第一章6話『異世界二日目』

 ――寝心地がよかった?

 寝心地依然の問題だった。考えてみればツルギは元からこの世界の住人ではない。元々はここから言えば異世界の住人だ。そして、異世界に召喚されるが、こちらは夜。あちらの世界は太陽が高くに存在した真っ昼間だった。幾ら異世界に召喚され主人公チックな状況に置かれたからといってそこまでの万能体勢なんてない。

 藁を踏みしめ完全に外の肌寒い空気が彼の睡眠欲をさらに遮っている。


「……てか、なんで馬小屋なんだよ」


 雑な扱いを受けたが、感謝の念はしっかりとある。憎んでもいない。だが、


「廊下でもいいから壁が欲しい……」


 藁を手に取っては指の隙間からさらさらと溢し溜息交じりに吐く。


「異世界に来たからと言って勇者扱いされることなんてゲームのフィークションて訳さ、ハ」


 藁を手に大きな大きな月が笑う夜空を虚ろ眼で眺める。


「今日も月がきれいだなぁー。でかいなぁー。ハ」


 この世界に同じ形をした月が存在する以上、今居る地の逆側に太陽が存在しているのは明白だ。他の推測理論は、これ以上ツルギの脳回路は働かずただただ思った。


「――まるで、地球じゃないか……」


 そう吐き零れたと思えば、背後の吹き抜けの下の小さな藁避けの壁が、ドンと何者かによって叩かれた。


「――襲撃かッ!」


 恐る恐る忍び足で足元の藁をがさがさ音を立てながらその音の発生源を覗き込んだ。

 誰もいない。


「なんだ、気のせいか。風の仕業か?」


 高い声なのに冷たい冷えたトーンの声が背後からした。


「――バカね……」


 アテラよりも幼声ではあるがどうしてそこまで暗いトーンなのか。

 発せられた人物を拝んだ。

 膝上までの長さのある水色のエプロンドレスの軽いウェーブのかかった金髪の少女。

 月光がその金色を幻想的に煌かす。可愛らしい容姿に中学生くらいの体格。

 だが、顎を少し上げ瞳をツルギに落としている。完全なる見下しの眼差し。


 一応十七年人生を歩んだ先輩としてここは出来るだけ大人の対応を取るのが得策だろう。


「そうだな、俺は確かにバカだなうん。つまり、夜も遅いし変質者が出ることもあるだろう」


 少女は頷きもせず、未だに見下したままの体勢を変える気配はない。むしろ、話を聞いてるかも怪しい、


「へんしつしゃ……」

「ああ、そうだ。世の中危ない輩が多いからな。……?」


 話しは聞いていた。少女はある一点を指差したまま微動だにしない。そこはツルギの背後。


「――変質者ッ!」


 大げさに振り返るとそこには吹き抜けの空間その先にも何もない。この場合の何もないは向こう側には民家があっただけということだ。


「誰もいないが……」


「――そこ……」


 指先の標準は微動だに狂うことなく一点を指したまま動かずにいた。

 と、なれば残る選択肢は、


「――へんしつしゃ?」


 恐る恐るツルギは少女に振り返りながら自分の顔に指を差す。

 少女は一回頷き、へんしつしゃ。と丁寧な口調で言った。


「そうかそうか。お嬢ちゃんにはこの紳士が変質者に見えてしまうのか、大人の色香はあまりにも刺激が強かったか……。いやはや困ったものだ」

「……なにも困らない」

「お嬢ちゃんが困らずとも俺がこまっ――」


 何処からともなく取り出したのか少女の手に持つ大きなスプーン。下から振り上げられツルギの下顎に直撃し、藁の布団へ強制的に寝かされる。


「――お嬢ちゃんじゃない。わたしは、アリス……」


「……あ。お、れは、ツルギ……(ガクッ)」


 意識が遠のく感覚を一日に何度も味わえる経験がなかったツルギは新鮮に思う。異世界は過酷だと、


「……でも、お、嬢ちゃ、ん。はお嬢、ちゃん……だろ、見た、目てき、に……」


 アリスと名乗った少女が鼻で嘲笑いアリスの言葉の途中で意識が途切れ眠りへつく。


「――やっぱり、バカね。……わた……は、…………じゅ、ごさ、よ……」



 † † † † † † † † † † † †


 ――陽の光が吹き抜けと謎の紙のようなモノの隙間から瞼を襲いに来た。

 攻撃を受けている瞼を動かせば直接的に陽が強烈に朝の警告となってツルギの脳を一瞬で覚醒に導いた。

 見知った道場。障子越しにツルギを照らしている。


 訳が無かった。夢落ちなんて都合の良いことは起こらずそこは藁が敷き詰められた小屋。


 藁の匂いが心地よい、訳が無かった。馬ではない。

 上体を起こして背伸びをすればさらに体も覚醒を果たす。腰に刀を収め、

 外と剥き出しの小屋から姿をそらに陽の光に差し出す。

 温かな太陽と思われる陽を目を細めて見れば昨日の疑問を払えた。


 太陽。それはこの世界も元居た世界も同じ大きさ程で温かみも変わらなかった。


 昨日の晩。暗がりで気付かなかったのか吹き抜けになっていると思われた空間には、白地の紙のようなモノが数枚ある。それぞれ黒と赤で統一された模様が入ったモノに身に覚えがあった。


「――トランプか?」


 それらは、ツルギの元居た世界のトランプに非常によく似ていた。というよりはそのモノ。

 ツルギがそれを雑に触って小屋から少し離れ歩き、村を見渡す。


 暗がりの時に見た村の風景と変わらず、一階建ての石積の家。煉瓦なのか赤み掛かった四角い石ら。ツルギの体を癒やした小屋のような建造物は他になかった。そして、村中央部に位置する三階建て程の円状の建物は、他の石積の家と違った。石を積み上げて作られたと思われる建物。その点は同じではあった。だが、石の色が白色だった。他の建築物と違ったそれに貫禄すら覚える。

