閑話 クリスマスから正月に至るまで~その一~

 尋花ひろかの恋人である、禅雁ぜんがんは曲がりなりにも僧侶である。

 さすがに初詣には行けないかなぁ、と少しばかり残念に思った。


「尋花さん、お寺で初詣をしちゃいけないとか、そんなことありませんよ」

「そうなんですか?」

 こちらから言う前に、禅雁が笑って言う。毎度のことながら、どういう思考回路と洞察力があれば分かるのかと、聞きたくなる。

「年末ですしね。ちなみに、今日クリスマスイブなのはご存じで?」

「……はい」

 仏教だから関係ないと思ってあえて言わなかったことである。

「今日のこともうだうだ悩んで私に言わなかったということを顧みれば、初詣等も悩んでいておかしくないと思ったのですよ」

「うだうだって……」

「私は気にしませんし、兄夫婦もそのあたりは気にしませんよ。たかがイベントです。

 どうしてもというなら、これはクリスマスプレゼントではなく、婚約指輪・・・・として貰ってください」

「え゛!?」

 さらりと左手の薬指に指輪が通された。……いつサイズを測られたのか全く記憶がない。

「よかった。ぴったりで何よりです。若い子が好きなブランドが分からなくて」

「って……えぇぇぇぇぇ!?」

 指輪の外箱を見て、思わず叫んだ。一体いつ、尋花の好きなブランドまで調べたというのか。

「あ。サプライズ成功。甥っ子たちに一応リサーチして、出かけた際にあたりをつけたところを尋花さんと回れば、自ずと分かりますよ」

 ……分かりませんよ。尋花はその言葉を飲み込んだ。


 悪運がただ強いだけの人間ではないというのが痛いほどにわかる。

「私、何も用意してないんですが」

 クリスマスを一緒に過ごす予定のある職員に率先して休みを渡していた挙句、残業も肩代わりしていたため、時間がなかったともいう。そのはずなのに、何故か・・・クリスマス当日が休みだった。不思議なものである。

「それは問題ありません。明日までの時間を私にいただければ」

「それでよければ」

「二言はないですね?」


 次の瞬間、その言葉を激しく後悔した。



「……禅雁さん、はめましたね」

「え? もう一度はめますよ」

「そっちじゃなくて!!」

 ねちっこく、気が付いたら日が越えており、息も絶え絶えに抗議するが、禅雁はどこ吹く風だ。

 しかもまだ臨戦態勢とか、どんな拷問なのだ。

「私もここまでするつもりはなかったんですが」

 悪びれることなく、禅雁が言う。

「予想以上に溜まっていたみたいですね。まぁ、俗な生臭坊主ですから」

「そういう問題じゃなくて!!」

「尋花さんもまだ元気みたいですし、さて」

「むりですぅぅぅぅ!!」

 これ以上されたら干からびる!! 心の底から尋花は思った。

「一旦休憩にしましょうか。朝食は何がいいですか?」

 ちなみに私は尋花さんがいいです。そんなふざけたことを言う禅雁を、尋花は殴り飛ばしたくなった。

「……一応、パンは買ってあります」

 昨日、ご飯は炊けなかった。それだけが心残りである。


 それから三十分後にはフレンチトーストとともに、簡単な野菜スープで朝食となった。

「禅雁さん、お料理できるんですね」

「自炊が節約の基本です。大学卒業後遠方に就職したので、一人暮らしをした時期もありましたし」

 聞けば一般企業に在籍していた時期まであるという。驚きである。

「逆に私のような下種な俗物が僧侶ということに驚きそうなものですが」

「少し控えられたらいかがですか?」

 そう思うならなおさら。食べ終わり、換気扇の下で煙草をすう禅雁に思わず言った。

「無理ですねぇ。年々酷くなっているそうですし。一応本山で修行もしているんですよ。そのときは抑えられているようで、そのあとその分のツケがくるみたいで」

「そんなツケ要らないです」

「両親も同じことを思ったらしくて、悟りを開いてからは行ってませんねぇ」

「悟りを開いたのは……」

「もちろん両親です」

 そういうことは笑顔で言ってほしくないところではあるが。

「あ、忙しいですが、大晦日から三が日までうちに来ませんか?」

「……忙しいんですよね?」

「義姉が年越しそばからお節、雑煮までご馳走したいんだそうです」

「でも……」

「休みなら大丈夫ですよ。そのつもりでシフトが組まれているはずですし」

「え?」

 ちょっと待て、どうして自分の休みを知っているの!?

「私がお願い・・・しておきましたから」

 もう、兄関係のいざこざは解決し安心なのだから勤め先を変えよう。尋花は本気でそう思った。

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