どこかへ。

 拝啓 太一へ


 手紙なんて書いたの初めてだからいろいろ間違いがあるとは思うけど、それは無視して。あと、字が汚いのも。

 もう太一と付き合いはじめて一年ぐらい経ったかな?もっと経ってるか。まぁいいや。たった一年でいろいろ経験できたし、今でも太一のことを本当に心の奥底から好きだと思えているよ。けど、まだ知らないことも沢山あるだろうし、私に言ってない秘密だってあるとは思ってる。何が言いたいか、ってね、それはお互いさまってこと。太一は私のことを全部は知らない。言ってないことだってある。そのうちの一つをここに書きたいと思う。

 私には、夢がある。綺麗になりたいっていうのも夢の一つだけど。誰にも言えなかった夢が(そもそも言う人が周りにいないだろ、とかいうツッコミはいらないから)。

 それは、旅人になりたいってこと。自由になりたいんだ。いろんな景色を見てみたい。昔話したと思うけど、私にはもう両親はいない。親戚もいないというか知らない。だからって言ったら変だけど、周りに迷惑かける人がいないんだ。なんとなくスーパーで働きだして、友達もいないし特にやることも料理しかなかったから、お金は貯まってく一方だったよ。

 実は太一に出会ったとき、そろそろ仕事辞めて旅に出ようかなって考えてたんだけどさ。今まで男なんて恋なんて興味なかったのに、いつのまにか太一のこと好きになってた。だから夢を先延ばしにして、太一と恋するほうを選んだ。これは今でも間違ってなかったと思ってるよ。

 けど、ごめん。やっぱり旅にでたくなっちゃった。抑えきれなくなったんだ、気持ちが。太一がこの手紙を読んでる頃は、もう仕事辞めた後だし、アパートも出た後だよ。

 そのうちそっちに戻るよ。そのうちだけど。もし私がいつか戻って、太一に新しい彼女がいても責めたりはしない。だって私が悪いんだから。けど、もしだよ、もし隣に誰もいなかったら、また私を選んで。わがままだけど。もう一回書くけど、今でも太一のことが好きだよ。けど夢は諦めきれない。すごい複雑な気持ち。苦しい。

 直接言わなきゃダメだったかもしれない。けど絶対止められることわかってたから言えなかった。まして、私と別れて、なんて。絶対に言えない。

 変な手紙でごめん。もう一つの夢は…今は言えないから、そのうち言うね。あ、借りてた小説、手紙と一緒に入れとくね。ありがと。


                            若野 咲空愛


 寒くて凍えるような晴れた冬の朝だった。外にはみ出してきていた無理やり詰め込まれた広告をさすがに整理しようと思いポストを開けると、この手紙が奥から出てきた。最近、妙に様子がおかしいとは思っていた。デートしててもずっと何か考え事してるし、夜だって、体調悪いからって、ここ二週間は断られつづけていた。ショックも大きかったが、自分に言ってくれなかったことへの怒りのほうが強かった。ただ、彼女の手紙に書いてあるとおりだと思った。目の前で言われたら、全力で引き止めただろう。彼女を本当に好きだったから。ずっと傍にいてほしかったから。

 この一年間で、彼女も自分も少しづつだが変化した。彼女は咲菜さんと親友といえるほどの仲になったみたいで、よく買い物に一緒に出掛けてたし、自分も何回か会って三人でご飯を食べに行ったりもした。自分もまた、彼女と付き合いはじめて少しだけ男らしく、彼氏らしくなれた気がした。相変わらず彼女には、情けない男、と言われ続けてはいたが。一番の変化は、彼女に笑顔が増えたことだった。言葉遣いはあまり変化しなかったが、彼女とデートするたびに思うことがあった。会うたびに綺麗になっているということ。自分が彼女に惚れすぎているのかもしれなかったが。そして、彼女がいつのまにか煙草をやめたことも大きな変化だった。

 二人でいろんな場所に行ったし、もちろんくだらない理由で喧嘩もしたし、いろんな夜も経験した。お互い間違って、指摘しあって、成長しあった。それで、十分幸せだった。毎日が楽しくて、彼女と会えるのが嬉しかった。だから特に終わりが来るような感じもなかったし、むしろこれがずっと死ぬまで続くものだと思い込んでいた。やっとカップルらしくなってきたのに、彼女との将来を考え始めていたのに。こんな終わりかたってあるだろうか。つい二日前まで自分の隣で笑っていた彼女に、今日から会えない。あまりにもショックが大きすぎた。その日は仕事を休んで部屋に閉じこもって朝から倒れるまで酒を飲み続けた。

 一週間経ってもこの状況を受け入れられずにいた。何回も手紙を読み返して、一人で泣いて過ごした。彼女に会いたい気持ちだけが募る一方だった。けどどこにいるかもわからない、彼女の携帯はすでに解約された後で連絡のとりようもなく、どうしたらいいかもわからなかった。彼女の帰りを待つだけなのか。自分にはそれしかできないのだろうか。ただ、無駄な月日が過ぎていくだけだった。


