馬鹿 or 馬鹿?and 馬鹿。

 「なんで、追っかけてきたの?」

 「だって俺は咲空愛のこと…」

 「太一は太一じゃん。別に私に合わす必要ないじゃん。あっちで待ってたらよかったじゃん。私は一人で旅したいの。そんなことも理解してくれないの?なんか、太一のこと見損なった。邪魔しないで。じゃあね。」

 「ちょっと待って、行くなよ…頼むから…咲空愛!」

そう叫んだところで、目が覚めた。冬だというのに、シャツもシーツも汗だくだった。まさに悪夢だった。大きなスクランブル交差点のど真ん中にただ二人だけ、自分と彼女だけが向き合って立っていて、彼女は怒って自分の前から去って行く。この夢が二日連続続いていた。

 そう、この街に辿り着いてから三日経ったが、未だに彼女をみつけられていなかった。それどころか、彼女をみかけたという人物すらみつけることができていなかった。本当にこの街に彼女はいるのだろうか。もう他の場所へ移ってしまったのだろうか。もし、正夢だったとしたら…。不安と焦りだけが募る中、三日目の朝がやってきた。

 外は、冬の澄んだ青空が広がっていた。ホテルの横にあるカフェで熱いコーヒーを飲みながら外をぼんやりと眺めていた。ちょうど通勤ラッシュの一番混み合う時間帯らしく、朝早くから人混みの中を忙しなく歩く背広姿のサラリーマン達を見ていると、会社を辞める前の自分を少し思い出した。

 暑い夏も寒い冬も、約五年間、アパートから会社まで歩いて通った。ガソリン代がかさむ上、会社近くに駐車スペースがなかったので買ったばかりの車で通うことを諦め、仕方なく歩いて通うことになったのだった。入社当初は実家から自転車で通っていたが、坂道が多い上に三十分以上もかかるので、早々に一人暮らしを始めることになり、会社近くの家賃の安いボロアパートに住み付いた。五年間、遅刻もせずサボりもせずずる休みもせず、自分で言うのもあれだが、本当に真面目な社員だった。母親譲りなのか、もともと性格が真面目なので上司や同僚にも好かれ、すぐに給料も上げてもらえた。そのうち後輩もできて自分が上司という立場になり、時には後輩にきつく注意したりしたこともあったが、それでもそれなりに自分を慕ってくれていた。周りからは将来の社長候補とまで言われ、仕事に関しては何の問題もなくまさに順風満帆だった。そんな自分が急に仕事を辞めると言い出したものだから、社長はもちろん、会社中大騒ぎになった。最後に出勤した日、仕事を終え自分の慣れ親しんだ机の上を整理していたときなんかは、まるで葬式会場のような雰囲気が漂っていたことをはっきりと覚えている。すでに定時の五時を過ぎたにもかかわらず、なぜか誰一人として立ち上がろうとせず、喋り声もまったく聞こえなかった。いつもは仕事中に居眠りをして課長に怒られている唯一の同期の田中も、その日はなぜか背筋を伸ばして真剣な顔をして机に向かっていた。そんな田中の姿を見たのは久々で、別れの言葉をかけに近寄っていったときのことだった。声をかけようとすると急に泣き出してしまったのだ。社内の人間が何事か、と一斉にこっちを振り返り、周囲を気にすることなく泣きじゃくる田中にどうしたのか、と尋ねると、「お前がいなくなるなんて寂しくてどうしようもねぇよ。なんで辞めちまうんだよ。」と、大声で言われた。その言葉に同感した同僚が目に涙を浮かべて何人も自分のところへ集まってきて、こっちはもう戸惑うしかなかった。最後はほぼすべての社員から握手を求められ、別に大したこともしてないのにスターになったような複雑な気持ちで会社を後にした。

