カードを投げる姿勢を取る。が、少女の目の前にフンシーが浮遊して飛んでいきその行為を妨害した。


「あ、アリス! ちょっと待っておくれ。彼を小汚い濡れネズミにしたのはボクなんだ。ボクが責任を取るから君はどうか落ち着いて?」


 カードをすっとしまい一度ゆっくりと頭を上下させた。それを確認したフンシーはその球体を器用に半周させてはその身体を膨張させて息を吐き出すと共に突拍子な言葉も吐き出した。


「ふぅぅー。……びゆーびゆーずーん」


 膨張した小さな球体は元の大きさに戻っていくと同時に口元から風を、嵐よりも強い強風を巻き起こした。もちろんツルギに向かって他者への害はない。


「ぬぉぉぉおおおお!」


 道着の水分が弾け飛ぶのが分かる。だが、あまりにもまわり過ぎている。

 ツルギは地面を抱きしめては円状の塔の中、ツルギの席に腰をやっと掛けることに成功した。


「――やっぱり、バカね……」


 その言葉に腹を立てはしたが大勢の人の手前、表情には出さずに心中で睨み付ける。


「ごめんねツルギ。あの子忙しないからああ見えて……」


「ぐるる……。いや、濡れネズミだったのは俺なんだし……。忙しないって、随分恐ろしくありえないくらい落ち着きありそうだけど……」


「あー、まぁその内分かると思うからあまり気にしないで。そろそろ始まるよツルギ」


 ツルギはその言葉に息を呑み込み、その場に静寂が訪れた。

 場も落ち着き白髭の老人が咳払い一つをして遂に始まる。



 † † † † † † † † † † † †


「――皆の者、彼がアテラに呼ばれし天命の導きの使徒。ユウシャである。以上じゃ、解散」


 その言葉がそこにいる全ての人の耳に入り、人々はぞろぞろと席を立ちツルギの背後にある出入り口に向かった。


「……俺やっぱり勇者だったのか。総べて納得した。でも、お話それで終わり?」


 人々は過ぎ去る中ツルギへ言葉をかけていった。


「よろしく頼むぞユウシャ」「ユウシャはまるで平民だな」「ユウシャさん頑張ってね」「何か必要なものがあったら言ってねユウシャさん」


 それぞれ口を揃えてツルギのことをユウシャと呼んだ。そこにいる全ての人が納得していると思われた空気の中、隣で動揺を隠せずにタジタジしていた彼女が遂に皆の足を止めた。


「――待って下さい!」


 過ぎ去りそうになった人々は足を止め振り返りアテラに視線を送った。


「この子は、勇者なんかじゃありません」


 なんともまあ酷いことを言ってくれたものだ。ツルギがそう思い息をするのも忘れる中アテラは続けた。


「この子は、ツルギといって私の使い魔で、まだなってないけど。でも、まだただの使い魔になる存在で、勇者じゃなくて……、だからそのぉ……」


 ――女の子にそこまで言わせて何も言わないのは違うだろ、日柳剣。


 ツルギは空気を肺に吸い込みいっぱいに膨らんだところで一度止め、


「――知ってるわ……」


 幼声の冷たく拍子抜けな発言を耳にして、肺に入れた空気を吐き出した。ただの深呼吸をしただけだった。


「……知ってるって、でもみんな勇者って……」


「……それが間違い。勇者じゃなくて、ユウシャ。名前……」


「な、まえ?」


 ツルギとアテラ、以外の人たちとで噛み合わない。村の人々がそれぞれに同じ言葉を発した。


「ツルギって言ったか?」「珍しい名だな」「あんな平民が勇者の訳ないわ」「平民のツルギ君ね」


 みんながみんなツルギに対して勝手なことを言った。皮肉な言葉だったが、ツルギの今まで、昨日まで過ごしてきた人生を振り返れば必死に生きなかった人生からしたらむしろ過大評価としてもいいかもしれない。


