#2
電車で一本、乗り換えなしの急行列車。三十分ほどかけてたどり着いた駅前に広がるのは閑静な住宅街である。帰宅ラッシュに巻き込まれながらの下車だったので、一緒に降りた背広姿の人々があちこちに向かっていく。祝日でも仕事の人はいるのだ。お疲れ様です、なんて思いながら彼らを見送る。
今日が祝日であることを考慮に入れなければ、見慣れたいつもの光景だ。
北風の冷たさに身を震わせ、鞄の中から取り出したマフラーを巻きつけた。できれば手袋もほしいところだったけれど、ないものは仕方ない。そろそろ冬も本番を迎えているようだし、今度から常備しておこう。
おや。
「高岡?」
後ろからよたよたと歩いてくる友人を見やる。
「大丈夫か?」
まるでひと仕事終えた後のようなそのげっそりとやつれた風情に、思わず声をかけてしまったほどだ。膝に手を当てた高岡はひと息吐いてうめいた。
「……おまえ、すげえ」
「何が?」
褒められる心当たりはまるきりない。
「いつもあんなのに乗ってるのか?」
あんなの、とは先ほどの帰宅ラッシュのことだろう。どちらかと言えば帰宅より通学時間の方が人が多いし、大変と言えばどちらも大変ではあるけれど。
「慣れた」
「無理無理、あれは絶対慣れねえ!」
さらりと返せば全力で否定された。
そういえば、高岡は数少ない電車通学ではない方だったか。思い出したついでに行き帰りに自転車に乗っている姿が浮かんできた。雨の時だと学校まで歩いてやってくる、意外に――と称するのは若干失礼だけど、真面目な奴だ。雨でも傘を差しながら自転車に乗ってくる学生も少なくはないけれど、それがいいのかはともかくとして。
並んで歩くと如月の方が少しだけ背が高い。男子の中では背が低いと嘆いているけれど、見上げる方から言わせてもらえば、背が違いすぎるのもなかなか
しかし基準が結城になっているのは、それはそれでどうなのだろう。色々と負けている気がしてきて悔しくなり、それ以上考えるのをやめた。
「あんなので毎日通える奴はまじで尊敬する。俺は絶対無理」
何を力説してくるかと思えば。
「私からすれば徒歩圏内で通えるおまえの方が羨ましいけど?」
「……わり、返す言葉もない」
手を挙げて律儀に謝ってくる。そんなつもりではなかったのだけれど。
「あの学校を選んだのは私だから、今更どうこう言う気もないよ」
「でも通学時間短いのはいいよな。まじで楽」
「それは言える」
電車通学だと満員電車なんて普通になってくるのだけれど、慣れていない人にとってはよほど体力を消耗するようだ。なるほど、覚えておこう。
普段の様子からほど遠いやつれ様に、ついつい苦笑してしまった。
「帰りはなんとか頑張りな」
「げ。そっか、帰りもあれかよ」
本気で嫌そうである。
なんだか可哀想になってきたので、終わった後に
「なあ天城、手伝うとは言ったけど何すりゃいいんだ?」
十分も歩かない距離。目的地である図書館が見えてきたところで高岡が尋ねてきた。
そういえばまだ説明していなかった。別に秘密にしているわけでもないし、話しておこうか。
「そんなに難しいことじゃない。ただ――」
「――
言いかけた矢先に前方から声をかけられた。
そこには細身で背の高い男性と、その男性の傍らでとても不本意そうに佇む、眼鏡をかけた男子がいた。その姿を見つけて目を見開く。
「陣さん、と――」
「あれ。結城じゃん」
私につられてか、高岡も意外そうな声を上げた。
もともと陣さんに頼まれたので当の本人がいるのはわかるけど――なぜ結城がここに。
「天城さっき、逃げたって言ってなかったか?」
「言った」
連れてこようとして携帯で連絡したのに出る気配がまったくなく、仕方ないので諦めていたのだ。ふと浮かんだ高岡を試しに物で釣り、申し訳ないけど、案の定釣られてくれて助かった。
結城が逃げる様子はない。となると、陣さんが連れてきたのか。
その答えは結城本人が教えてくれた。
「駅で捕まった」
「出かけるところを待ち伏せして捕まえたんだよ。