 あれからまだ一か月も経ってないのに、もうすでに遠い過去のような気がした。そういえば自分もスーツを着て会社に通ってたなぁ、と思い出しながら、今の自分が本当に正しいのかどうかをつい考えてしまった。たしかに彼女のことは本気で愛しているし、だからこそ追いかけてきた。しかし、本当に仕事を辞める必要があったのだろうか。上司や同僚の説得を聞き入れず、両親に悲しい思いをさせ、必死に努力して積み上げてきたものをほぼすべて崩してきた。あのまま仕事を続けていればほぼ間違いなく社長候補だっただろうに、それも絶ってきた。ただ一人の愛する人のために。雄大に問いかけられたときはたしかに「それでいい」と答えた。それでよかったのか?他に選択肢はなかったのか?もしかして必死にお願いすれば長期休暇だって許されたのではないのか?いろんな思いが頭の中を駆け巡った。しかし、すでに後の祭りだった。どんなに悔やんでも過去には戻れない。もうあの日の自分の下した決断を信じて突き進んでいくしかないのだ。迷っている場合ではない。彼女を探しに行かなければ。たとえどんな結末が待っていようとも。彼女に会わなければ意味がないのだ。

 温くなったコーヒーを飲み干し、気をとりなおして人で溢れかえる朝の都会の中へと飛び出した。


 彼女の行きそうな服屋や化粧品売り場なんかを手あたり次第探し回り、店員に話を聞き、地下鉄に乗り、一駅ずつ降りて駅員に話を聞き、いろんな公園を探し回ったりもしたが、どうしても彼女のような人を見かけたという情報は得られなかった。本当にもうここにはいないんじゃないのか、もう明日はレンタカーでも借りて遠くを探してみようか、と考えながら日が落ちかけた街中をホテルに向かってトボトボと歩いていた。帰宅ラッシュで混み合う交差点でちょうど赤信号になり、立ち止まっていたときだった。この光景に見覚えがあることに気がついた。そこは、夢に出てきたスクランブル交差点だった。何回か通ったはずなのに今までまったく気がつかなかった。そのとき、急に心臓の鼓動が速くなった。もし本当に夢に出てきた場所と同じならば、彼女と出会うのは交差点のど真ん中。道路の向こう側に彼女の姿を必死に探してみたが、行き交う車も多くよく見えなかった。信号が青になるのをただひたすら待つしかなかった。時間の経過が非常に長く感じた。一秒の経過がいつもより倍に感じ、一分というのはあまりにも長すぎた。まるで時が止まったかのようだった。ようやく点滅が始まり、帰宅を急ぐ人達が歩き出す準備をしはじめた。そしてついに青に変わった。まるで短距離走のランナーのようなスタートダッシュを決め、一番乗りで交差点のど真ん中に到着し、その場で立ち止まった。周りから見ればちょっと頭のおかしい大人にしか見えなかったに違いない。もはやそんなことはどうでもよかった。高揚する気持ちと焦る気持ちが身体を勝手に動かした。老若男女、様々な人達が自分の前を横を後ろを通過していく中、必死で彼女を探した。信号が点滅をはじめた。もうそろそろ歩き始めなければ危ない、やはり夢は夢か、と諦めかけたときだった。信号の点滅を見て早く横断してしまおうとダッシュしてくる集団の中を見覚えのあるものが通り過ぎた。青いシュシュと長い黒髪。そして、その人が担いでいるバックパックは自分が彼女の誕生日にプレゼントしたのと同じものだった。その場で思わず大声で叫んだ。

 「咲空愛!」

その声に気づき、その人は足を止め振り返った。彼女だった。間違いなく、自分の愛した彼女だった。振り返ったその顔は、まさか、という表情だった。夢と同じく、交差点のど真ん中で二人向き合ったまま見つめ合った。数秒無言のまま時間が経過したところで気がついた。信号が赤に変わる瞬間だった。

