第一章8話『現国王』

「エドアルトの働きは良くも悪くも狡猾じゃった。

 それはわしに仕えていた頃も今も変わらぬ。じゃが、それは富みある者たち限定の事柄じゃ。故に富豪たちはやつを可笑しなことが起こらぬ限り支持し続ける。それはもちろん自分らにとっての不利益だけじゃがの。


 そしてのぉ、貧民たちへの待遇は酷くなった。わしの口から偉そうなことは言えぬがわが王を務めたまでは麓の貧民街までも物資が絶えず、富みも下名も持たぬ者たちも不便をかけないようにしたのぉ。


 じゃが、今のエドアルト王国は後者は食に餓え不当な輩から自身らを守れぬ体勢じゃ。それも主は選挙と言ったな。確かに正論じゃぞ。エドアルト王国でも現に実施される制度じゃ。それにのぉ、今の王制に不満を抱く者と満足を得ている者の比率は雲と蟻じゃ」


「――なら、なんで……。王制に不満を抱く人が多いんだろ。なら、それなら……」


 眼を見開いて口元を震わす。その理由は分かっている。見当はついた。認めたくない事実に声を震わせてしまう。そんな酷く残酷な現実がこの世界には、ある。


 ツルギの居た世界、日本という国では少数が多数にかき消されることは多数決という思想であった。ツルギは疑念もなくそれは仕方のないことと目を背けることしかしなかった。そして、多数派についた。自身の悪目立ちを回避するために。

 すると、誰でもない無表情な人形のような少女がぽつりとツルギの心を見抜いたように言葉を差し出す。


「――バカね、分かってるはず。不利な物申しをする人を落とせるモノ……」


「……王がそんなことして良いってのかよ。王制ってもっと、なんだ、人々が幸せに――」


「ツルギ、王制の意味はね。王が統治する制度なの。それはつまり――」


 アテラの王制という結論に口をまたしても挟んだ少女。


「――あなたもそうでしょ? 多数派、強いモノの意見に賛同する……」


 ――違う。俺は違う。俺は自分がいいと思った意見に賛同して、それが今まで多数派だったことが多かったのは事実だ。だが、少数派と声を掲げたことだってあ――、


 違わない。ある時少数派を治めていた強者。彼に加担すれば人から悪く見られないって思った。そして、俺は、その時だけ少数派に乗った。自分自身の意見もなく言わずただ付いていくだけ。自分に都合の良いようにことが運べばいい。それだけを考えて生きていた。


 そして、少女はまた呟く。


「――やっぱり、バカね……」


 その言葉の正論さに何も言い返すことは出来ない。

 不穏な雰囲気が流れ始め、時もすでに遅かったが、アガ爺がその場を宥めながら再開させる。


「まぁまぁ落ち着けアリスよ。どこまで話したかのぉ、そうじゃ王制のことじゃな。

 お主も察したろぉ、王の統治する、王の為の制度。王への反感の手は切られ王座に辿り着こうとする者の足はもがれ災難の貧民の麓に送られよぉ。武装も富みも家族も、勲章も名誉すら切り捨てられる」


