第6話 その4


 再び、スライド。


 僕はアパートに戻りました。あまりにも考えることが多すぎます


 珠美さんも、トイレから出てきました。


 テーブルの反対側、僕の正面に座って、頭を抱えて、髪の毛をぐしゃぐしゃにしています。


 僕が彼女にしてあげられることって、何なのでしょう。


「あのね、シンちゃん」


「はい、なんでしょう」


「もしもの話をしてもいい?」


「いいですよ」


「お友達がいるのね。男の子と女の子のふたり。男の子は、悪いことをして、部屋に閉じ込められていたんだけれど、逃げだしちゃったの。私と女の子は、逃げた男の子を探したんだけど、探している途中に男の子が出てきて、女の子にひどいことをして逃げちゃった。……どう思う?」


「男の子がひどいですね」


「うん」


「どうして、男の子はそんなことをしたんでしょうね」


「……多分、そうすると褒められると思っているんだと思う」


「誰にですか?」


「……大人? わかんないや」


「それでは、男の子を捕まえてきて、謝ってもらわないといけませんね」


「でもね、ひどいことされた女の子は戻らないの。取り返しがつかないの。だから謝ってもらっても、駄目なの」


「そうなんですか……」


「それでね。ちゃんと聞いてね。閉じ込められた男の子を、部屋から出られるようにしたの……、私なの。私のせいで、男の子は逃げ出して、女の子はひどいことされたの。……どう思う?」


 そうでしたか。


 そういうことでしたか。


 いくら特殊小隊のビッグマウスさんでも、城の牢から簡単に出れるはずはありません。手引きした人間がいるはずで、それが珠美さんだったのですね。


 武闘大会の日、珠美さんの姿が見えなかったのも、それを聞けば納得できます。おそらく珠美さんは、みんなが意識が武闘大会に向いている隙を狙って、牢の合鍵を作り、ビッグマウスさんに渡したのでしょう。


 そういうことだったのですか……。


「でも珠美さんは、そんなひどいことになるとは思っていなくて、閉じ込められていた男の子のことを可哀想だと思ったんですよね?」


「……うん」


「男の子が逃げたのは珠美さんに原因があるのかもしれませんが、男の子がひどいことをしたのは、珠美さんのせいではないと思います」


「でも駄目なの。私があんなことしなかったら……」


 珠美さんはテーブルの上につっぷしました。


「私のせいなの……。全部私のせいなの……」


「珠美さん……」


「私のせいなの……」


 泣いているのでしょうか。


 こんな時、神様である僕はどうすればいいのでしょうか。


 法のもとで裁かれている人間を脱法的方法で逃亡させるというのは、そもそも許されることではありません。その意味で、珠美さんの行動は許されません。


 しかしマリさんが殺されたのは、珠美さんの責任ではないと思うのです。たとえその場に珠美さんがいたのだとしても。


 そして、ふたりの騎士がいて、片方を殺し、片方を証言者として残すという戦術をとった時に、ビッグマウスさんが珠美さんを残したことに、恣意的な理由があるのだとしても。


 珠美さんは、すべてを自分のせいにしています。それは考え過ぎです。


 でも、そんなこと、僕の口からは言えません。


「つらいよう……、つらいよう……」


 珠美さんが漏らしました。心の中の叫びがこぼれてしまっているのでしょう。


「つらいよう……。どうして私はこんなにつらいんだろう……。つらいよう……」


「珠美さん、あの」


 珠美さんが顔を挙げました。ぐしゃぐしゃの顔になっていました。涙と鼻水で、顔中が汚れていました。


 そして、絞り出すような声で、珠美さんは言いました。


「異世界の危機なんて……知らんちん」


 そうなんです。


 異世界の戦争なんて、珠美さんには本来何の関係もないことなのです。


 すべての原因は、彼女を異世界パンゲアに勇者としえて召喚してしまった神——すなわち僕にあります。


 僕が、珠美さんを、こんなに苦しめているのです。


 すべて、僕のせいなのです。




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