 「走れ!咲空愛!」

その声で彼女も我に返り、二人で必死で歩道まで走り抜けた。彼女は息を切らして呆然とこっちを見て突っ立っていた。

 「…やっと、やっと会えた。」

もうすぐにでも彼女を抱きしめたかったが、そこはさすがに人目を気にして堪えた。彼女はなかなか言葉が出てこない様子だった。

 「…なんで…なんで…。」

 「なんでって、こっちが聞きたいぐらいだよ。我慢できなくなって咲空愛を探しに飛び出してきた。」

彼女はその場で泣き崩れた。

 「…なんで。なんで太一が目の前にいるの?なんで…。」

 「驚かせてごめん。けどどうしても咲空愛に会いたかった。待ってるだけなんて俺には無理だったよ。」

なかなか立ち上がろうとしない彼女の身体を抱えて、ホテルに向かってゆっくりと歩を進めた。


 ホテルのロビーの椅子に彼女を座らせて、落ち着くのをしばらく待つことにした。彼女はすでに泣き止んではいたが、まだ喋り出すには辛そうな様子だった。ちょうどすぐそばに自販機があったので、彼女の大好きなホットコーヒーを買って目の前の机に置いてあげた。すると、彼女は缶コーヒーをそっと両手で握りしめながら小さな声で話し始めた。

 「…ごめん。ほんと、ごめん。ずっと後悔してた。自分勝手に旅に出て、太一を裏切って…もうね、あっちに戻っても絶対太一は会ってくれないって思ってた。だから…本当に嬉しい。」

 「別に裏切られたなんて思ってないよ。」

 「けどさ、なんでここに私がいるってわかったの?」

彼女に昔二人で話してた桜のことや、島でのタクシー運転手との出会いなどを大雑把に説明した。

 「…そっか。よく覚えてたね、そんなこと。けどさ、これでもし私が桜目的じゃなかったら、太一、大変なことになってたね。」

そう言って彼女はようやく笑ってくれた。久々に彼女の笑顔を見て、やっと心がほっとしたのか、無意識に涙が溢れ出てきた。

 「なんで太一が泣いてんの。ほら、ハンカチ。恥ずかしいから早く涙止めてよ。」

さっき歩道で泣き崩れたくせに、ずっと泣き止まないで自分に抱えられてここまで歩いてきたくせに。けど、そこらへんが彼女らしくて、そんな彼女が戻ってきたことが嬉しくて嬉しくて、もうどうにも涙が止まらなかった。

 「…部屋、行こうか。」

そう言って、彼女とエレベーターに乗りこみ部屋へと向かった。

 鍵を開けて部屋に入ってドアが完全に閉まりきる前に、熱い恋が始まった。もう二人とも限界だった。お互いがお互いの身体を求めあい、肌に触れたくて、舌をからませたくて、抱きしめたくて。背負ったままのバックパックも、ぐちゃぐちゃになった衣服も、疲れ果てて汗で汚れた身体も、もうどうでもよかった。電気もつけず真っ暗闇の中、抱き合ったままベッドまで移動して、そのまま倒れこんで覆い重なった。今は言葉なんていらない、身体で自分の愛を伝えたかったし彼女の愛が欲しくてしょうがなかった。ひたすら同じ動作を繰り返すロボットみたいに火照った身体を激しく打ち付け合って、何回果てても終わりが来なくて、彼女の身体を離したくなくて、彼女も離れようとしなかった。もうずっと永遠にこのままでよかった。最悪彼女が妊娠したとしても、今はそれでいいと思った。行為の最中、何回も考えた。このまま時が止まってくれたらいいのに、と。長い、長い、果てしなく長い夜だった。


 乾ききってイガイガした喉の痛みで目を覚ましたら、すでに昼近くだった。幅の狭いシングルベッドのシーツはぐちゃぐちゃで掛布団は見当たらなくて、いつ脱いだのかも覚えていないが、昨夜身に着けていた衣服と下着があちらこちらに散乱していた。そして、彼女の下着も。彼女がつけてくれたのであろう暖房のおかげで生温い空気が部屋中を満たしていて、向こう側からはシャワーの音が響いていた。そういえば、彼女は自分よりもずっと早起きだった。自分の部屋に泊まったときも自分より必ず早く目を覚まして勝手にシャワーを浴びていた。とにかく朝のシャワータイムが長くて、自分は目覚ましのコーヒーを飲みながら彼女が出てくるのをゆっくり待つのが定番となっていた。そして長い髪を乾かしながら出てきた彼女は「眠い」とだけ言ってまた布団に入ってしまうのだった。眠たいのならシャワーしてないでそのまま寝てたらいいのに。彼女のよく理解できない行動のひとつだった。

