めりー・めりー・でい

季月 ハイネ

#1

 今年はとても珍しい。

 いつもなら冬だろうとお構いなしに冷たい飲み物を注文するのだが、今日はやけに寒気を覚えて、どうしても冷たいものを飲む気にはなれなかった。

 それもそのはず。買ってきたカフェモカを持って、窓際の席に着いたときに納得した。不意に目をやった窓の外には、白い色が舞っていたのである。

 年の暮れと呼ぶには少しだけ早い、クリスマスの二日前。世間一般では祝日であり、有名な人の誕生日。街を歩けば見渡す限りのカップルに正直うんざりしていて、半ば逃げるように入ったカフェだった。思いの外、店内は人が少なくてほっとした。もしくは知る人ぞ知る、穴場の店だったりとか。

 こんな天気では、どこかに寄るよりも家に帰りたい気持ちが優先されるのだろう。

 しかしまあ外には雪の中歩く人がいるわいるわ。この寒い中をよく頑張るものだと思う。クリスマス前だから余計に、なのだろうか。夕方という今の時間を考えれば何のことはない、ただの帰宅時間と被っているだけだろうけれど。

 目の前を通り過ぎたカップルが恋人繋ぎをしているのを見て、それ以上外に目を向けるのをやめた。クリスマス前に一人でいる身としてはあまり見たいものではない。

「彼女ほしーわー」

 思わず本音が零れる。今は受験でそれどころではないから、欲しいとは思っていても実際作る気はない。彼女を作れば元気になるだの、勉強にも身が入るだの。言いたいだけ言ってあっさりとフラれた友人を知っているだけに、自分もそうありたいとは思えずにいる。

 いや、もちろんうまくやっている友人たちもいるのだけれど。

「……」

 初めに挙げた友人は例外として。自分の周りには彼女持ちの奴らが多すぎるのだ。その幸運をもう少しくらいこちらにわけてくれても良いのではないかと思う。いや本当、切実に。受験生だろうがなんだろうが、明日のイブや明後日のクリスマスには彼らは当然出かけるんだろうなと考えて、だんだんへこんできた。

 ああそうさ、どうせどうせ独り身ですよ。毎年クリスマスには友人と馬鹿騒ぎするしか予定がない可哀想なぼっちですよ。

「……うん、うまい」

 すすったカフェモカが染み渡って、ちょっとばかり癒された。そもそもこんな寒い中わざわざ外に出てきたのは、別にカップルに羨望の目を向けて恨み言を垂れ流したかったわけではない。呼び出してくれた待ち人がいるはずなのに、待ち合わせ場所には誰もいなかったのだ。嫌な予感がして携帯電話を確認してみれば、そこには『ごめん、遅れる』のふた言。仕方なく待ち合わせ場所から一番近い店を探して、入ったのがこのカフェだったのである。

 待ち人には近くのカフェに入った旨をメールで伝えたので、見つからないことはないだろう。仮に見つからなくても電話すればいい。ひと昔前までは携帯電話なんてものが普及されていなかったようだから、便利な世の中になったものだ。携帯電話がある世界にすっかり慣れてしまった自分には、想像もつかない。

 それにしても――

 一体全体こんな時期に何の用事があるのか。わざわざ呼び出すくらいだからそれなりに期待をしてもいいのだろうか。いや、期待と言っても告白の類ではない。なにせ今はクリスマス前、あの友人のことだからケーキくらいは作ってきそうな気もする。

 なんて言うとマメな性格に聞こえるかもしれないが、何のことはない、自分が受け取るのはあくまでも本番であげる前の毒味として、だ。それでもおいしいんだよなーあいつの菓子。とりあえず、出会い頭にカフェモカの代金くらいは払わせてやろうか――

「良かったらおひとついかがですか?」

 自分の思考に没頭していたところで問われ、一瞬びくりと反応してしまう。ああ心臓に悪い。

 顔を上げるとそこには待ち人ではなく、サンタクロースがいた。彼女のいない自分にも来てくれるなんて、サンタクロースだけはみんなに平等らしい。なんて素晴らしいんだ。

「甘いものはお嫌いですか?」

「あ、いえ」

 うん、なんだその、疲れてるな俺。

 正確には赤い帽子を被ってさらには赤い服を着て、サンタクロースに扮装ふんそうした店員さんがいただけなのだけれど。

 若干心配そうな目を向けられたので笑ってごまかした。笑顔は人類の武器だ。主に社交性という敵に対しての。

「えーと、じゃあ、ひとつ頂きます」

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 去っていく店員を眺めてから手元にある菓子を見下ろす。

 渡されたのは、周りがチョコでコーティングされた、とても甘そうなケーキがひと口分。ザッハトルテである。食べやすいようにつけられた爪楊枝をつまみ、そのまま卓に置くのも悪い気がしたので口の中へと放り込んだ。