 その言葉の意味が分かるが理解したくなかった。知りたくなかった。その、切り捨てられる。の意味を分かっても理解したくなかった。


 だが、アガ爺は続けた。


「――武器は砕かれ、着衣は引ん剥かれ、富みは燃やされ、勲章は剥奪され、名誉は抹消され――」


 その場にいる者は現実から目を背けるように俯き、

 アガ爺は躊躇いもなく続ける。


「家族は、虐殺される――」


 それを耳にしかと聞き入れると胃に入っているモノの逆流を促させる吐き気がこみ上げる。

 アガ爺はさらに何も躊躇わずに付け足した。


「――つまり、首ぴょーん。じゃな――」



 † † † † † † † † † † † †


 ツルギはその場を駆け出し外へ出ては、連絡塔の壁際へ嘔吐した。気が狂いそうになった。

 脳裏を過ぎ去った首が切れ跳ねる瞬間が容易に想像することが出来てしまった。

 そして、エドアルトのしている事実な行い。それもだが、それよりもアリスに言われた、


『――あなたもそうでしょ? 多数派、強いモノの意見に賛同する……』


 アガ爺の続けた会話の最中、脳裏を巡った言葉。その言葉の結末は、そういうやつに賛同する。と言う軽蔑。

 ちが……、違わない。今までそう生きてきたのだから……。


 何も言わずに背中を擦るアテラ。吐き気に胸に広がる不快感にアテラの温もりが有りがたくもあり、醜怪な姿を見せたくない感情が渦巻く。


 やがて吐き気は落ち着き、


「――あてら、なんかごめん。かっこわりーとこ見せて……」


「全然気にしないで? ツルギは私の、ほら、使い魔になる予定だから!」


「つかいま、か。よし……」


 折れていた膝を腕で押し上げながら立ち上がった。先刻までの胸の不快感は消え去って代わりに、


「つ、ツルギ。無理なら今日はいいから、落ち着いたらにしましょ?」


「いや、明日出発なんだろ。なら聞かないといけねぇよ。いろいろとな」


 気を抜けばまた再び折れそうな震える膝。話せば再び襲うかもしれない吐き気。自身の人生を見透かしたような少女への嫌悪。これからの異世界での生活。でも、それらをひっくるめても泡のように不安要素、悩乱が消えていく。胸には雲が未だかかったままだ。でも、それでも、ツルギは、


「――使い魔なんだろ、アテラ。君の」


 雲のかかった心中、不安も残っている。でも、消えた。代わりに胸に刻まれた、覚悟。という文字。


 ツルギは、アテラの手を強く優しく引いた。これからの不安、これから起こるあろう彼女の抱く不安を掻き消すように、


「――さすがに……」


 アテラは、足を踏み出さずいた。何が気掛かりなのだろうか。

 フンシーが眼前に現れ今朝の激流を食らわせ、暴風で水分を弾けさせた。


「ツルギ、君は。嘔吐したその手でアテラに触れるなんて暴挙、ボクは許さないよ」



 † † † † † † † † † † † †


「さあ! 戻ってきたぜアガ爺、アリス、とおばあちゃん!」

「一人清々しい表情をして全く君は落ち所のない阿呆だね」

「気分を害してしもうて悪かったのぉ」

「アガ爺、続きお願いします」

「――バカね……」


「あほだバカだぁ。言いたい放題言ってくれてる、が。俺はさっきまでの俺じゃないぜ。アガ爺よろしく頼む!」


 元の席に着席しフンシーはそこら辺を漂う。知りたくない現実を知った。聞きたくない言葉を聞いた。隣の彼女が支えてくれた。だからこそ、さらに知ろうと思う。異世界、この世界のことを、


「では場の仕切り直して、エドアルトの暴挙は富豪、貧民問わず知れ渡った。じゃが、反抗反乱暴動を起こせば不幸に見廻れるのぉ」


 それが流布したと云うことは前科が今のエドアルト王国で起きたことになる。それこそ今まで、昨日まで過ごした日本という平和な国では考えられないことだ。


 だが、ツルギの知らない世の中で、あの地球で起きていたのかもしれない。一縷の可能性の話だが、平凡に時間を無駄にして生きてきた日々を振り返れば胸の奥に広がる吐き気は止めることは出来ない。


「故に、力なき者は抗えのぉ。故に、力ある者は否定出来のぉ。故に、知恵ある者が逝かねばならのぉ」


 その知恵ある者こそ今回エドアルト王国へ足を運ぶアテラなのだろう。彼女に何が出来るかなんてわからない。


「アテラならその王制をどうにか打開出来るのか?」


「私一人ってわけじゃないから。王国に行けば潜伏してる人もいるし、この村の人だって、あとあなたがいるから……」


 その言葉に深い意味はないだろう。ただ、使い魔という立場の存在がこの世界でどれだけの力を持っているのか分からない。ツルギはこの子の前で功績を上げた訳でもない。内なる力を開放した訳でもない。一つ言えることがある。