 下着を履き直してシャワー室へ向かうと、ドアは開けっぱなしで、仕切りカーテンも開け放って彼女は気持ちよさそうにシャワーを浴びていた。もう見慣れたはずなのに、明るい場所で彼女の胸の膨らみや括れた腰周りなんかを見ると、なんだか恥ずかしい気持ちになった。自分はそういう部分がまだまだ子供なのだろうか。すぐに自分の姿に気付いた彼女は「用もないのに勝手に覗きに来るな!馬鹿!」と、言って仕切りカーテンを勢いよく閉めてしまった。部屋に戻って衣服を綺麗にたたみ直しシーツを整えてから、カーテンを開けて窓の外を見た。昨日に引き続き快晴で、心地よい青空が広がっていた。ベッドの上に腰を下ろしてこれからのことをいろいろ考えてみた。彼女と無事に出会えてよかったが、一体これからどうすればいいのだろうか。住んでいた町に戻っても仕事を一からまた探さなきゃいけないし、まず住む部屋を探さなくてはいけない。お金のほうはまだ余裕はあるが、そのうち必ず尽きるだろうからバイトでもして稼がなきゃいけないし、第一、彼女はどうしたいのだろうか。まだ旅を続けたいのだろうが、いつまで続けるつもりなのだろうか。一人旅がしたいのか、自分もついていっていいのか。もう彼女と離れ離れになるというのは絶対に嫌だった。いっそのこと、どこかで落ち着いて暮らして彼女と結婚して…。なんてことを妄想していたら、ちょうど彼女がシャワー室からでてきた。振り返って見ると、彼女は何も身に着けていなかった。

 「ちょっ…せめて下着ぐらいつけて出てこようよ。」

彼女はドライヤーで髪を乾かしながら言った。

 「だって、下着そこに脱ぎ捨ててあるじゃん。てか別にいいでしょ、裸でも。数時間前までベッドの上で二人してずっと裸だったじゃん。問題あり?もしかして、恥ずかしいの?まだまだ子供だなぁ、太一は。」

さっき自分で思っていたことを的確に指摘されたので、なんだか無性に腹がたった。

 「どうせ子供だよ!てか、今いろいろ考えてたんだけどさ、咲空愛はこれからどうしたいの?」

髪を乾かし終えて、裸のまま自分の隣に座ってきた。

 「んー…もう一回やりたい。」

 「…は?何を?」

彼女は怒って言った。

 「何をって…乙女にそれ言わせるつもりなの!?」

 「いやそういうつもりじゃ…てか、それ!?昼間から!?じゃなくて、俺が聞きたいのはこれから旅を続けたいかどうか…」

喋っている途中で彼女に抱きつかれて唇を奪われて、もう何も言えなくなった。呆れたのと同時に、昨夜部屋に入った瞬間のあの気持ちが燃えあがるような感じが再び戻ってきた。

 「…どうでもいいじゃん、そんなこと。」

 「どうでもよくはないけど…まぁ、いいや。」

そのまま第二試合目が始まった。


 お互い満足して、狭いベッドの上で二人で身体をくっつけながら横たわって、さっきの話の続きをした。

 「…で、本当に咲空愛はどうしたいの?まだ旅続けたいんでしょ?」

彼女は特に何も答えなかった。天井を見上げて何かを考えているみたいだった。

 「俺はもう咲空愛と離れ離れになるのは本当に嫌なんだけど。」

彼女は囁くように言った。

 「…私も嫌だよ。太一と離れるのは辛いだけだってわかった。けど…まだいろんな場所に行ってみたいし、旅は続けたい。いろんな場所の桜を見てみたいし、絵を描きたい。」

 「絵?絵を描いてるの?」

彼女は起き上がって、ベッドの横に置いたバックパックの中から分厚いスケッチブックを取り出して自分に渡してくれた。

 「そういや言ってなかったね。行った先々で絵を描いてるんだ。まだまだ下手くそだけど。」

そのスケッチブックには最初に行った南の島の自然豊かな景色や、まだ咲き始めぐらいの桜の木や、この街のホテルから見たであろうビル群などが色鉛筆で色彩豊かに描かれていた。

