第2話 女子会ですか、珠美さん

第2話 その1


 こんにちは、異世界パンゲアの神様こと、こちらの世界の名前は神野弾十郎です。通称、ダンちゃんと呼ばれています。


「ねえ、シンちゃん。お腹すかない?」


 唐突に珠美さんが言いました。しかも、早速違う名前だし。


 場所はいつもの僕のアパートの部屋の、こたつの前です。今はまだこたつになっていない、ただのテーブルですが。冬になればこいつも本領発揮してくれるでしょう。……ああ、電源コードをどこにやったっけかな。


「そうですねえ」


 僕はぼんやりとした返事をします。


 部屋のBGMにはレイ・ハラカミが流れています。


 音楽好きの人は、多くの音楽を愛し、ほんの少しの音楽を嫌います。珠美さんはというと、ほんの少しの音楽を愛し、それ以外にはあまり興味を示しません。僕が「おいおい、こいつを聞いたら、お嬢さん、卒倒しちゃうんじゃないのか?」などと思いながら、レイ・ハラカミを再生しても、珠美さんは無反応でした。


 こういう時の僕は、少し微妙な気持ちになりますが、そういうところも珠美さんらしいとも思ってしまいます。


 あんまり、こだわりがないんですよね。


 いえ、いいんですけどね。


 ええ、いいんですけどね。


「何か食べようかしら」


「おやつですか」


 時刻は午後三時。確かに小腹が空いてくる時間です。


「何かないかしら」


「ないんですよ。知っているでしょ? 僕のうちは、お菓子を常備しないです」


「やっぱり、お菓子箱を用意しないと駄目ね。今度買ってくるわ」


「やめてください。マーキングみたいじゃないですか」


「マーキングなんか、しないもん!」


 そもそも、僕の部屋にお菓子がないのは、部屋の住人である僕がお菓子を必要としていないからで、お菓子箱を用意したとしても、僕がそれを利用するとは思えないのですよ。となれば、完全に珠美さんの私物入れになるのが目に見えています。マーキングと言わずして、なんなのでしょう。


「分かりましたよ。コンビニで何か買ってきます。何がいいですか?」


「待って! んっと、たしかね……」


 珠美さんは立ち上がり、台所に向かいました。一応1DKの部屋ですが、およそダイニングとは呼べないスペースに、大きめの収納があります。このサイズの物件にしては珍しいです。


 珠美さんは勝手にそこを開けて、上の段を漁り始めました。


「ほら、あった」


 取り出したのは、カップ焼きそばです。ふたつあります。僕の備蓄食料です。


「どうして珠美さんが、その焼きそばの存在を知っているのですか?」


「え?」


「え?」


 軽くかわされました。


「いいです、もう。お湯を沸かせばいいんでしょ? 作りますよ」


「お願いねー。じゃあ、私はトイレに行ってきます」


「はい。お湯が沸いたら、三分でできますからね」


「はーい」


 そう言って、珠美さんはトイレに消えました。




 お湯を注いで、五分たちました。出てきやがりゃしねえ。


 そこが珠美さんのすごいところなのですがね。


 カップ焼きそばを作り始めてから、トイレに入って、五分出てこないなんてのは、並の神経ではできません。もうね、ある種の人格者なんじゃないかと思いますね。電車の広告で三〇万部突破とか書かれる本を出す種類の。しかも、その本を売っているところを、全然見かけない種類の。


 尊敬を集めても、不思議はないです。


 そうそう、僕のアパートの最寄り駅のそばには、本屋が四軒ありまして。そのうちの三件は、それなりに個性もあるし商売っ気も感じられて繁盛しているのですが、残る一軒は陰気なんです。店構えもボロボロ。昔ながらの町の本屋さんではあるのですが、儲かっているのか心配になります。ライトノベルなんか全然置いていないし、漫画も少しだけ。


 ある日どうしても気になって、中の本を順番に見ていったら、平積みになっているのは、全部とある宗教団体の先生の本でした。


 ああ……、ここはそういうお店なんだ。


 分かりませんよ?


