#3

 適任とは、任務に適すること。すなわち、適任者とは、任務に適する人のことである。今で言う任務なんて訊くまでもない。

 視界の端にちらりと視線を送りつつ、自分も身支度を整えることにした。

 赤い服と白いひげ、それに赤い三角帽子。毎年この時期に忙しくなるサンタクロースの外見はそんな特徴である。先ほど聞いた話によれば待ち合わせていた二人が入ったカフェで、赤い帽子だけ被った店員がいたそうだ。クリスマスというイベントにはどこの店もそれに乗っかりたいようだ。

 そういうお祭り騒ぎは嫌いではない。異国の文化とはいえ、今やクリスマスと言えば年末最後にして最大のイベントだ。特に、プレゼントを楽しみにしているであろう子どもにとっては。

 上着だけ脱いで上下にわかれた赤い服を上から着込み、黒のワークブーツを履く。帽子から覗いた地毛が黒――と呼ぶには少し薄い色素の色――なのが残念か。この際目をつむっておいてもらおう。もうひとつ、サンタクロースのトレードマークであるひげも調達出来なかったのが残念だ。

 あとは赤い帽子なのだが、この帽子、縁には白いもこもこしたファーがついている。普通の帽子でもいいじゃないかと思ったのだが、未絃の意見に押し切られた代物なのだ。買った本人が被ればいいのだが、頑として受け取ろうとしなかった。

 その理由も後で知って一応は納得したけれど。

 帽子を被って振り返ると、なぜか拍手が巻き起こった。

「似合う。サンタのお兄さんだね」

 上擦った声で手を叩いたのは澪。意外な称賛である。褒められて悪い気はしない。例えサンタクロースでも。

 その未絃の頭にも同じ赤い帽子が被せられている。未絃曰く、彼女たちの分は先に買っていて、自分の分だけ見つからなかったそうな。

「だろう? やっぱり連れてきて正解だったな」

「中身考えると若干残念なサンタだけど……似合いすぎて逆にこええ」

「失礼な」

 感慨深く頷く陣さん。それに続いた高岡の発言にむっとする。残念は余計だ。

「天城が適任者って言うから、てっきり陣さんがサンタなのかと思ってた」

 高岡が見やると、心外だとでも言うように陣さんは自らの頭を指差した。

「何を言う。俺も未絃も一応サンタだろ?」

 一応がつく時点で色々違っている自覚はあるようだ。本物のサンタクロースはみんなの子ども心の中に存在する。

「これだと似非えせサンタだけどね」

 自分の帽子をつまんで嘆息たんそくする未絃に、陣さんは笑って言った。

「細かいことは気にするな」

 話題の陣さんは未絃と同じく、赤い帽子だけ被って立っている。それだけで様になるから同じ男としては少し悔しい。

「前に俺と燿がやったとき、子どもたちには燿の方が人気があったんだ。どうせなら今年もこいつにやらせてみようと思ってな」

 そう、あの時子どもには異様に懐かれたことを覚えている。まとわりついて動きがとれなくなり、傍で見ていた陣さんや未絃に大笑いされた。

「うわー……ますます意外。学校の奴らに見せてやりてえ。斗喜ときとかー、きょうすけとかー、水瀬みなせとかー」

 指折り数えながら挙げられた名前はどれも高岡と仲の良いクラスメートで。変に吹聴しない面子なので安心できると言えば安心できる。学校とは違う姿というだけで見せ物にされたくはないのだ。

「ここでちょっと待ってろよ。向こうの準備具合を見てくるから」

「うん、行ってらっしゃい」

 陣さんが出て行った後、自然と部屋の端に三人で集まり、パイプ椅子を組み立てておもむろに座ることになった。よくレクリエーションでやる、フルーツバスケットをするような円だ。

 三人でやったら椅子とりゲームと同じくらい大変な争奪戦になるだろう。主に自分と高岡が。

「多分、去年のクリスマス会の時が、結城の人生最大のモテ期だったよね」

「余計なお世話だ」

 未絃も未絃だ。褒めるかけなすかどちらかにしてほしい。いや、できれば褒めるだけにしてくれ。

 子どもに好かれるのは嬉しいのでそれ以上は言わないけど。

「へー、最盛期とか羨ましいな。おまえもうそのままサンタになっちまえよ」

 とは高岡。笑いながら言われると、羨望が欠片も見えなくなるのが不思議なところだ。

「どういう意味だ」

「全国の子どもに幸せ届けてこいって。今なら人気者になれるぜ?」

 肩を叩いた高岡の手を払い、ついでとばかりに追い払う。

「行きたい気持ちはあるけど遠慮する」

「もったいねえなあ」

「うるさいトナカイ」

 赤い帽子の代わりに茶色の角をふたつつけた高岡をぎっとにらむ。サンタがいてトナカイがいないのはおかしい。未絃の言を聞いて立候補した高岡を、トナカイにしてみたのである。高岡がつけると、ひょうきんな性格が余計に増したように思える。普段と比べて若干腹が立つのもそのせいにしておこう。

「あ、ひでえ。トナカイ馬鹿にするなよ。暗ーい夜道を明るく照らして、プレゼントを待ちわびてる子どもたちの家まで、右も左もわからない方向音痴なサンタを案内するんだぜ?」

 それは若干語弊がある。誰が方向音痴か。何も言わずにいると、調子に乗った高岡が足と腕を組んでにやにやと笑う。

「偉いだろ、ほらほら敬え」

「それはトナカイが偉いんであって、断じてお前のことを指しているんじゃない」

 半ば仰け反ったその姿勢はどこかで見たことがある。そう、自分の自慢をして周りに威張り散らすことで有名な、うちの学校にいる国語の教師にそっくりだ。

 あの人の話は面白くないくせに、聞いていないと怒られるなんとも理不尽な授業だったことも思い出す。あれで国語が嫌いになった生徒はどれだけいたことか。

 おそらく、両手の数だけでは足りない。

「そもそも普通のトナカイはそんなことできないよ。あれはお話の中だけ」

 指摘してやれば未絃から真っ当な追撃が入った。

「おまえらいたいけな子どもの夢を壊すなよ」

「いたいけ……?」

「哀れんだ目で俺を見るなっつーの。おい、そこも。笑うなよ」

 未絃があまりにもいぶかしげに高岡を見るので、思わず吹き出してしまった。これは不可抗力だ。

「悪い」

 口元を押さえたまま高岡にわびるととても深くため息を吐かれ、明後日の方向につぶやかれた。

「おまえらっていいコンビしてるよ」

「それはどうも」

「結城と一緒か……」

 今度はそれを聞いた高岡が腹を抱えて笑う始末で。

 そうして陣さんが戻ってくるまで、高岡の笑いが止むことはなかった。

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