「とりあえず話はいいかー?」


 一人のガタイの良い若い緑のバンダナをした男が飽きた表情で首だけをこちらに向けて白髭老人の返事を待った。

 白髭を弄りながら答えながら頷く。


「ほぉ、そうじゃのぉ。皆の者、先程の発言の取り止め。ユウシャと説明させたアテラの使い魔、ツルギ。以上じゃのぉ。ほな、明日の朝よろしくのぉ」


 バンダナの男は顔を進行方向へ戻して誰よりも早く颯爽と出口に掛かった。視線を向けないまま男は呟き去った。


「――よろしくな、ツルギ」


 去った後を他の皆も追うようにそれぞれ、ツルギの名を言い直しては去って行った。

 その場に残ったのは、ツルギ、アテラ、フンシー、アリス、白髭の老人、その横に鎮座した老婆。


「えっと、アガ爺? 話し終わっちゃったの?」


「皆の者にとってはアテラ、君の召喚した使い魔の存在と君たちが明日此処を出発する話は済ませたからのぉ。皆には意味がないからのぉ」


「出発? 明日?」


 ツルギが怒涛の会話の変化で疑問の単語を口から溢す。


「あ、ツルギにはまだ何も説明してないの」


「ほぉ、ならば初めから説明をした方がよかろぉ?」


「それは、私の方からある程度話させてもらいます」


 真剣な趣きになったアテラの吸い込まれそうな真紅の瞳を見つめ言葉たちを待った。


「――まずは、私の目的。明日アリスメル村を出ることになっているその訳。


 ――約十年前、アリスメル村を含める村や領主城を管理する現エドアルト国王のエドアルト・ウラシマはずる賢く、商人の知識を使って旧アガレス王国の公爵を務めた。


 でも、ある日唐突に起こした。エドアルド・ウラシマは悪魔の魔王と協定を結び、旧アガレス王国を滅ぼした。自身の手を汚さずに……。


 そして、約十年前、アガレス王国は無くなり今のエドアルト・ウラシマが統治するエドアルト王国になったの。ここまでいい?」


「んー、とりあえずおっけい。でもちょいと質問。アガレス王国はなんで滅んでその悪魔の魔王と手を組んでいるエドアルトが今の王国を仕切ってんだ、アテラが知ってるならってか、アリスメル村の人たちも知ってるんだろ。それなら他の村の人たちも知ってるんじゃないのか?」


「そうだと思うけど……」


「なら結託すりゃ、ほら、選挙とか。国王の人らだって善人もいるだろう。そうすりゃ簡単な話じゃねぇの?」


 とは言ったものの、こちらの一般的思考と違う点が優位なのか劣位なのか、この世界の人の反応は微妙な雰囲気を漂わせる。アリスを除いて、少女は会話に入りもこの場からいなくなることもせずただただそこに座っている。

 アテラは返答し辛そうに白髭の老人の顔を何やら窺っているようにも見えた。しどろもどろしていれば白髭の老人が口を割った。


「のぉ、そこはわしから話そう……。わしは、あやつエドアルトへ疑念はあったが働きぶりは他の者以上とゆうても比較に出来のぉほど、じゃったのぉ」


「ちょっと待ってくれじいさん。その口ぶりじゃあまるでじいさんが今の国王を雇っていたみたいな……」


「ぬ? アテラ、話しておらんだ?」


「あぁ、あはは……。(だーかーらー)何も話してないの。したことと言えばお互いに名前を教えたくらいで……」


「ほぉっほっほ。なら合致いくのぉ、ならばわしの自己紹介もせねばこともわからかのぉ」


「よ、よろしくお願いします……」


 アテラが申し訳なさそうに縮こまり頭を少し下げた。その行為に聞いていないとも思う程に静かだったアリスが口を挟んだ。


「――何も、気負わないでいいわ。そこの濡れネズミが、バカなのが原因ね……」


 顎を気持ち上げて見下す視線を浴びるツルギ。少女に罵倒される喜びを得る程頭の逝ってる輩ではない。一つ腑に落ちない点が直りさえすれば女性との接触がしにくいツルギにとってはご褒美に近い。


「濡れネズミってのは、止めろよな。俺はツルギ。昨日も言ったろ、アリス」


 返事もせずに鼻を一つ鳴らして視線を誰もいない方向へ向ける。何やら不機嫌なようだ。


「まぁ、わしのことじゃがのぉ。わしは、アガレス。旧アガレス王国の王をしていたこともあろぉ。アリスメル村の村長をしておる。村の皆には、アガ爺と親しく呼ばれておる。お主もそう呼ぶがいいのぉ」


「おーけい、アガ爺。アガ爺が旧アガレス王国の王様ってのも了解だぜ」


「うぬ、ならば話を戻そうかのぉ」


 白髭を弄りながら咳払いを一つして続けた。


「皆の者にとってはアテラ、君の召喚した使い魔の存在と君たちが明日此処を出発する話は済ませたからのぉ。皆には意味がな――」

「待てじいさん、急にNPC化するの止めてくれ。話しを戻すにしてもそこからかよ!」

「冗談じゃ、ほっほっほ。気を取り直して――」


 危うく話し終えもう一度話し掛ければ同じ会話をするノンプレイキャラクターと同様に繰り返されるところだった。回避に成功し、アガ爺を知り目的の幕が開く。



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