 店主が信者とは限りません。単に近所に信者の人が何人か住んでいて、熱心に買っていくのかもしれません。実際のところは分かりませんし、聞くこともできません。


 ただ、こういう本の売り方ってのもあるんだなあ、と感心しました。そして、こういう本を書く人はすごいなあ、と。


 ああいう人たちってのは、何を考えながら本を書いているのでしょう。


 感心します。


 それと同じレベルなんじゃないかって思うのです。うちの珠美さんは。


 はい、八分たちました。出てきません。


 もちろん、そんなの待ってられませんから、僕はとっとと三分過ぎたところで、ふたつのカップ焼きそばのお湯をきって、ソースをかけてかき混ぜました。ラーメンと違ってすぐに延びないと思ったので、出てくるまで待っていようと思いましたが、僕はもう限界です。


 この、YAKISOBAを、食べてやる!


 その前に、こたつの天板をひっくり返しましょう。いったい彼女は、何をやっているのやら。




 パンゲアです。異世界パンゲアの景色が、テーブルの上に広がりました。


 僕は焼きそばをすすりながら、珠美さんの姿を探します。


 どうやら、お城にいるみたいですね。


 指を動かして、さっとズーム。ああ、いたいた。騎士団の詰所にいるみたいです。部屋の中を見てみましょう。


「だからねっ! 私はセレナちゃんは、絶対にモテると思うのっ!」


 珠美さんが力説しています。その正面には、二人の女騎士。いずれも騎士団のメンバーで、セレナさんとアルルさんといいます。珠美さんの、同僚です。


「でも……私はそういうの、興味ないですから……」


 静かな声で答えるのは、セレナさん。細身に銀色の長髪が似合います。清潔感があって高潔な見た目のイメージ通り、真面目な人です。


「そうかあ? あんた、この前実家に帰った時に、見合いしたんだろ?」


 横から口を出すのは、アルルさん。がっしりした体格で、グラマラスです。女騎士というと、こういうタイプのほうがイメージに合っているかもしれません。


 二人に共通しているのは、背が高いこと。騎士団の中だと体格のよい女性も多いので、それほど目立ちませんが、珠美さんの前にいると二人の存在感は際立ちます。


 珠美さんは、ちんちくりんですからね。


「え! お見合い! したの? したの?」


「え、ええ。お父様に言われて、仕方がなく……」


「衝撃の再会だったんだろ?」


「え? 再会? 再会って?」


「お父様のお仕事関係の人と紹介されたのですが……」


「ハイスクールの同級生だったのよね?」


「ええ」


「おおっ! それで、どうしたの? 久しぶりーとかなったの?」


「そういう話は表立ってはしなかったのですが、相手の表情をみたら、ああ、多分向こうも分かっているんだなって」


「そんで、そんで?」


「その場は普通に会食して、連絡先を交換して別れました。学校に行っているときは連絡先なんか知らなかったのに」


「でも、その後、連絡とっているんだろ?」


「え、ええ……」


「おー」


 珠美さん、大興奮です。


 ああ、なるほど。これはつまりアレですね。女子会ですね。珠美さんは、ちょっとパンゲアに出かけてみたら、女子会に巻き込まれて帰れなくなったということみたいです。もっとも、本人も帰る気はないみたいです。


