第一章5話『村へ向けて』

 小さな家の中荒れた室内、血が飛散する部屋で二人は顔服を血塗れにして倒れ込んで、赤毛のアテラは道着を血の斑点で赤くグラデーションされたツルギの手を引き寄せて抱き寄せる。

 そんな男らしい最高に可愛らしい女の子に照れを隠せないツルギ。

 そんな阿呆面の青年を嘲笑う浮遊する翠色の球体。形は完全な丸みを帯びて元の形に戻っていた。

 ツルギの頭の周りをぐるぐると何周も廻りながら嘲笑った。


「ぐふふ。照れちゃって、君は初心いね」


 アテラだけの言葉が分かったのではないのが証明され、この状況下に置いての戯言に憤怒を露わにして返す。


「初心くて悪かったな! 女の子に触れるのだってそうねぇんだよっ!」


 その返しに、球体は驚きを隠せなかった。いや、分かっていたのだろうか。あからさまに驚いてみせた。


「おぉっと。アテラ、知恵を授けたってことは契約も……?」


「してないわ。ああゆう行為は、そのぉ、時間にゆとりがある時にじっくりやるのがいいと思うの」


 赤毛のアテラの頬はどことなく桃色に染まった気がした。その意味が言葉が分かったツルギでも今は分かり得ない。

 ともあれ、言葉や人柄、球体柄が分かった今刃を向けるべき相手はこの世界に来たばかりのツルギでも分かった。


「アテラ? もう大丈夫、一人で立てる」


 そっとアテラの腕の中からしっかりと足を立てて一つ深呼吸をした。

 その時には、正面に待ち受ける狂気たちは体勢を整え終えこちらに向けて鋭くも無気力な瞳を向ける。

 その狂気に不安のなくなった瞳で睨み付け言い放った。


「おうおうおう! よくも散々ひでぇもんを見せつけてくれたな! 人が訳わからん状況で横になってりゃ目の前でガブガブちゅちゅずずっと……。恥を知りなさい!」


 最後の決め台詞は緊張と何からか来た胸の高鳴りでオネエ口調になったのはツルギ以外確かに耳にし、ツルギはその点に気付きもしなかった。


「やったらぁあ! 化けもんども、くらっ!」


 鞘から刀身を抜こうと柄に触れた瞬間。

 ツルギの興奮状態を無理矢理に鎮めるように首根っこを引っ張り再び抱き寄せた。

 後頭部にある柔らかな感触はこの世界のものではないとしか例えようがなかった。この場合のこの世界は異世界のこの世界でもあり、元の世界の意味も含んだ意味だ。


「……えぇぇぇぇええっ!」

「やる気があるのはいいことよ。でも、分が悪いの」

「ぶがわるい?」


 その言葉の心髄を理解する間もなく球体が赤毛のアテラとツルギ、狂気の二人の間に浮遊した。


「フンシー、よろしく」

「もちろんだよアテラ。散!」


 球体から急激に一斉に蒸気が霧を発生させ視界を白色へ誘った。正面から聞こえる駆け出した音。それと同時に抱かれたままツルギには視界が戻る。

 直後、風、空気が肌を射す感覚と夜空を大きな大きな月が埋める景色が広がる。無重力を感じたと思えばすぐに地に足が着く。

 地と言うのは語弊がある。そこは今までの戦場だった家の屋根。


「……ぉぉ。なにがなんだか……」


 状況を把握する間もないまま口を手で覆われ発言を拒絶される。

 ツルギを抱く彼女の顔に視線を向けると空いた手で口元に人差し指を立ててお喋りはダメと合図した。ツルギは二度頭を縦に振ると、彼女の腕から優しく下ろされる。

 なんとなく損をした気分になりながらアテラが口元に立てていた指を家の下に向けている。

 そこへ視線を送れば先刻の狂気が二つ、室内から溢れ出る白い霧から抜け出したところだった。


 その二つの狂気は辺りに視線を這い巡らせ四つん這いになりながら涎を吐き出し嗚咽を溢し、牙を剥き出しにしていき、やがて二人は二頭になる。

 黒紫の毛並に白み掛かったグレーの眼。人でない形、元の世界の種類で表せば犬。


 二頭はぐるると声を漏らし鼻をすんすんと効かして、まるで餌を追い求めているように見えた。

 舌を出しながら涎をだらだらと垂らす二頭。


 その今起こり得た状況に生唾を呑むのを殺して息を殺して動かずに待った。