苦々しく吐き捨てられた結城の言葉。そこに補足した陣さんは、してやったりと笑みを浮かべる。さすがは陣さんだ。
「へー、結城でも敵わない人がいるんだ」
関心した風情の高岡がしきりに頷きながらぽつりとこぼす。自分にとっては陣さんと結城のやりとりなど見慣れたものだけれど、学校での様子だけを見ていれば当然の反応か。
「うるさいな」
「良かった良かった、おまえも人の子だったんだな」
「年中負けてる高岡に言われたらおしまいだね」
「うぐっ……それを言うな」
痛いところを突かれたようで、高岡は胸を押さえてよろめく。急所にほど近い箇所だったようだ。彼もなかなかの苦労人である。
「事実だろ」
「そうだけどさ……あー、へこんできた。頑張ろうな、結城」
高岡が結城の肩を叩きながら告げたひと言で、彼の様子が一変した。
「待て。そこで俺を入れるなよ」
「今の見たら仲間としか思えねえ。そうかそうか、おまえも苦労してるんだな」
「思うな」
「照れるな同志よ!」
「照れてない、やめろ馬鹿」
なおも応酬――というより一方的な攻撃? ――を続ける二人は放っておいて、陣さんの隣へと歩み寄る。
「陣さん、人手は? 足りる?」
受験シーズンだと言うことも手伝って、結局一人しか連れてこれなかった。半分無理矢理だったことには目をつむっておく。心残りしか浮かんでこず、とても申し訳ない。
それでも陣さんはこう言ってくれた。
「ああ、十分だ。それより忙しい中付き合わせて悪い」
「それなら良かった。私は全然問題ない。息抜きにもなるし」
受験生は遊んでいる暇すらないと思われがちだけれど、勉強しているばかりでは息が詰まって仕方ない。気分転換をするのも大事な時間だ。追い込みのかかる今の時期は特に。
「そっちの君は高岡くんでいいのか?」
「あ、はい」
会話していた二人が同時にこちらを向く。
「すいません、挨拶もしなくて。高岡
「透也くんだな。俺は
適当になんて、一番困る投げ方ではないだろうか。
「んーと……」
案の定悩み始めた高岡へ助け舟を出してやった。
「私たちは陣さんって呼んでる」
「じゃあ、陣さんで」
「今日は宜しく頼むな。ついでに楽しんでいってくれ」
「――それだ。天城」
話の矛先が向けられる。高岡が何を言いたいのかすぐにわかった。
「陣さんごめんなさい、まだ高岡に教えてない」
幾分タイミングが悪かった。こんなことなら初めに説明するべきだったようだ。
「そうなのか? 透也くんはなんて言われて来た?」
高岡が私を見てきたので、何も言わず微笑んでみる。……そこで嫌そうな顔をしないでほしい。
「えーとですね……とにかく人手がほしいってことと、そんなに時間はかからないってことですかね」
「随分おおざっぱな説明したな、未絃」
「でも間違ってないよ」
そう、間違ったことは言っていない。肝心な内容を言わなかっただけで。
「端的に言うと、プレゼント配りを手伝ってもらいたいんだ」
「え、でも家には回らないって話を――」
「だから、ここ」
目の前にそびえるのは、二階建てで、おしゃれなレンガ造りの図書館。図書館と市民会館を一緒にしているため、いくつかの会議室などもあって中は無駄に広い――そう言ったのは結城だったか。
「ここに図書館があるんだけど、月に一回、子どもを集めておはなし会を開いてるの。今日はクリスマスも近いし、何か出来ないかって陣さんが」
「そう。本番前にサンタの登場ってことだ」
陣さんが足元に置いていたボストンバッグをちらりと見下ろす。
あの中にはサンタ変装グッズでも入っているのだろう。
「……サンタ? 俺が?」
高岡が自分を示して
「ううん、適任者がいるから大丈夫。私たちは配るのを手伝うだけ」
「適任者って――」
「ね?」
高岡が怪訝な表情を浮かべたので、陣さんを振り返って確認してみた。
「ま、そういうこと。準備があるからそろそろ行くぞ」
ボストンバッグを持ち上げ、陣さんは先頭に立って歩き始めた。
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