 雄大に相談したのは手紙が届いてから一か月ぐらい経った後だった。

 「お主、馬鹿だろ。もう一か月も経っておる。どうするのじゃ?咲空愛殿の帰りを待つのか?」

いきなり馬鹿と言われて腹がたった。

 「だってどうすることもできないじゃんか!どこにいるかもわからないし、どうすればいいかもわからない。だからお前に相談してんだろ!」

普段はキレることもない自分が急にキレたので、さすがの雄大も驚きを隠せなかったみたいだった。

 「お、落ち着け。わかった。で、お主の気持ちはどうなのじゃ?まだ好きなのだろ?」

 「そりゃそうだよ。そんなに簡単に諦めきれない。」

 「だったら、どうすべきか決まっておるではないか。」

 「…探しに行けと?」

 「その通り。」

 「どこへ!?日本にいるかも海外にいるかもわからないのに!?」

 「じゃあ待つのか?いつ帰ってくるかもわからないのだぞ。もしかしてもう一生会えないかもしれぬ。それでよいのか?まぁお主にも仕事がある。探せば他の女子だっておる。よく考えろ。それしか言えぬ。」

探しに行きたい気持ちは十分にあった。けど、どこにいるかもわからないし、自分にだって仕事がある。そんな長期休暇をとらせてもらえないのも確実だった。

 「力になりたいのは山々だがな…そういえば、付き合っておるときに何か聞いてはおらぬのか?例えば、こんな場所に行ってみたいとか。」

雄大にそう言われて、はっとした。そういえばまだ付き合い始めて三か月ぐらいの頃、一緒に部屋でテレビを見ていて彼女がふと呟いた言葉を思い出した。

 

 その日は本当は二人で街に出て冬服でも買いに行こうと考えていた。しかし、急に天気が大荒れになってきて外に出るのを諦めて部屋でコタツに入ってミカンを食べながらテレビを見ていた。バラエティもドラマも興味のない彼女が暇だ暇だと言うので、リモコンをザッピングしていると、ちょうど旅番組が始まったところだった。あと少しで咲き始める、全国の桜の名所を特集する番組内容だった。

 「綺麗だねぇ、桜。早く咲いてほしい。寒いの嫌い。」

テレビを食い入るように見つめながら彼女がそう呟いた。

 「名前が咲空愛だけに、桜が好きなの?おもしろい。」

 「…そうだよ。悪い?」

 「いや、別に悪いとか言ってないけどさ。桜ってほんと綺麗だよね。そうだね、春になったらお花見でも行きたいね。遠くには連れて行ってあげれないけど。」

 「そのうちいつか、ね。」

 「え?いや春になったらお花見しようよ。そのうちじゃなくて。」

 「ううん、それは行くよ。そうじゃなくて、そのうちいつか…。」

その時は彼女の言っている意味がわからなかったし、特に追求することもなかった。結局、その年の桜の咲き始めた頃に彼女が高熱を出してしまい、看病に行った自分にもうつって二人とも寝込んでしまって、お花見どころではなかった。


 「…そうか、もしかしたら。」

 「何か思い出したのか!?」

 「うん。ちょうど一年ぐらい前、テレビ見ながら桜の話をしてたのを思い出して。」

 「桜?咲空愛殿だけに桜を見に旅に出たと?なかなか滑稽じゃな。しかし、今はまだ一月。桜などまだ咲いてはおらぬぞ?」

 「ここらではまだね。前にネットで見たんだ、南のほうでは一月から咲きはじめる種類もあるらしい。だからおそらく…。」

すぐにインターネットのマップを開いて指さした。

 「おそらく、ここにいる。」

 「ここって…島?その自信のほどは?」

 「ある。よくわからないけど、自信がある。」

雄大は呆れながら言った。

 「…お主、それは根拠のない自信であろう。たしかに探しに行けと申したのは我ではあるが。仕事はどうするのだ?お金のほうはあるのか?」

 「お金は少しは貯めてある。仕事は…辞めてくる。長期休暇はもらえないだろうし。」

 「それでよいのか?せっかく続けてきた仕事だぞ?もう二十五歳、若くはないぞよ。次もよい仕事がみつかる保証も…。」

 「いい。それでいい。俺は決めた。親も説得する。周りに何を言われてもいい。それでも彼女が好きだ。この気持ちはもうどうにもできない。今探しに行かなきゃ、絶対後悔するだけなんだ。」

 「そうか。それならば何も言うことはない。健闘を祈る!」


 翌日、すぐに会社に辞表を提出した。同僚からも上司からもかなり説得され、父親には説教され、母親には泣かれまでしたが、もう心は動くことはなかった。部屋の中にあるお金になりそうな物はすべて売り払って資金を集めた。車も買い取ってもらったし、部屋も引き払ってしまった。一つのバックパックに入る物以外、すべてを捨てた。それでも彼女が隣にいてくれればそれでよかった。もし探しに行って見つからなかったらと考えても仕方のないことだった。待っているだけなんて無理だった。彼女と同じだ。気持ちが、抑えきれなかった。

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