 「なかなか上手いじゃん。咲空愛って、意外にいろんな趣味あるんだね。」

 「絵は旅に出始めてからだよ。いろんな趣味って、あとは料理だけじゃん。」

 「なんで絵を描こうと思ったの?」

 「ほんとは写真でもいいかなぁって思ったんだけど…とりあえず訪れた先々の美しい景色を何かに残したかった。自分の頭の中だけじゃなくてさ。そう思ったら、自然と自分の手が動いてた。自分でも絵が描けるなんて、思ってもいなかったけど。」

あらためてスケッチブックを最初から見直してみると、気になる絵が何枚かあった。それは、旅先のどこにでもありそうな人が行き交う交差点や、今にも崩れ落ちそうな朽ち果てた空き家を描いた絵だった。不思議に思って彼女に聞いてみた。

 「…何で、こんな場所の絵を描こうと思ったの?」

彼女は特に考えるわけでもなく、淡々と答えた。

 「だって、美しいから。」

 「美しい?朽ち果てた家が?」

 「そうだよ。私にしたらすべて美しいよ。古い空き家も、ただの交差点も。みんなそれぞれ歴史があって、そこと同じ光景なんてひとつとして存在しない。次の日に同じ時間に同じ場所に立ってみても全然違うし、通り過ぎる人も同じじゃない。これは旅に出てからわかったこと。すべての景色は、美しい。だからもっといろんな場所のいろんな景色が見てみたい。」

彼女の言っていることがいまいち理解できなかった。朽ちた家が美しいなんて、自分はまったくそうは思わなかった。

 「そういやさ、今気づいたんだけど…太一、仕事は?」

彼女にそう聞かれて少し焦ったが、嘘をついてもどうにもならないので正直に答えた。

 「辞めてきたけど。車も手放したしアパートも解約してきた。」

彼女は驚いたらしく、怒鳴りつけるように言ってきた。

 「…あんた馬鹿でしょ!?あのまま会社にいたら社長候補だったんじゃないの!?それ捨ててきたの!?私みたいなスーパーの安月給の下っ端の従業員じゃないんだよ?太一には両親もいるじゃん。今頃すごい悲しんでるはずだよ。おまけに車もアパートも捨ててきたって…馬鹿だわ。ほんと馬鹿。」

馬鹿だ馬鹿だと繰り返し言われて少しショックだった。

 「親にはしっかり説明してきた。泣いてたけど。たしかにいろんな人に悲しい思いをさせて迷惑かけてるのかもしれない。けどそれでも俺は咲空愛に会いたかった。咲空愛も手紙に書いてたじゃん、気持ちが抑えきれなくなった、って。俺も同じ。あのまま待ってるだけなんて絶対に無理だった。咲空愛は俺がすぐに他の女を見つけるとでも思ってたの?俺はそんな簡単な気持ちで咲空愛と付き合ってるんじゃないんだよ。」

彼女はいつのまにか泣いていた。自分の腕にしがみついて。腕から手につたい落ちてくる彼女の涙は、温かかった。

 「…ごめん。私も馬鹿だよね。わかったよ、太一。そのままずっと、ずっとその気持ちのままでいて。私も愛してる。もっと真剣に考える。」

彼女が泣き止むまで二人とも無言のままだった。何も言わず、ただ彼女の頭をさすって落ち着くのを待った。もう、二人の考えは同じだった。

 「…どうする?」

泣き止んだ彼女に聞いた。彼女は戸惑うことなく答えた。

 「一緒に、旅しようか。」

それがすべてだったし、それ以外の答えを聞きたいとも思わなかった。

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