 二頭は二手に分かれ森に入って行った。

 その光景を見て肩の荷をずっしりと下ろした動作を見せるアテラ。


「……ふぅ。とりあえずは、大丈夫」


 危機は去ったのか、アテラは言葉を発してスカートの乱れを気に掛けていないで無防備に座り込む。

 それを横目に視線を逸らしてワザとらしく背伸びを大きくする。


「ん~。一先ず疲れたぁ」


「あはは。お疲れ様です」


「おう。アテラもな。なんつーかその……」


 疑問符を浮かべるアテラ。頬を指先で掻きながら何もない月の方向に視線を捨てて感謝の念を言葉にしようとする。


「……パンツ見えそう……」


 間違えた。だっても何も女の子とここまでの距離近付くのも滅多になくましてや肌色の面積を意識するほど今まで余裕がなかった。仕方ない。そう、仕方ない。

 そんなことはアテラには関係なかった。乱れていたスカートの裾を手で押え整えようとする。瞳に薄らと雫が浮かんでいる気もする。白い肌、頬が月夜でも分かる程に紅潮して振り被って広げられた手は真っ直ぐにツルギに向かった。


「――ちょまっ!」


 その後の説明は省くが、誰でも分かったであろう。



 † † † † † † † † † † † †


「――んでだ。気を仕切り直して、ごほん。助けてくれてありがとう。本当、助かったよ」


「当然のことをしただけだから、気にしないで」


「色々尋ねたいんだけど……」


「そ、そうよね。えっと……、その前に……」


 アテラは長く伸びた赤毛も含め勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい!」


 手をぶんぶんと横に振っては、大丈夫大丈夫。と落ち着かせる。

 アテラは、眉を寄せて心配そうに顔を覗き込む。可愛い。反則的に可愛かった。


「で、ででも、……そんなに真っ赤」


 右頬は異常にまでも赤くなっていた。前言撤回かもしれない。アレルギー反応は起きた。かもしれない。


「大丈夫だから、本当に気にしないでくれ。ただ痛かっただけだから」

「うぅ……。ごめんなさい」

「君は大いにお馬鹿さんだね」


 そんな墓穴を掘ったツルギを馬鹿にするのは浮遊する球体。


「お前、生きてたのか」

「死ぬわけがない」

「頑丈な玉だな」

「君は死にたいらしいね」


 球体は玉と呼ばれることを嫌っているのか口と思われる部分をへの字に曲げる。


「……んで。だ……」


 球体はへの字が三日月のように曲線を作り笑みを強制的に作り上げた。笑っているが笑っていない表情を見せつける。


「お前は、なんだよ。名前知らないんだ。しょうかねぇだろ?」


「お、そうかそうか。これは無礼だったかもしれないね。ボクはフンシー。この子、アテラの相棒にしてどこにでもいる精霊さ」


 少しばかり自己紹介を果たすと得意げな球体。今の説明の中に得意げになる要素が入っていたかは些か疑問ではある。

 自己紹介が終わりだと思えば、球体フンシーはツルギの眼前に距離を詰め寄った。


「それと、外見で存在を身勝手に肯定するのは止めた方がいいよツルギ」


「はい。以後気を付けます……」


「分かればよろしい」


 そんなやり取りを繰り広げていればいつの間にか沈んだ表情のアテラは失笑していた。


「……あ、ごめんなさい。二人のやり取りが面白くて……。フンシー、からかわないの」


 フンシーを鷲掴みにしては膝に乗せ動きを拘束すると言葉を続けた。


「この子の相棒として謝るわ、ごめんなさい」

「わわわ、別に怒ってもないしなんで謝るのかも分からないしいいから!」


 慌てた様子で手を賑やかにあちらこちらに動かして前置きとして咳払いを一回する。


「……それでだ。この状況、説明よろしく」


 この状況だ。唐突に異世界に来た。目の前には彼女がいた。そこを切り取っても分かるのは彼女、アテラによって召喚されたってことだ。説明をされなくてもこの月の大きさや、フンシーの存在。先刻の一戦の狂気に狂った二人。そして、言語の違いに魔法と思われるアテラの行動。

