第1階層ー6



 その後俺はいつまでも寝てる場合じゃないと、突然頭に響いてきたLevelUPのアナウンスを無視し、剣を置いたまま急いでララの所へ向かう。


 ララの傷口は痛々しい。緑色の血がおびただしく垂れ内状が見えない程だ。そもそも人間と作りが違うのでその肉は柔らかいのだろうし、中を守る骨のようなものもない。そこまで切れ味の良さそうな刃物には見えなかったが思ったよりも結構深くまで抉られたのだろう。


 焦りながらもポケットから薬草を無理やりに数枚引っこ抜く。そういえばこれはどうやって使えばいいんだろうか。食べる…わけではないだろうが、薬みたいに調合が必要だとか言われたらどうしようもない。


 しかし、ララはさっき「これには傷を治す効果があるか?」と聞いたときに頷いた。ララが調合できるとは到底思えないし、このまま使える筈だ。


「我慢しろよ。」


 俺は徐に手で一杯に掴んでいた薬草をそのまま傷口に押し当てた。ぶしゅぶしゅと血が吹き出て手を緑色に染めていくが気にしていられない。



 するとどうだ。押し当てていた薬草が光となって消えて、傷口へと入り込んでいくではないか。これではどっちかと言うとファンタジーな世界というよりはゲームっぽい。


 アイテムを使うとこうなるんだなと変な関心をしながら手を離してみた。不思議なことに既に出血は止まっており、傷口も目立たない程ごく小さいものに変わっていた。これなら後一枚でも使えば治るかとポケットからもう一枚出し押し当てる。それもやがて光となり傷口へと消えていくと、既に怪我は完治していた。


 キーと、ララが嬉しそうに鳴いた気がする。ふうと、俺は思わず安堵の息を溢した。




 石の剣を拾いながら考え込む。


 初めての「戦闘」と言えるような戦闘。上手くはいかなかった。恐怖で足がガクガクだわ、普段持たないような重量の物を振り回して腕もプルプルプルだわで、前途多難すぎる。これではLevel5になるまでの辛抱とはいえそこまで持つかどうかも怪しい。コボルトだってそうだし、それより強いモンスターも当然でるだろう。それも、一匹とは限らない。



 Levelとか強いとかで思い出した。そういえばLevelが上がったんだったなとステータスを見てみる。ステータスの見方は前回と同じだ。空中に鍵を挿す。地味に面倒だが仕方ない。ちゃっかりと台座から抜いといた鍵を取り出し差込、回す。



Name 山野辺 海


Level 2


Point 157



 Pointは随分と上がっていた。初回LevelUPボーナスというものらしい。なんかどこぞのソーシャルやらブラウザゲームみたいだ。まぁ便利だし貰えるものは貰っておく。


 ボーナス分と所持していた分を差し引いて考えると、コボルトの獲得Pointは10ptらしい。コボルトは一匹50pt。五匹で一匹購入分。うーん。ゼリーよりはマシだが、やっぱり購入ポイントよりも低いものらしい。


 しかし、このPointではどっちにしろ《剣術》のスキルは取れない。確かさっき見たとき、アレは800ptはしたと思う。最初から持ってるPointの殆どを使うそれは、そうまでしてもとったほうが良い結構重要なスキルだったのだろう。今回の探索中に取れるかははなはだ疑問だ。



 次はララのステータスだ。ステータスを表示っと。



―――――――――――――――――――――――――――



Name ララ


Type クローラー


Level 3

☆重点的に成長させる能力値を選んでください

STR△

DEF△

AGI△

DEX△

INT△

                  残り2回


―――――――――――――――――――――――――――



そこには普段のゲームではよく見慣れた、しかしこのダンジョンではまだ見ぬ文字の羅列があった。


 意味は勿論分かる。STRストレングスは筋力。DEFディフェンスは丈夫さ。AGIアジリティは俊敏性。DEXデクステリティは命中率。または器用さって所。INTインテリジェンスは頭の良さだ。



 成長させる能力の選択ね。なるほど、これが調教スキルの恩恵って奴か。LevelUPした瞬間に能力値が上昇しないのはすこし厄介だが、これはこれでブリーダーというか、育成ゲーマーの血が騒ぐ仕様だ。残り2回っていうのは、LevelUPした回数で増えるのかな?


