賭け
空港を出ると、目が覚めるような雲一つない快晴だった。飛び出してきた街とは季節が違うような気がした。一月だというのに気温が十七度もあり、長袖の上に軽い薄手のウインドブレーカーだけで十分だった。電車と飛行機を乗り継ぎ到着したその島の空港は、きっと冬の凍えるような寒さにうんざりして住む町を抜け出してきたであろう観光客でずいぶんと賑わっていた。インターネットで調べてみると、ここが一番早く桜が開花する予想になっていた。おそらく彼女はここに来ているはずだと思った。しかし手紙が届いたときからすでに一か月以上経過していたので、もうすでに次の場所に移ったかもしれないし、まず本当に彼女が桜を見に旅に出たのかも当たり前だが確実ではなかった。賭けだった。もしいなくても、彼女が来ていたならば民宿やホテルから何かしら手がかりを得られるかもしれないので、空港を出てすぐに予約したホテルへと向かうことにした。
ホテルの従業員の話では、桜はもう開花しているらしかった。残念ながら彼女の情報は得られなかったが、タクシーに乗り込んで桜の咲いている場所まで案内してもらうことにした。タクシーから見る景色は、それは自分の町では見られない素晴らしいものだった。断崖の絶壁、空と同じ色の海、見たこともない植物。辺り一面サトウキビ畑で、窓を開けると南風が心地よくて。つい居眠りしそうになったところで、運転手が話しかけてきた。
「お客さん、今日はどちらから来られたんですか?」
もう歳は六十を超えているだろうか。白髪頭のいかにも南の島にいそうな彫の深い日焼け顔のお爺さんだった。
「ちょっと遠くのほうからです。」
「そうですか、観光かなにかですか?」
「観光というより、ちょっとある人を探してまして…自分の彼女なんですが、急に旅に出るって手紙だけ残してどっかに行ってしまったんです。」
「そうですかそうですか。若いっていいですな。」
運転手は笑いながらそう言って、急に何かを思い出したように話を続けた。
「そういえば…つい最近、あなたと同じように桜を見たい、っていう若い女性を乗せましてな。別にこの時期のこの島にはそんな人沢山いらっしゃるから珍しいことでもないんですがね。その人は、何か思い詰めたようにずっと窓の外を見てたんですよ。だからとても印象に残ってましてね。心配になって、気分でも悪いんですか?って聞いたんですよ。そしたら…。」
眠気などどこかに吹き飛んでしまった。つい興奮してしまって、車の中で立ち上がってしまった。
「そしたら!?そしたら彼女は何て答えたんですか!?その人は長い黒髪で青いシュシュをしていませんでしたか!?どこにいるかわかりますか!?」
急に立ち上がって質問をまくしたてる自分に驚いた運転手は、危うくガードレールに車をぶつけそうになった。
「お、落ち着いて!お客さんとりあえず落ち着いてください。今順番に話しますから。」
「…すいません、つい興奮してしまって。」
「いやいや、いいんです。もしかしたらお客さんの彼女かもしれませんね。お客さんのいう通り、その女性は青いシュシュをしていました。で、話の続きなんですが…そしたら彼女はこう言ってました。“どうしても忘れられない人がいる、私はその人を裏切ってきてしまった”って。それ以上詳しくは聞きませんでしたが、どうもその忘れられない人というのは、その女性の彼氏らしかったです。生憎、今どこにいるのかまではわかりませんが…たしか次の目的地は…。」
そう言って運転手は車を停車させて、地図を開いてとある場所を指さした。それはこの島から遠く離れた、その地方では随一の大都会だった。
「そうですか、ありがとうございます。おそらくというか、その人は自分の彼女です。情報が得られただけでもよかった。本当に、よかった。安心しました。ここまで乗せてきてもらって申し訳ないですが…ホテルに戻ってもらえませんか?すぐにでも彼女に会いたいんです。お願いします。」
運転手は笑って答えた。
「えぇ、もちろんいいですよ。若いって本当に素晴らしいですな。」
ホテルに到着して運賃を払い終えてから、運転手に笑顔で言われた。
「彼女に出会えること、祈っています。どうかお気をつけて。」
「ありがとうございます。頑張ります。」
その日はもう日が沈みかけていたのでそのままホテルに一泊することにした。インターネットで翌日の飛行機の予約を済ませ、部屋でその地方特有のアルコール度数の高いお酒を飲んで少しクラクラする頭で、彼女に思いをはせた。
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