 説明してもらわなければ受け入れるモノも受け入れられない。


「――うん、分かった。でも一ついい?」


 重大そうに俯き深刻な雰囲気がツルギを襲った。これ以上驚くことはなかなかにないだろう。

 生唾を喉を通して数秒躊躇っていたアテラ。重く結んだ口が今開かれる。


「――明日でいい?」



 † † † † † † † † † † † †


 森の中ひたすらに歩みを進める二人。その前には自身の同色の色の光を放ちながら浮遊して先陣する精霊。

 ツルギたちは、アテラの意見を尊重し一旦あの場を後にし、アテラのお世話になっているという村にその身を向かわせていた。


「それにしても、フンシーお前すげぇな」


「当たり前のことをほざくなぁ、君は」


「退魔の光だっけか?」


「ええそうよ。魔獣の嫌う光と魔道。まぁ低級魔にしか効かないけどね」


 先陣を切るフンシーの代わりに再び説明をするアテラ。森の中は月光を木々の葉が遮って足元を確認するには難があっただろう。だが、フンシーのそれは退魔の光、魔獣を避けると共に辺りを優しく照らすことで荒れた森では大活躍を果たした。

 時間も距離も分からないくらいに歩んだその足は思いのほか痛みはなかった。それはフンシーの力でもないと言う。


「アテラ。疲れてきてはいない?」


 フンシーの問いかけにアテラは、大丈夫と言った。ツルギがアテラを観察する。

 汗一滴掻いてはいないが息が途中途中切れているのは現実的である。

 ツルギはアテラの前に前屈みにしゃがみ両手を後ろへ差出して言った。


「なんだ、まぁ。乗れよ」

「だ、だいじょうぶだから……。って!」


 フンシーがアテラの背後に瞬間的に回り込み背中に優しく当たるとアテラは力なくツルギの背にその身を託した。


「よしっ。再出発だ。行こうぜフンシー」

「もう少しで村に着くよツルギ」


 精霊フンシーがツルギの横を過ぎる時、その瞳と言っていいかは分からない瞳の片方を閉じて何か合図を送った。ツルギは何となくだったが、意味を読み取れた気がした。


 再び軽い足取りを村へ向けて進ませる。

 アテラの表情はツルギもフンシーも拝むことは出来なかったが、口数がそれから減ったのは両者分かった。



 † † † † † † † † † † † †


 先陣を切っていたフンシーが放っていた明かりを消して振り返りながら進行した。その背後には村があった。


「さあ、着いたよ。お疲れ様二人とも」


「お、到着か。アテラ着いたぞ……って、寝てら」


 足を止めて気付いた。背に乗るアテラは小さく寝息を吐いていた。フンシーとツルギは顔を見合わせて失笑し合った。


「それにしてもツルギ、君は口が悪いね。寝てらって言うのは寝ているってこと?」


「ああ、そうだけどー。まあ、意味が通じてるくらいなんだ気にすることでもないだろ」


「それもそうだけど……。寝てらアテラ、アテラ寝てらアテラ」


「なるほど(つまらん)」


 村明かりに刺激されたのか二人の会話が引き金になったのかアテラはゆっくりと目を覚ました。


「ここ、は?」


「アリスメル村だよ」


 肩を二度優しく叩かれる。それを合図と受け取り軽くしゃがみアテラの足を地に着けさせる。

 無表情のアテラが村へ向かって歩みを向かわせた。おんぶ。何も意識されてなかったってことだろうか。何気にショックを心中で感じる。


 アテラとフンシーは先陣を切り村へ向けて進んで行った。そして、改めて村を視界にしっかりと入れた。


 アリスメル村。全ての建物は石積建築のように見える。家は一階建てが主。所々に小さな畑が見られる。街灯はあるが灯されていない。何件かは明かりは室内から零れている。村の中央と思われる部分に他の家より高い円状の三階くらいの大きさの建物が見えた。


 先を行ったアテラが振り返って手招きをしている。

 近寄れば指差す先に視線を送った。そこは、外との区切りのない小屋。他の建物と違い木材で立てられてはいるが地震でも半壊しかねない貧弱そうな造りをしている。空気風に晒されるよくある馬小屋。


「小屋、がどうしたんだ?」

「今日はあそこ……」

「なにが?」

「おやすみなさい……」


 アテラはその横の家にそれだけの言葉を吐き捨てて侵入したのだ。ちゃっかりと鍵をして。

 つまり、そうゆうことなのだろう。

 するとフンシーが眼の前に漂いその球体を透けさせて一言置いた。


「君は、報われないね」


 フンシーは、姿を空気に溶かしたように消え去り、その場にはツルギ一人となった。

 幸いにも小屋は新品か、綺麗な様で藁も寝心地がとてもよかった。


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