第1階層ー9


 俺とララは今、分かれ道まで戻って真ん中の道を探索していた最中だった。


 Levelもそこそこのスピードで上がっているんだし、怖いならコボルトでも狩ってれば良いと思うだろうがそういうわけにも行かないのだ。


 なんたって大学の講義がある。これも今更、と思うかもしれない。俺自身危険な思いをしてまで大学の講義を優先しなければと思う程勉強が好きなわけでもない。でも、そう思ってなければやってられなかった。少しでも現実のことを考えないと不安になるのだ。


 というよりも、今だって不安で一杯一杯だ。さっきのようにコボルトがいきなり目の前にポップする可能性だってあるし、本当にLevel5になったら帰れるかどうかすらも現状はわからない。確信がない。ただ、そう言われたからそうしてるだけだ。今、他に頼れるものもないから。


 それにララのこともある。モンスターも腹を空かせる。それは既にあの最初の部屋で分かっていることだ。でなければStatusに空腹なんてものもないだろうし、PointのFoodの欄で人間以外が食うとしか思えないものが並ぶわけもないし、そもそもララはあのサラダを食ったのが何よりの証拠だ。つまり、放置してしまえば、ララは…。


 あれをサラダと呼ぶのかはまた別に置いておくとして。



 それ以外にも不安はある。このダンジョン内では本当に死ぬことはないのかとか、どれくらいダメージを負ったら瀕死と判断されるのかとか。ステータス表記にはHPというのは存在しなかった。これが示すのは多分、自分自身の体力=HPということ。


 つまり、どれだけ鍛えようとLevelを上げようと出血多量で死ぬこともあるだろうし、急所を貫かれて一撃でぽっくりという可能性もある。そもそも、先ほどの痛みは≪≪本物≫≫だった。もし死ななくても、痛い思いなんてしたくないという思いは最初の時より強くなっていた。


 不安は尽きない。だからこそ、その不安から逃れるために、俺達は先に進んでさっさと高い経験値を溜めようということだ。いわば、焦っていたのだと思う。


 もしこの考察があっていれば、どれだけ弱い相手だろうと強い相手だろうと、コボルトの攻撃すら満足に避けられない俺はどっちみち死ぬ。コボルトが相手だろうと下手したら文字通り一撃必殺。


 薬草に頼った強行軍という言い方もある。急所以外へのダメージなら治せるかも、という楽観視の下。



 そう、楽観していたのだ。そもそも今まで喧嘩すらしたことのなかった一般人の俺が、命がけの冒険と言われても、ピンとこなかったというのもある。それがどれだけ危険で、どう生き残れば良いのかということ。いや、命はなくならないというのだから命がけとはちょっと違うかもしれないが。


 それに、この擬似世界というものが本当にファンタジーで、男の子なら誰もが一度は憧れる「冒険」というのも俺を少し浮き足出たせたというのもある。最初はコボルトにすらあれだけ怖がっていた男がだ。喉下過ぎればというか、慣れは怖いというか。



「お?」


 暫く進んでいると、少し広い場所へと出た。そこには石壁も石畳もなく土だけで、洞窟のような見た目をしていた。天井には土の天井を支えるためか木のはりが露出しているのが見える。


 そこらにはなにやら木箱やら麻袋やら。どうやら荷物置き場のような場所らしい。


 あとは壁には小さな穴が幾つか開いているだけで、あとは変わったところは無かった。今まで来た道の真正面には、また石造りのダンジョンへと続く道が見える。この場所だけ作りが違うらしい。


 荷物の中を確認してみるが中には何も入っていなかった。食べ物くらい入っていて欲しかったんだがと少しがっかりする。ここは空の木箱と空の麻袋だけらしい。



 さっさと通り抜けよう、と思ったら、木箱の裏に何かがいるのが見えた。


「―――ガウッ」


「うっわ!?」


 それは突然飛び掛ってきた。咄嗟に木箱を盾にして隠れると、その影は部屋の真ん中へと躍り出た。


 見慣れない影。それはゼリーほどの大きさをしていたが、フォルムはまるで違うし、何よりゼリーは今での奴は襲い掛かってくるなんてことはしなかった。


 それに、鳴き声はまるでコボルトのようだった。コボルト。つまり、犬。




 スモールドッグ―――とは、初対面だった。それはその名前の通り、小型犬のような姿形をしていて。犬種には詳しくないためどの犬っぽいということはできないのだが、毛の色は灰色っぽくてふさふさよりかは、つやっぽい。


 これも、モンスターなんだよ…な?しかも、コボルトよりも一つ上の。


 あの購入欄がどういう基準であの並びにしているかはわからないが、少なくともコボルトを買うときのPointよりかは20ptは高かったモンスターの筈。そういえばスモールドックの説明文は読んでなかったっけか。



 しかし、戦う気がというか、戦える気がしないというか。だって、普通に、犬だし。


 今までデカイ芋虫だったり、頭が犬の半人だったり、半透明の謎の物体だったりモンスターっぽいのばかりを見てたせいで、ここまでモンスターらしくないのを見て、気が削がれてしまう。現実で犬を殴ったりはしない、それと同じ。と思っていたからだ。


 戦いたくは無い。が、すでにスモールドッグは此方に敵意剥き出しで絶賛威嚇行動中である。

 どうするか、そう、考えていたときだった。




 ――グルルル  ――ガウッ  ――ワンワンッ  ――ガァッ  ――クゥーン




「……へ?」


 そこら中から、犬の鳴き声が聞こえて来たのだ。正確には、部屋の中に空いていた、幾つかの穴の中から。


 おいおいおいおいおいおい……!?


 穴から出てきた犬、全部で五匹。計、六匹。


 全部が小型犬だった。これがまた愛想を振りまくように尻尾を振って此方に近寄ってくる、とかならまだ良かった。

 しかし、それらは思いっきり歯を剥いて、警戒心、敵意丸出しで此方へとジリジリと近寄ってくる。


 思わず俺もララも、後ずさる。……バックする芋虫って凄いな。って、そんな変な関心してる場合じゃねえよ!



 どうする。全速力で来た道を戻って逃げるか?いや、それじゃあララが追いつけない。ララは芋虫にしてはモンスターだからなのか、その足は遅くは無い。しかし決して早くもなかった。犬の足を振り切れるとは思えない。


 というより、自分自身の足でも逃げ切れる自身はない。俺は別に陸上部に入っていたわけでもない。100m13~14秒と足も普通だ。


 どうする。こんなことなら、さっさと通り抜ければよかったと後悔しても遅い。



 一匹目が、襲い掛かってきた。

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