第4話 その2
異世界で最初に珠美さんが降り立ったのは、森の中でした。ローレンシアは広く、海もあれば山もあります。地域によりますが、おおむね温暖な気候です。住みやすい国です。
そんな中で、よりによって、森。
異世界に飛ばされると、飛んだ先が森である確率が高い気がするのですが、どうなのでしょうね。僕にとって、勇者招聘の仕事は今回が始めてなので、これであっているのかどうか、どうにも分かりません。
ただ、招聘した以上は何の考えもなしで放り出すわけにもいかないので、珠美さんにはきちんとローレンシアの服装になってもらい、水筒には水と小さなお弁当を持たせてあります。いきなり飢え死にするようなことはないでしょう。って、あぁっ!
……珠美さんはお弁当を食べ始めました。
倒木がちょうど良い椅子のかわりになり、そこに腰かけて水筒の水を一口飲み、お弁当を食べ始めました。いきなりです。無計画です。死ぬ気か? この人。
サバイバル能力が、なーい。
まずい、まずい人を勇者に選んだかもしれません。この人、いきなり異世界に飛ばされて、いきなり貴重な食料を食べてしまって、この先どうかならないかとか、そういう心配をしないのでしょうか。目の前の快楽に流されてしまうタイプなのでしょうか。刹那主義なのでしょうか。僕と付き合っているのも遊びなのでしょうか。僕がロングシュート決めたら珠美さんどんな顔するんでしょうか。
おっと、動転しました。落ち着きましょう。
「おいしかったー。お昼寝できる場所ないかなあ」
駄目だー。サバイバル能力ゼロだー。
だけど下手な介入はできませんし……いや介入したほうがいいのでしょうか。少しくらいは発破をかけたほうがいいですかね。
悩んだ末に、少しだけ介入することにしました。
♪テレレレレン
山賊が現れた!
ボサボサの髪の毛に悪党面、腰には反った剣を持ち、身体は獣の毛皮を使った服を着ています。その内側には鎖帷子でしょうか。
「よーし、お姉ちゃん、金目のものは全部置いていきな」
「くっ、殺せ」
珠美さん、使い方を間違えています。
「命までとらねえよ。俺は盗賊じゃああるけれど、殺しはしねえ。その鎧は高く売れそうだな」
「ふふふ、残念ね。私は勇者。そう簡単にやられるわけにはいかないし、盗賊の言う事を聞くなんてもってのほかだわ」
「勇者様だか何だか知らねえが、丸腰でどうしようってんだ?」
「あれ? 剣がない。じゃあピストル……ないわね。どうやって戦うんだろう、私」
「こいつは傑作だ! 武器も持たずに勇者を名乗るなんて、頭のほうがどうかなっているんじゃねえのか? とっとと逃げた方が身の為だぜ」
「甘いわね。勇者を舐めないほうがいいわよ」
珠美さんは右手を上に、高く天にかざし、叫びました。
「いでよ! 聖剣! ——エクスカリバー!」
伝え忘れていましたが、ローレンシアの聖剣は「草薙の剣」と言います。あと、仮に呼んだとしても、飛んでくるような代物ではありません。儀式用のものですから。
ああ、伝え忘れていたなあ。そうだなあ。
「何も来ないじゃねえか」
「変ね」
「来るはずなのか?」
「わかんない」
「じゃあ待つだけ無駄だな。手持ちのブツだけ置いて、どっか行きな」
「うーん」
しばし考えた珠美さんは——
ダッ!
逃げ出しました。
俊足! 速い!
こんな特技があるとは、想定していませんでした。
山賊から一気に距離をとり、珠美さんは見事に逃げおおせました。
そして気がつけば道の幅も広がっており、ということは人が住む場所に近づいているということでもあります。
まずやるべきなのは、人家を探して水を手に入れること。当座の行動方針を決めること。
それなのに珠美さんときたら、ああ、また水筒の水を飲んでいます。危機感がまるでない。こんなことなら、いっそゲーム機のコントローラー使って背後から操作して、次のイベントに進めてしまいたい。
こんな風に。
タマミさんは武器がない。どうする? →木の棒を拾う。
タマミさんは木の棒を拾った。武器を手に入れた。
タマミさんは木の棒をぶんぶんと振り回しながら歩き出した。
木の棒が蜂の巣に当たった。蜂の大群が現れた。どうする? →逃げる。
しかしまわりこまれてしまった。
タマミさんは蜂に襲われた。どうする? →頑張って走って逃げる。
逃げ出した。ザッザッザッザッ。
ずいぶん森から離れてしまったぞ。おや、遠くから人が歩いてくる。どうする? →話しかける。
「こんにちは、私は勇者のタマミ」
「おお、勇者様ですか。実は助けて欲しいことがあるのです」
「いいわよ。何でも相談して!」
「それでは村まで来てください」
「分かったわ。案内して」
こうして珠美さんは、村人に連れられて村長のところまで案内されました。
イベント発生ですね。
さて、どうなることでしょう。
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