「あの、タマミさん……。このこと、みんなに言いふらしたりしないでくださいね」


「大丈夫よー」


「何の話?」


 その時、三人のテーブルに別の少女がやってきました。こちらは中肉中背、ショートカットが似合う、実に健康的な少女です。


「マリちゃん! あのね! セレナちゃんがね!」


「タマミさん!」


「なあに、なあに、恋の話?」


 マリさんはトレイに持っていたグラスを、四人の前に並べます。気が利く人ですね。


「食堂の新メニュー、春梨のジュースよ」


 マリさんは実家が食堂なので、騎士の身分でありながら、時々お城の食堂の手伝いをしています。


「ありがとうね」


「サンキュ」


「ありがとうございます。頂きます」


 四人はグラスを掲げました。


「食堂の神様に」


「それでは私は運命の神様に」


「私は噂話の神様に」


「え? えっと、私はジュースの神様に」


 一斉に乾杯しました。珠美さんも、徐々にこの国の作法に慣れてきたようですね。


 そうなんです。この国には、沢山の神様がいます。食堂に、運命に、噂話に、そしてジュースに。いたるところに、あらゆる物に、神様が寄り添っています。


 僕もそんな神様のひとりです。これまでパンゲアの神様と自己紹介してきましたが、正しくはパンゲア四大国のひとつ、ローレンシア皇国の神様です。


 お詫びして訂正します。


 さて、女子会での噂話は続きます。


 というか、珠美さんの独壇場が始まり、あーあ、セレナさんのお見合いネタを全部話してしまいました。


「つまり、セレナちゃんは、今微妙な時期なのね」


 マリさんの分析は冷静です。微妙なのだから、そっとしておいてあげればいいのに、珠美さんときたら……。


「マリちゃんは、そういう楽しい話はないの?」


「そうねー。この前、騎士団の男子部と合コンした」


「「「ええっっっ!」」」


 ローレンシア皇国騎士団には、男子部と女子部があります。珠美さんが所属しているのは女子部で、ここは女子部の詰所です。だから、恋バナとかを大声でできてしまうんですね。怖いですね。こんなに大声でぶっちゃけられているって男子部の騎士さんが知ったらどうなるのでしょう。


「ゴゴゴゴ合コンですって!」


「やるなー」


「どんなだった? ねえ、どんなだった?」


 浮き足立つ三人と比べて、マリさんは落ち着いています。合コンなんて慣れているのでしょうか。


「どんなって聞かれても、城下町の酒場で待ち合わせて、お酒飲みながら食事してお喋りして……。そのくらいだったわね」


「男とお喋りっつったってなー」


「別に? 男子部の様子を聞くのも楽しいわよ。あっちは今、武闘大会の練習で盛り上がっているから」


「予選はもう終わったはずですわね」


「そう。この前合コンしたのは、予選通過組の男子」


「うわー、それ嫌らしくないか? 俺って予選通過だもんね、ってやつだろ?」


 分かります、分かります。アルルさんが嫌な顔をする気持ち、よく分かります。


 僕のバイト先の先輩女子が、合コンに行ったらしいんですよ。相手は大学四年生で、一流企業に内定が決まっている人たちばかり。釣るしかないねと参加したらしいのですが、就職活動の自慢話ばかりで、途中から嫌になって帰ったらしいですよ。


 ちょっと俺、上り調子だから、女子とか食らいついてくるんじゃないの? なんてことを、男子は思ってしまうんですね。


「うん、調子乗っているって思ったから、おだてて全部奢らせたよ」


「当然です」


 冷静な発言のマリさんも怖いですが、同調するセレナさんも怖いです。


 珠美さんは黙って聞いてますね。彼女は合コンしたこと、あるのでしょうか。今度聞いてみましょう。


「タマミは、さ」


 マリさんは、矛先を珠美さんに移しました。


「なに?」


「イケメンの殺人鬼を連れて帰ってきたらしいじゃん?」


「なにそれっ!」


 なんと、ビッグマウスさんは、イケメンでしたか。


「陰のあるイケメン殺人鬼に、慈悲を与えて城に保護したって噂になってるよ」


「保護じゃなくて、逮捕だよう。それに、ビッグマウスさんは殺人鬼ってほど殺人してないし。ひとり殺しただけ?」


「だけってことはないだろ」


「そうね」


 ですよねえ。ひとりしか殺していないから鬼ではないなんて理屈は、パンゲアであっても通用しません。


 鬼の道に落ちるなんて、簡単なことなのです。


「とにかく、ビッグマウスさんは、裁判にかけられるのよ」


「知り合いに聞いたけれど、模範囚らしいじゃないか。面会に行ってやったらどうだ?」


「面会ね……。うん、考えておく」


 情に厚いアルルさんの言うことはわかりますが、珠美さんにはあまり深く関わって欲しくないですね。


 騎士としての珠美さんの行動に、僕が口を出すことはできませんが。

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