 しかし、悩む。何を成長させようか。重点的にってことは、多分他の能力値も微少ながらも上昇する可能性はある。が、どうせなら強い奴に育ててやりたい。というかそうしないとこの先俺が持たない。


 攻撃力も防御力も低いのは目に見えている。ゼリーを何回も体当たりしないと倒せなかったり、元々やわらかかったり。しかしララを囮にするのも気が引けてきたし、コボルトレベルになるとそもそも前衛を任せても体当たりは掠りもしないどころか、速さからして、追いつきもしないかもしれない。だからと言ってAGIを上げるのもむぐぐぐぐぐ。


 悩む、悩む、悩む。



「あ、そうか。」


 悩んだ末に思いついた。さっきのララが吐いた糸。あれさえあれば面白いことが出来るかもしれない。個としての戦闘力は期待できなくなってしまうが、まあ後衛で援護してくれるだけでも十分だ。というかこの方法でのレベル上げだと、最重要項目にもなりえる。それに、この戦法が成功すれば俺の能力値も関係ないし、《剣術》スキルも要らない。



 ということで、上げるのはDEXとINTにした。多分、糸はこの2つで強化できると思う。これは流石にゲーマーとしてのただの勘だが。



 よーし行くぞララ。



「コボルト狩りじゃぁぁあ!」



 自信満々に俺は必勝法を引っさげ、3つの分かれ道のうち、左奥の道を選んで進む。


 そして、その戦法は結果から言えば、大成功となるのだった。







 あれから八体ものコボルトを倒した。


 左の道は結構長く、まだ分かれ道にも行き止まりにも当たっていないがその旅路も探索もおおむね順調だ。


 途中に転がっているゼリーは比較的素早く倒せるようになった。能力値が上がったからなのかはわからないが、石の剣の斬撃がほんのちょっと強くなった気がするのだ。と、言っても、本当にちょっとだ。別に剣の振りが早くなったとかはない。というか自分ではわからないだけかもしれないが。それでも、ゼリーを斬った時の感触が今までよりもちょっと抵抗がなくなった気がする。


 まぁ、どっちにしろゼリーは全部一撃だし、あまり比較はできない。気持ちの問題だけだ。



 そこらのゼリーを掃除しながら薬草のドロップを集め、コボルトを見つけたら「必勝法」を実行する。必勝法は相手に見つかってもできるが、気づかれないうちに、つまり不意打ちで行ったほうが確実なので基本慎重に忍び足。


 だいたいそんな感じでコボルト戦。五匹目くらいでまたララのLevelが上がった。俺のLevelはまだ上がらないのに。これが説明であった「成長しやすい」の恩恵なんだろうか。それともクローラーというまだランクの低いモンスターだからなのか。もしくは《成長促進》スキルのおかげか。


 全部ありえる。


 一先ずLevel4に上がった際に上昇させた能力値はDEXだ。以後は交互に上げるので次はINTを上げるつもりではある。



 それで気づいたのだが、糸の強化にDEXとINTを選んだのはどうやら正解だったらしい。


 二匹目のコボルトを倒す際、糸の量が明らかに増えていたのだ。さっきは手をギリギリおおう程度だったのが、LevelUP後は糸で巻いた部分を達磨のように出来るほど余分ができたのだ。


 ただ、ここまではDEXとINTどっちで量が増えたのかわからなかった。そもそもLevelが上がるだけで糸が増えたということも考えられたのだが。


 しかしそれはLevel4になって六匹目のコボルトと闘った時に分かった。


 端的に言えば、吐ける量が増えていなかったのだ。それはLevel3の時と変わらない量で。つまりこれはLevelUPでは糸の吐ける量は変わらないし、糸の量を増やすにはINTを上げなければいけないということが分かる。



 なら、DEXはなんなのかと言えば。それは最初に説明した命中率というのにも勿論関わるし、それ以外にも嬉しい効果があった。


 糸は短時間ならまだしも、長時間巻いているとコボルトの抵抗に負けて千切れてしまうという欠点があった。それがLevel4でDEXを上げた途端になくなったのだ。DEXには糸の硬度の強化効果もあったのだ。


 これで狩りは更に加速する!





「…っと。」


 遠目に九匹目のコボルトを見つける。急いで壁に張り付く。狭いダンジョン内、しかも分かれ道も無い一本通行だったため隠れる場所はほぼない。しかし、その頭が犬ならば、視力は悪い筈だ。遠くの敵を見つけるなら聴覚と嗅覚に頼るしかない筈。その上この閉ざされた空間では風もないため、嗅覚もそこまで役に立つとは思えない。


「やれ、ララ。」


 俺が命令すると、既にやることは分かっているのか、糸をシュルシュルと口元から生成する。その白い糸を慎重に、気づかれないように地面に這わせながらコボルトに近づかせる。


 コボルトは気づかない。極力、息を殺す。


(今っ!)


 糸がコボルトの足元に辿り着いたのを確認してから、飛び出す。コボルトは突然の来襲に驚いているようだった。


 その隙を、ララが拾う。コボルトの足に糸が絡みつき、転ばせたのだ。ギャンと鳴きながらコボルトは思い切り引きずられる。この作戦はできるだけ遠くから行うため、飛び出してからコボルトのところに着くまでにはラグがあるのだ。だから、ララが糸を引っ張り、コボルトを引きずりながら俺の下へと寄せる。