「……そうだな。異世界召喚された主人公はとてつもない力を覚醒させるのが相場だしな」


 そんな胸に抱く願望を口からたらたら漏らしつつ笑みを浮かべるツルギに不安の眼差しと疑問の眼差しを送りつつ言う。


「んー、それはどうか知らないけど、平民のあなたは一応武装もある程度あるから王国までの用心棒的な立ち位置だよ?」


「ようじんぼう。ま、いいか。王国に着くまでに内なる力を覚醒させて手放したくないって思わせてあげよう」


「……バカね……」


 冷酷無情な冷えた声が耳を通過して誇らしげな笑みは引きつる。

 引きつった笑みを息を吐くと同時に弛んだ頬を引き締め緩んだ口元をへの字に曲げ真剣な眼差しをアガ爺に向かわせる。


「とまぁ、俺の呼ばれた理由も分かった。王国の暴挙も知った。王制は反吐が出る程にくそったれって理解した。最後に、悪魔の魔王と協定を結んでアガレス王国が滅んだ経緯をいいか?」


 白髭を弄り細めて、うむ。と一つ前置きをして続けていく。


「事は唐突に始まった。その頃旧王国に集う武力は王間に結集し会合を開いていた。その議題こそ、悪魔共が良からぬ事を起こそうという預言が出たのじゃ。その預言は会合のその時に起きた。悪魔を配下に置く魔王の一任によって旧王国に万を超える武装を堅めおった悪魔共が攻めてきおったのじゃ。領地への防壁、戦力は分断され四方八方から逃れる術、道筋は一縷の希望もなかった。旧王国に集った勢力で王都を守備するのにいっぱいいっぱいじゃった」


 アガ爺の双眸を覗くことは白い長い眉毛で伺えないが、白髭を弄る手つきが若干戸惑い、先刻よりもゆっくりと集束させられ肩の力が抜けているように見えた。

 きっとそれは、過去のアガ爺……、アガレス国王として領地の武力を集わせた張本人として誤った選択をしてしまった過ちからだろう。

 息を吸うのも吐くこともせずに間を一拍取って続けた。


「……救うべく会合を開き勢力を集結させた。故に、大きな穴を無数に作り刹那の終結とさせてしまった」


 助けるために取ろうとした行動の手前先手を打たれ救うためにした行為が、結果として王国、旧アガレス王国を滅ばせたというなら、報われない。その一言で収めるには代償が多すぎる。

 そんな説明のなかったことまでよくあるファンタジー物語、フィクションならではの回想をしていれば、沈んでいたと思われるアガ爺がツルギに眉毛の下から視線を送っていた。


「そしてその時、人質として王都外の民らが囚われた。その者達の解放と手を引くことの取引内容が……」


 息を吸うとその場の空気が止まるような錯覚に落とされる。一人はツルギが入室してから一向に微動だにしない老婆。一人は全くの無関心の表情、すでに知った事柄なのか、七色の眩い硝子から差し込む光にそれまた興味が無いようにただそこに視線を置く少女。一人は初めから今まで声に出さないが相槌として首をコクコクと動かしていた彼女。緊迫される少年。

 息を吐き出すのと同時に続きを吐き出した。


「――わしの、国王の辞退じゃ」


 それが、意味するのはアガレス王国の壊滅及び新国王の選出、新王国の作出。単に言えばそれだけだ。だが、王が変われば必然として国の在り方、国民へ対する制度。王制。王の側近すらも変わっていく。


「わしの辞退から、次の候補、国王の候補として成り立つ人物……」


 ツルギはその答えを遂、口を割り込ませて導き出してしまう。その答えが今回、彼女ら、アテラたちが現王国へ向かう理由に相応しいものと分かった。

 過去を知り、この場にいて、自分を異世界から召喚さえして、知識や魔法技術をもあるであろう彼女。ツルギに言葉を授けた彼女。何も考えず呆然と唖然としていればこちらの言葉がすんなりと理解出来るようになり、あちらの日本語を発していると同義の感覚。

 彼女がアリスメル村から王国へ向かわせられる一人としてしかと理解できる。


「――エドアルト・ウラシマ」


 全てエドアルトの思惑ならば筋も通り、悪魔が先手を打つことになるのも理解、一致する。


 そして、王国を変えていける。国民の考えも王制も国の味方も敵も。


 それ故に、エドアルトは現国王としてその王座を維持できている。



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