 村の風景を瞳に写しては正面から照りつける熱の根源に口元を満足気に曲げる。


 変わらずにそこにいる太陽という存在に親近感を沸かせていると少し離れた所から老人の声が聞こえた。


「ほう。君がもしや、アテラの……ふむふむ」


 その老人は、濃い緑色のローブを羽織り、異常なまでの猫背で白い髭が相当長く杖を突いている。全くゲームの村長的長老。

 老人は覚束ない足取りで杖を三本目の脚として使いツルギへ近寄る。


「ただの平民かのぉ。にしても……」


 髭をわさわさと弄り、ツルギの腕や手を触り、背後に回った。

 そして、尻に強引に触れ猫背の肩を悲壮したのか落とした。


「こんなのが使い魔とは、何かの間違いかのぉ」


「じいさんじいさん。人のこと散々好きに触ったと思えば、こんなの扱いかよ。異世界に舞い降りた勇者として手厚く歓迎して欲しいもんだぜ」


「お主……」


 遂に勇者として認めてくれたか。内に秘められし大いなる力に遂に分かってしまったか老人よ。さあ、早く贅沢な食事に、


「バカじゃのぉ……。ほっほっほっ」


 阿呆面になったツルギの尻を三度叩きながら嗤いどこかへ去って行ってしまう。


「おい、ノンプレイヤーキャラクター。ゲームではありえないだろそれ」


「――何言ってるのツルギ?」


 老人の歩んで行った方向の逆に現れていた彼女。

 白色のローブは昨日の物と同じだ。だが、確かに匂う美少女特有の言葉に出来ない香り。


「そんなことより、身体の調子はどう?」


「ああ、何ともないかな。強いて言えば、なんでか分からないけど顎が痛いくらいか」


「それならよかった。にしても、なんで外にいるの?」


「なんでってアテラがここを指差して……」


「え? 私はその向こうの寝室しかないけど、そこに一晩は休んでほしかったんだけど……」


 小屋の横に視線を送る。確かに横に並ぶ小さな家。アテラの言う通り寝室のみのサイズ。

 昨晩のアテラの指差しをした位置を再確認。そこから小屋への指差し。そのすぐ先に小さな家。

 肩を落とし下された過ちに悲壮感を隠しくれない。


「なんかごめんなさい。もっとしっかり案内してれば」


「ま、過ぎたことはいいさ」


「……でも、」


 んー、と大きく背伸びを大げさにする。両手を腰に当てて歯を見せながら心の底から笑った。


「ほら、元気だろ! 小屋で寝なかったらここまで元気にもならなかっただろうし、なにより藁って意外と寝心地いいんだぜ? 小屋最高ぉぉぉおおおおお!」


「んふふ。ふふふ。ツルギって可笑しい」


 口元に手を添えて上品に笑った。その笑顔が可愛くて、太陽のせいか眩しくて、女性とあまり話さなかったから緊張しているのか、胸が苦しく高鳴って、元気が出た。


「よぉし。今日も一日が始まったわけだ」

「うん。そうだね」

「臭いな」

「うん。そうだね……ぁ」


 何処からともなく現れた精霊フンシーが眼を細めて嫌そうな表情を浮かべその発言にアテラは無意識に同意してしまう。そう、臭いのだ。血と土の臭いが混ざり異臭を漂わせていたのは先刻の老人の鼻が曲がっていたことを除けば大抵の人、生き物が分かるだろう。


「……風呂ない?」

「そんなのよりこっちのほうが速いよぉー。ぐるぐるどーん」


 フンシーは可愛らしい発言とは裏腹に自身の手前から水を大量に噴射してツルギへかけた。否、ぶつけた。

 抵抗する間もなくツルギは水圧に押され回転しながら森の入り口の木の幹に水如強打した。

 道着は軽くはだけて確かに汚れ一つない新品に見間違えるほどの白さを取り戻した。


「あっはっは。綺麗になったね!」

「綺麗になればいいってわけじゃねぇ!」


 馬鹿笑いが永久に続きそうになる程に笑う精霊を頭上から叩き叱るアテラ。


「こら。あそこまでやることないじゃない。もう」


「うぅ。ごめんよツルギー」


「お、綺麗にもなってるしむしろサンキュー」


 アテラとフンシーの元へ歩み戻る。道着を整え直して袖を向ける。


「フンシーどうだ?」


「臭いない。ばっちりだよ」


「二人ってば、昨日の今日でもう仲良し」


 アテラは微笑みを浮かべ、フンシーは何か得意げをそうにその球体を膨らませた。

 時に毒舌な一面もあるがツルギはこの気の張らない関係に嫌な気はしていない。むしろ、今まで心を許す友人は一人としていなかった。ツルギ自身の親友。という言葉はこうゆう相手に使うのかもしれない。と、心中で思うが、相手は球体の精霊であることに言葉にし難い感情が渦巻いた。


「ま、ボクが仲良くしてあげてるんだけどね」


 前言撤回を要求したくなりながら、避けては通れない話題にすり替えることにした。


「それはそうと、説明。してもらえるか?」


「ええ、もちろん。そのためにもアガ爺の処へ向かいましょ」


 燃えるような赤毛を翻しながら踵を返しアリスメル村中央部に位置するであろうこの村で最も高い建築物へと雑踏を踏み向かった。


 ツルギは異世界二日目。赤毛の彼女の目的、この世界を知る。



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