 突然の来襲とわけのわからないまま引きずられる恐怖で相手はパニック状態になるはずだ。そこを俺が叩く。


 拘束からの不意打ち。単純だが効果的な作戦だ。拘束しておけば避けられる心配もない。



 しかし――――急ごしらえ、しかも素人考えなため、勿論詰めはチョコレートよりも甘い。


 ザクっと、コボルトが手持ちの刃物でララの糸を切ったのだ。


「げっ!」


 抵抗には耐えても、流石に刃物にはまだ耐え切れないらしい。コボルトが急いで立ち上がる。


 が、遅い。


 二射目の糸がコボルトの首に絡まる。


 流石に刃物で切られることは想定してなかったが、糸から脱出された時の為の保険くらいは用意してある。心臓に悪いので出来れば一回目の糸でケリをつけたいとは思っているが、中々上手くはいかないもんだ。


 ララがぐいと引っ張ると、コボルトが体制を崩し前傾姿勢になり転びそうになる。コボルトはなんとか耐えようと負けずと引っ張り出した。



 無意味。俺が既に目の前にいる。また糸が切られる前に腕を伸ばし、その体に剣を突き刺した。巧く心臓に突き刺すなんて真似はできないが、それでも致命傷だろうことは分かる。


「オオォッラ!」


 コボルトが粒子となって消える。倒した。これで九匹目。しかしLevelUPのアナウンスはならなかった。



 ふうとため息を吐く。慣れないし、毎回緊張する。さっきの刃物で糸を切られた時は冷や汗が出たがなんとかなった。うーん、今のところは一回も相手から攻撃も受けてないし、作戦は大成功といっても良いんだがもう少し上手くできないものか。刃物に切られないようになるくらいまでDEXを育てていく、にしても時間が掛かりすぎる。


 うーん。と悩んでいたらララが足元まで戻っていた。しゃがみ込みとりあえず撫でておく。キーと嬉しそうに鳴いた。思わず微笑んでしまう。



 ふと、目端にキラリと光るものが映ったような気がして地面を見た。そこには、さっきまでは無かったと思われる何かが落ちていた。



「コボルトの持っていた、刃物か?」



 コボルトのドロップアイテムだろうか。今までもコボルトを倒す際に手から落とす奴とかは居たが、コボルトが消えるのと共に、刃物も消えていた。それが残っているということは、ドロップアイテムなのだろう。


 しかし、これを使う気にはなれなかった。リーチが短いしあまり使えなさそうだと思ったのだ。切れ味、という一点ではもしかしたらこの刃物の方が良いかもしれないが、重量がない分海自身の技量によって攻撃力、おいては殺傷力が変わる。


 つまり扱える気がしない。これならまだ石の剣で重量に任せて叩き斬ったほうが威力が出るだろう。まぁ、拾っておくが。


 ベルトの後ろ側に無理やり固定させておく。刃が剥き出しなので細心の注意を払いながら。



 暫く進むと、またコボルトが居た。しかも二匹。二匹同時には相手できないなぁと思っていたらふと気づいた。


 何か、今までとは何か雰囲気が違った。コボルトの、では無い。が、なんとなく違和感がある。目を凝らしてよく見る。


「行き止まり?………いや。」


 そう、道の先が行き止まりだったのだ。それが違和感の正体かとも思ったが、どうやら、それと、もう一つ。



 箱、らしきものがその道の奥に鎮座していたのだ。


 正直、気になる。物凄く気になる。しかし、コボルト二匹を同時に相手したことはここまでの道でなかったし、出来る気もしない。


 諦めるか――――と思ってきびすを返す。道も行き止まりならば、無理に行く必要は無い。さっきの分かれ道を戻り、最後の真ん中の道を行くだけだ。


 と、思っていたらララがいきなり糸を生成しだして、吐き出した。


 お、おいィ!?と静止してみるが声を出すわけにも行かないのでララの体を掴んでやめさせようとしてみる。


 しかしララはやめない。同時に2本のいつもより細長い糸を出す。2本同時な分1本に割ける糸の量が少ないのだろう。しかし、それだと硬度も低くなるんじゃ。



 ララは、コボルトの立っている横の壁に掛かっていた松明の台座を通すように糸を引っ掛け



 そして、コボルトの首に糸を巻いた。


 コボルトは突然の事にビックリしているが、その隙にララが糸を思いっきり引っ張る。


 すると、コボルトは抵抗することも出来ずに、松明の台座に吊るし上げられたではないか。



 ぐぎゅと、苦しそうな声が聞こえてくる。そうだ、突然のことでビックリしたがこうしてはいられない。一度手を出せば逃げ切れるとは思えない。今のうちに俺も攻撃しなければ。


 そう思い石の剣を持ち直し駆け出す。



「あ―――……。」


 しかし、全て杞憂に終わってしまった。


 俺がコボルトの下に着く前に、決着が着いていた。


 既に粒子となったコボルトを見ながら俺はボツリと呟いた。




「仕事人みてぇ…。」


 窒息死とか、えぐい。頭の中で響くあのBGMを思い出しながら、そう思ったのだった。



《ララ(クローラー)Levelが5に上がりました。調教スキルで成長させる能力値を選択することができます。


クローラーのLevelが5に上がったためスキル《麻痺攻撃》を習得しました。》

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