Cool beauty girl
本屋を出てすぐ目の前にある喫茶店に移動する間、二人はまったく会話をしなかった。本当は話したかったが、彼女はやはりまだ警戒しているようで、自分の隣を決して歩こうとはせず、少し距離をとり、買ったばかりの数冊の本を大事そうに抱えて後ろについてきていた。
外に出るとちょうど日の入の時間だった。通り雨でもあったのだろうか、アスファルトが濡れていた。家路や会社へと戻るであろう車が行きかう道路。その道路も、車も、街路樹も、ビルも、雲も、空も、すべてがオレンジ色だった。駐車場にできた水溜まりや車についた水滴に反射していて、余計に美しかった。すべてを優しく包み込むような、オレンジ色の街。
「綺麗、だね。」
自分は立ち止まってそう呟いた。
「…えぇ。」
彼女は特に嬉しそうでも笑顔になるわけでもなく、面倒臭そうに相変わらずの小さな声でそう呟いただけだった。
喫茶店の中は閑散としていた。店内に流れる静かなクラシックの音楽のせいか、この店だけ時間がゆっくり流れているような気がした。席につくと同時に、テーブルを挟んで自分の正面に座ったと同時に、彼女が口を開いた。
「…で?何?」
「いや…あの、さっきも聞きましたけど、小説好きなんですか?」
「えぇ。」
あきらかに面倒臭そうだった。恋愛初心者向けの本かなにかで読んだことがあった。『好意を持つ相手に話しかけても、相手からは疑問形で返ってこない。そして、一言で終わらされる。それはつまり、あなたには無関心なのだ。残念ながら諦めたほうがよいのかもしれない。』以前、友達に紹介された女性とメールしていたことがあったが、そのときもまったく同じ反応だった。自分にはまったく興味を持ってくれなかった。そう考えると、一生懸命話題を振って頑張っている自分が少し馬鹿らしくなってきた。
「あ、そうなんですね…。えっと…今日はどんな本買ったんですか?小説?」
そう言い終えるとちょうど店員が注文をとりにきた。自分がコーヒーと言う前に、彼女はメニューに一目もくれず、何も迷いもせず言った。
「ホットコーヒー、ブラックで。」
「…あ、じゃあ俺もそれで。」
彼女は自分が想像していたよりもクールだった。いや、さっき本屋で初めて話したときには正直想像もしなかった。ただちょっと気が弱くて男にも慣れていないのかな、と思っていた。後者はその通りかもしれなかった。慣れていないというか、もしかして男にまったく興味がないのかもしれなかった。そして彼女の次の言葉でそれが正解であることが判明した。
「本?まぁいろいろと。もしかして、あなた私に興味があるの?諦めたほうがいいよ。私、男に興味ないから。」
簡単に、素っ気なく言い放たれた。男に興味がない。しかしここで諦めたら終わりだと思い、もうちょっと食い下がってみることにした。
「いやまぁ興味があるというか…まず友達になりたいかなぁって。自分も小説好きだし、なんか話が合うかもって思って。」
「友達ねぇ…ごめん。私、友達もいないし、いらないって思ってる。一人でいい。ちなみに今日は小説買ってない。買ったのは雑誌。」
友達もいらない。一人でいい。なんて。まぁこんな感じだから、男はもちろん、同性でも近寄りがたいんだろうなぁとは薄々思ってはいた。
「…あ、そうなんだ。なんの雑誌?料理本とか?」
来たばかりのコーヒーを一口含んで、呆れたように答えた。
「…さっきの話、聞いてた?頑張っても、無理。私は興味がない。まぁ聞かれたから一応答えてあげる。ファッション雑誌と美容の本。じゃ、私用事があるから。コーヒー代、置いとく。」
そう言ってお金を机に置いて立ち上がると、颯爽と歩いて行ってしまった。
「いや、え?あの、ちょっと…。」
情けない話、早足で歩いていく彼女には届くはずもないような小さな声でそう言うのがやっとだった。机の上のまだ暖かいコーヒーカップから上がる湯気が、とても虚しく感じられた。
外に出ると、先ほどのオレンジ色から淡い藍色の空に変わっていた。街灯や周りのビルの灯りのせいで星はほとんど見えなかったが、月は堂々と、綺麗に空に輝いていつも以上に明るく、街を、自分を照らしてくれていた。
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