#4
澄んだ鐘の音を背後に、流れているのは定番のクリスマスソング。曲に合わせて、まっかなおーはーなーのー、なんて歌い出す子もいた。
ああ、まだこの頃はみんな可愛い頃だったなとぼんやり考える。可愛さなんてとうに失われ、可愛げすらなくなった自分のようにはならないように、なんて思うのはひどく自虐的か。この子たちが今の自分と同じ年になったらどんな子になるのだろう。
――なんて、ついつい親に似た心境になってしまうのは、同じ年代の頃を過ごしたからだろうか。いや、親、というよりは年の離れた兄姉の心境に近いか。
図書館に併設されている幼稚園の子たちに、クリスマスを思い切り楽しんでもらおうと、企画されたのが今回のイベントだ。集められたのは陣さんが所属しているボランティアの数人と、有志として呼ばれた人たち、それから協力してくれた図書館の職員の人たち。
普段なら月に二度、おはなし会として開催される読み聞かせのイベントも、今回ばかりは趣向を変えて時期に合わせたクリスマス会という名称に変えられている。
どこからか持ち出してきたホワイトボードにでかでかと書かれた「クリスマス会」という文字。折り紙をいくつも繋いだ輪っかで文字の周りを装飾したのは、ここの職員の人たちだ。
以前ここを訪れたとき、総出で作っていた光景を見たのは記憶に新しい。最初は目を輝かせながら興味津々に眺めていた子どもたちも、しまいには一緒になって作っていた。
「えー! もう終わりかよ、つっまんねーの!」
頬を膨らませた男の子をなだめていると、今度は後ろから裾を引かれた。振り向いてその場にしゃがみこみ、両手で大きなプレゼントを抱えている女の子と目線を合わせる。
「おねえちゃんありがとうー」
未絃が手ずから渡した子どもの一人だ。見ている今にも落ちそうで手を貸したくなるけれど、先ほど支えたら、わたしのー! と頬を膨らませて触らせてさえくれなかった。自分でもらったのだから、離したくないのだろう。
「落としちゃ駄目だよ」
「うん!」
大きく頷いて後ろを振り向き、母親の元へと走っていく。
「おかーさーん、おねえちゃんに『おれい』いえたよー。ね、ね、わたしえらい? えらい?」
「うん偉いね、おうちまで持って帰ろうね」
母親に告げるその姿を見ると、こうしたイベントを開いた甲斐はあったかななんて思う。喜んでくれて良かった。
最後の一人に手を振り、扉から廊下に出る。こもっていた熱気から解放され、同時に外の冷え込み具合を実感して腕を抱く。
途中すれ違った職員にお疲れ様ですと挨拶すれば、いつもありがとうねなんて返された。
廊下に出た途端にひんやりとした空気を真っ向から浴びて、身を震わせる。快適なのはいいけれど、外気温との温度差が激しいのも考えものだ。
控え室として使っていた部屋の前に誰かいる。先に避難していた二人が壁に背中をつけ、座り込んでいるのを見つけた。並んではいるが、特に何かを話している気配もない。
やりきった感じとぐったりした様子のない交ぜとなった状態に、我知らず笑みが漏れる。
二人もやってきた未絃に気づいて片手を挙げた。
「お疲れ、天城」
高岡はつけていた背を壁から離し、胡座をかいたままで満足そうに笑ってきた。もしかしたら本日一番の功労者かもしれない。移動距離を考えると。
「お疲れ様、今日はありがとう」
「いい気分転換になったわ。チビたち元気だな」
「クリスマスだから余計にじゃないか? いつもだったらあんなに騒いでないし」
結城の言葉に頷く。
「確かにそう。お話し会のときはおとなしいね」
「だな。嘘みたいに静かだ」
話してはみたものの、そのまま一緒になって座らなかったのはこの気温のせいだ。
「寒くない?」
「丁度いい」
帽子だけだった澪と違い、結城は上からサンタの服を着込んでいる。その格好で暖房のよく効いた部屋にいたのだ、外に出たくらいが適温か。
けれど、と思い直す。
「駄目だよ、サンタの衣装が台無しになる」
「脱げばいいんだろ脱げば」
「ここで?」
投げやりに答える結城に今出てきた扉を示せば、襟にかけていた手を止めてぐっと詰まり、黙り込んだ。
「さすが結城」
「子どもの期待は裏切らない?」
「そう」
「でもさ、ここに座ってる時点でアウトじゃねえ?」
「裏口だから大丈夫だと思う。多分」
「お前ら言いたい放題言うな」
合わせてきた高岡に頷けば、結城にそれはもう苦い顔をされた。そのうち砂でも吐いてくれそうである。
「ねえ、陣さんは?」
赤い帽子を被っていた長身の影が見当たらない。誰よりも先に出て行ったのは覚えているのだけれども。
「ここの館長に挨拶」
「じゃあ中に入っていよう」
提案すれば、よしきたとばかりにトナカイ――もとい、高岡が走り出す。元気なトナカイだ。
戻ってきた部屋は廊下ほどではなかったものの、数十分留守にしていたせいでやはり肌寒い。
暖房を入れてみたが、暖まるまでは時間がかかるだろう。
「お疲れさん」
結城が元の服に着替えたところで、開いた扉から陣さんが戻ってきた。抱えていた缶ジュースを二人に手渡す。
「サンキュー、陣さん」
「どうも」
「未絃も持ってけ」
「ありがとう」
手渡された缶が温かい。冷えた両手で握り締めてみれば、その熱がじんわりと伝わっていく。ようやく暖房も効いてきたようで、少なくとも肌寒さからは解放された。――と。
「――携帯?」
「あん?」
決してうるさくはなかったけれど、声に出すまで他の二人は気付かなかったようだ。
「鳴ってる。誰の?」
「あ、それ俺の」
未絃が指差した先、震える携帯電話を拾い上げ、高岡はじっと視線を落とす。
「わり、ちょっと電話」
「ああ」
わびた左手で携帯をつかみながら、高岡は急ぎ足で外に出ていった。視線を感じて顔を上げれば、こちらを見ていた結城と目が合う。
「陣さん、ちょっと出てくる」
「ああ。戻ってきたら撤収するぞ」
「わかった」
ひらりと手を振り、結城は高岡の後に続いていった。
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