第1階層ーチュートリアル



 気づいたら、真っ暗な空間に立っていた。



 光源なんてどこにもない。ただただ真っ暗真っ暗真っ暗闇。空も黒。地面も黒。壁も黒。寧ろ地面なんてないに等しいし、空があるのかどうかすらわからない。全てが届きそうな錯覚に陥るのに、何にも触れない。黒ペンキで塗りつぶされたかのように真っ黒だった。


 なのに、自分自身の身体はハッキリと見える。光がなければモノが見えるなんてありえないし、色もわかるわけがない。自分自身が光源なわけもないのに、自身の手の肌色だとか、今日履いてきた靴の、その紐の色まで見える。


「うおおおい!」


 不安になって、居るかもわからないどっかの誰かに助けを求めて叫んでみた。しかし反応はなし。どころか、声の反響もせず、音は闇にけて消えゆく。どれだけここは広いのか。そもそも狭い広いという概念があるのか。


 不思議な空間だった。何で俺はこんなところに居るんだろう?俺は確かコンビニで…。


 そこまで考えて、はたと思考を止めた。納得はできないが、理解はできた。


 多分、ここが、扉の向こう側。


 多分、ここが、ダンジョン。



 ならばとにかく、考えなければならない。そもダンジョンとは何なのかとか、運営するって何をすればいいのかとか。結局あのコンビニは、あのコンビニ店員はなんなんだろうとか考えることは沢山あるがそれは良い。


 ここから脱出しなければいけない。午後も大学の講義はとってあるし、こんなわけのわからない所に長い間居られない。


 しかし、どうすれば良い?と考えてやはり最初に思いつくのはあの問題の≪≪鍵≫≫である。


 それはまだ手に収まっていた。それも当然で、コンビニに居たときと俺は全く同じ格好でいたのだから。服は勿論、左手には昼食に買った弁当に惣菜パンや缶コーヒー、そして卵1パックが入ったビニール袋がカサカサ音を立てている。


 しかし、鍵でどうする?ここに来た時と同じ方法をとろうにも、鍵穴なんてモノはこの空間に存在しない。鍵を握る力を強くしてみたり、出たいと念じてみたり、くるくると回して裏表を見比べて見たり。


 そして俺は思わず、空中で鍵を回してみた。鍵穴に刺して使うイメージで。そしたら―――


「おぉ!?」


 俺は思わず驚嘆の声を上げた。だって、何もないところから音が鳴ったのだ。それは誰もが身近に聞く、ガチャリという鍵を開ける音


 だが、鍵はきちんと先端まで見えている。何かに刺さったようには見えないし、そもそも鍵穴も何も見えない。だが、鳴った。


 怖くなった俺は思わず鍵を引っこ抜こうとしてしまう。が、何故か抜けなかった。何から抜けないのかなんてわからないが、まるで何かに刺さってるように空中に鍵が固定されてしまっているのだ。予想以上の力で固定されていたため手が滑ってしまい、反作用ですっ転んでしまう。が、そんな俺など関係ないとふてぶてしく、鍵は空に刺さったままだった。



 もう駄目だ、何もわからない。考えたくもないし、考えてもどうせわからないことだらけなら何も考えなくて良い気さえしてきた。


 思わず目頭が熱くなる。こんな時に頭に浮かぶのはあのコンビニ店員どもだった。くそう、これも全てあいつらのせいだ。何を企んでやがる。俺をここから出せよ。したらぶん殴ってやる。出さなくてもぶん殴ってやる。美人店員も何も関係ない。男女平等説教パンチだ。顔面に叩き込んでやる。空想をブチ壊してやる。


 グルグルとそんな行き場のない怒りがどんどん湧いてくる。内容も支離滅裂だがそんなことに気づかないくらいパニックだった。



《規定時間以上の鍵との接触及び開錠を確認しました。


 ―――――――――個人情報の読み取りに成功。

 山野辺 海を第666人目のダンジョンマスターと認識します。》



 ホ、ホアァーッ!と、俺はわけのわからないなんとも情けない悲鳴を上げた。いきなり何もない空間からそんな自分以外の声が聞こえてくれば誰だってそうなる。…上げる悲鳴が奇声かどうかはともかくとして。


