ちょっとしたおまけ

閑話 下種な僧侶とその生態


 彼岸時期。尋花ひろか禅雁ぜんがんから「寺が忙しくなりますので、今までのように時間は取れなくなると思います」と言われていた。

 いつも何故か・・・尋花の空いた時間にふらりと訪ねてくる禅雁。プロポーズを受けた後、まともに寺に行っていないことも思い出し、出かけることにした。


 禅雁が気に入っている(というか、尋花の部屋にはそれしかないのだが)、インスタントコーヒーとこれまたインスタント紅茶。檀家の方々に出せなくても、家族で飲めるのではと思った。



「おや、尋花さん」

 寺の前で竹箒を持った禅雁に声をかけられた。

「こんにちは。……あとこれ」

 おずおずと持ってきたものを手渡す。手土産なのだ、包装位してもらってこればよかったと思ったが、後の祭りである。

「おや、わざわざありがとうございます。ちょうど一息つこうと思っていたところですよ」

 にこりと微笑んで禅雁が言う。……こうやってみると「煩悩まみれの下種な僧侶」呼ばれているとは思えない、いたって善良そうな僧侶である。


 中に促すのを固辞すると、ではここで待っていてくださいね、と言って中に入っていく。


 家の中に行くのが嫌だったのは、禅雁の瞳が欲望にまみれていたからではない……決して。嫌な予感はしたが。


 境内から見える彼岸花。赤く、引き込まれるような気がした。

「お待たせしました。こちらにどうぞ」

「ありがとうございます」

 禅雁が持ってきたのは茶道具一式と茶菓子だった。

「すみません、座布団忘れてきましたね」

「おかまいなく」

 言った瞬間、ひょいと持ち上げられ、膝の上に乗せられた。

「ぜ……禅雁さん!!」

「やはり、尋花さんの香りは落ち着きますね」

 そう言いながら、尻の下にある硬いものをするすると動かしてくる。

 尋花はあえて気づかぬふりをした。


「……お、お寺に彼岸花って……」

「あぁ、古い寺だとよくありますよ。この時期に咲くから彼岸花と呼ばれているとか、食せばあっという間に彼の岸に逝ってしまうからだとか、諸説ありますが」

「毒花、なんですよね」

「いえ、ご存知かもしれませんが、毒があるのは球根で。それを嫌ってネズミなどが来ないために畦道あぜみちやら墓地に植えられているんですよ」

「……へぇ」

 ネズミ除けとは知らなかった。

「昔はこの辺りも土葬でしたし。埋葬したご遺体を守るという意味でもうえられたのでしょうねぇ」

 禅雁は、かなり博識である。どうでもいい知識が多く、呆れてしまうことも多々あるが。

「たしか、彼岸花の球根は漢方薬にもなるはずでしたねぇ」

石蒜せきさんですね。むくみとりとかに使いますね」

「さすが看護師さん。嘔吐剤としても……」

「一般的に内服しませんからね」

 またしてもどうでもいいことまで知っているようである。


 話をぶった切って、尋花は出された茶を飲んだ。

「……美味しい」

「それは何より」

 茶の淹れ方だけ・・が禅雁の兄家族に褒められているとは、尋花は知るはずもなく。

 すんすんと首筋でにおいをかぐ禅雁を無視して、静かに飲んでいた。


「あ、そうそう。その菓子は私が作ったんですよ。彼岸花の球根を使って」


 食べていた茶菓子を吹いたのは、仕方がないと思ってしまう。


「冗談ですよ。私に菓子作りは出来ませんから」

 むせる尋花の背中を撫でつつも、禅雁は笑っていた。

「食べれるのは事実ですよ。戦前生まれの方に食べさせてもらいましたから」

「ちょっ!?」

 さっき食べたら死ぬと言っていたばかりではないか。

「毒抜きを誤ると死んでしまうそうですが、食糧難の時代には食べたそうですよ」

「……知りたくなかったです」

 そんな知識は要らなかった。


「ねー、この珈琲と紅茶って誰が買ってきたの? お兄ちゃん?」

「俺じゃない、お母さんじゃない?」

「お母さんも知らないって。お父さんは他のお寺に出張中だし、誰だろ?」

 そんな声が自宅になっているほうから聞こえた。

「あ、叔父さん。庭掃除終わったの?」

「えぇ。先ほど。尋花さんが来ているので、こちらで一休みしていました」

「尋花さん危機察知したね。部屋に行ったら多分出てこれない」

 禅雁の甥っ子が呆れたように言う。

「尋花さんにお礼を。先ほど言っていた二つは尋花さんの手土産です」

「……へぇぇぇ。叔父さんに嫌がらせするほどねちっこい?」

 意味深なことを甥っ子が言う。確かにねちっこいが、どうして持ってきたものが嫌がらせになるのだろうか。


 意味が分からない。

「だって叔父さん、珈琲は全般嫌いでしょ? それに甘いものも嫌いだし」

 甘いインスタント紅茶は絶対に飲まないでしょ。と笑う甥っ子の言葉を聞いた尋花が、思わず禅雁をガン見した。

「尋花さんが出してくれるものを私が残すはずないでしょう?」

「禅雁さん!?」

 どうやら嫌いであるにも関わらず飲んでいたらしい。そして尋花の出したケーキやらクッキーも食べていたらしい。

「……あ。そういうこと。ごちそうさま」

 ものすごく呆れた目で甥っ子が二人を見ていた。

「じゃあ、叔父さん。あれ・・飲めるんだよね。今度から遠慮なく出すよ」

 尋花さんが善意で買ってきてくれたものを残すなんてしないよね? 甥っ子の目がマジになっている。

「あ、ひこうき雲ですよ。やはり秋晴れはいいですねぇ」


 そういって無理やり話をそらすと、禅雁は尋花の首筋をぺろりと舐めた。

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