 どうやらその音声は鍵から、いや鍵の真上の空間から響いているようだった。



 《山野辺 海のステータスを表示します。》



 その音声とともに、鍵の上空30cmに、画像が表示された。



――――――――――――――――――――――――


Name  山野辺 海


type  人間


Level 1


Job  ダンジョンマスター


status 健康


Skill▼


Equipment▼


Title 名ばかりの魔王▼


point 1000


――――――――――――――――――――――――



 表示は以上の通りである。それぞれが何を表しているのか、なんとなく分かる。これを見て何をすれば良いのかと言われれば全くもって検討は付かないが。

 俺は恐る恐るその表示に近づいてみる。


「Skillは特技…かな。ゲームとかなら技とかも有り得る。えくいっぷ…えーと、|Equipment≪イクイップメント≫。装備か。」


 無しの表示が並んでいる所を読み上げていく。


 そして、このステータスの中でも一番気になるのはTitleの所だった。これが一番わからないというか、ゲームなどのステータス画面ではあまり見られない項目だ。横に書いてある事から推測すると題目とかの意味ではなく、名前…いや、称号とかだろうか。あと、「魔王」の横についてる逆三角のマーク。これはなんだ?


 思わず俺はその画像に触れようと手を伸ばしてみる。そういえばこれなんなんだろう。ホログラム?空中に映像を映すなんて技術いつのまに普及したんだろうと思う。ていうかただの映像だった場合触れたって…。



 Title 名ばかりの魔王:第666人目にダンジョンマスターに任命された者に送られる称号。実力はまだないが666という悪魔的にも恵まれた数字。これからの繁栄に期待すべし。



 ア、ハイ。


 思わず片言でそう呟いてしまった。そのホログラムに触れてしまったことにも驚いたが、何より称号の意味のなさに驚いた。本当に名前だけかよ。


 ふむ、と俺はもう一つ気になっていたところを見る。SkillとEquipmentの部分だ。この横にも逆三角のマークが描かれているのである。一先ずSkillの部分をタップしてみる。



 Skill なし



 「む。」


 思わず唸ってしまった。特技なしだと?いや、良いんだけど。なんか納得いかない。多分これはレベルアップとかで覚えるとかそんなふぁんたじぃ。


 次に気を取り直してEquipmentだ。



――――――――――――――――

Equipment

Weapon  無し

head     無し

hand     無し

body     無し

leg      無し

foot     無し

――――――――――――――――



 これはそのまま今の装備を表示するらしい。しかし服は着てるし靴も履いてるんだが、ここらへんは無しのままになっている。装備って言うくらいだから、定義が違うのかもしれない。ファンタジーな剣やら鎧じゃないと表示されないとか。


 まぁこれも今はおいておく。そんなものはないし、どうしようもない。

 しかし、どうするか。見るものは見た。


 他にすることもない、できることもない、ヒントもない。思わず指を空中で遊ばせるだけで、少しの間逡巡した。





《待機時間終了...ダンジョンフィールドが生成されます。属性を選択してください。》



――――――――――――――――


火 水 土 風 無


――――――――――――――――



 そうこうしてるうちに、またアナウンスが流れて、新しいウィンドウがステータスの上に覆いかぶさる形で表示された。待機時間はよくわからないがダンジョンフィールドの生成という意味はなんとなく分かる。つまりこの真っ暗な空間がなくなり新しい空間が出来るのだろう。


 時間も無さそうだったので、そのまま火をタップしてみる。すると以下の説明文が表示された。



 火…火に由縁のあるモンスターが好むフィールド。水のモンスターには辛い。

 ※属性は後で変更することができません。火の属性で宜しいですか?    Y/N



 なるほど。有名な四元素って奴か。とりあえずNoを選択し画面を一つ前に戻す。多分あとの水、土、風も大体の文章はテンプレートだろう。ならば、無は?



 無…何色にも染まらず、何色にも適応できる属性。無属性というのが在るのではなく、属性が無いという意味。

 ※属性は後で変更することが出来ません。無の属性は初心者向けです。宜しいですか? Y/N



 思わずダンジョンマスターに初心者も何もあるのかと思ったが、アドバイスされているのなら従わない手はなかった。


 迷わず俺はYesを押す。





《ダンジョンが生成されます。暫くお待ち下さい。   Loading...》






 そして俺は、もう一度意識を飛ばした。

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