 これは、レジ横のショーケースに並べられていたお菓子のひとつだ。甘いもの好きの自分としてはとてもありがたい差し入れである。

 その見た目から甘いのは覚悟していたのだけれど、意外にビター風味なチョコと甘過ぎないスポンジ、切った断面から見えていたほどよい甘さのクリームの調和に少しばかり心がほっこりと落ち着く。おいしい。

 ただ、カフェモカと合わせるには口の中に甘さが残る。もし頼むことがあれば、次はこのカフェモカにエスプレッソショットでも追加してみよう。

 以前友人たちと来たときにそれをやったら「学生の分際で」やら「金持ちー」やらと小突かれたので、以来カフェに入るのは一人と決めている。学生だろうがなんだろうが、こだわって何が悪い。

 どこの豆がどうのと味まで詳しく知るわけではないけれど、どうせ飲むならおいしいものを飲みたいと思うのは、やはり贅沢ぜいたく嗜好しこうだろうか。

 なんて考えていたところへ。

「すまん、遅くなった」

天城あまぎ

 少しだけ弾んだ息に気づいて顔を上げれば、待ち人がそこに立っていた。

「おっせえ」

 眉を寄せて空になったマグカップを示して見せると、面目ないと手を挙げられる。

「悪い」

「おごりでチャラな」

 笑い混じりで言えばはいはいと返される。

「場所移すか?」

「いや、ここでいい。何がいいんだ?」

 腰を浮かしかけたところで制され、そのまま椅子に落ち着いた。彼女が着ていたコートを椅子の背にかけ、置いた鞄から財布を取り出したのを見て、ようやくメニューを訊かれたのだと気づく。

「ザッハトルテとカフェモカ。ショット追加で」

 つい先ほど店員にもらったケーキに加え、考えていたメニューをそのまま告げて、ここぞとばかりに値段を上げてやった。

「おまえね……」

 あきれながらカウンターへと向かう友人に手を振り、後ろ姿を目で追ってあれと目を凝らす。

 視線の先、彼女はカウンターでサンタの格好をした先ほどの店員とやりとりを交わし、トレーに二人分のマグカップとふたつのケーキを持ってこちらまで戻ってくる。

「珍しい」

「何がだ?」

 向かいに腰掛けた天城に思ったままを言ってみれば、きょとんとした顔をされた。

「私服でスカートとか」

「今更。制服はいつもスカートだろう」

 言われてみればそうだ。

「制服だったらみんな同じ格好じゃねえか。見慣れすぎてて、街中で見かけてもうちの学校の奴だとしか思わねえよ」

「印象の違いだな」

 優雅な手つきで彼女はマグカップに口をつける。

 それに呼応してもうひとつのマグカップを掲げた。

「ありがたく」

「どうぞ」

 重ねられた二枚の皿に乗っているのは頼んだザッハトルテとベイクドチーズケーキ。やはり見つけたか、と苦笑する。チーズ好きな彼女はティラミスかそれのどちらかだろうと思っていた。

 何がきっかけだったかは忘れたけれど、天城は甘いものに関しての無二の友人だ。突発的に何か甘いものを食べたくなったときはとてもありがたい。条件として、彼女が捕まればの話だが。

「それで、何の用事だよ?」

 下に敷かれた皿を一枚抜き、手でつかんだザッハトルテを乗せてマグカップの隣へと移動させる。べったりとついてしまったチョコはおしぼりでふき取って。

「少し、気晴らしに協力してもらいたいんだ」

「何を?」

 マグカップを置いて代わりにフォークをつかんだ天城は、先端をこちらに向けるなり大真面目な顔をしてこう言ったのである。

「サンタを助けに」

「……はあ?」

 意味がわからない。

 思わずカウンターの方向を見てしまった。しかしそこにサンタの格好をした店員はいない。店内に他の店員は見つかったけれど、あの店員が見えないとなると、カウンターの奥にあるキッチンの中にでも入ってしまったのだろう。

 とりあえず向き直り問いかけてみる。

「サンタの何を助ければいいんだよ? それとも俺がサンタになれって?」

「今はクリスマスだろう高岡たかおか

「……まあ、そうだよな。明日イブだし」

 質問の答えでなく、明後日の方向から返答が返ってきた。

「クリスマスと言えば何だと思う?」

「ツリー?」

「他には」

 ぱっと目についたのは、店内の端に置かれていた緑の植物だった。クリスマスに合わせるように色とりどりの飾りが装飾され、頂点には金色に輝く星が乗せられている。

「他にって……イベントだよな。やっぱりサンタだろ、トナカイにそり引かれてプレゼント配るなんて言われてるくらいだから」

「そう、プレゼント」

 天城は頷いた。ならば。

「一件ずつ回って配るの手伝えって?」

「まさか。そんな面倒なことはしない」

 だそうです全国でサンタを信じられているみなさん。今年のクリスマスはあなたのお宅に届かないかもしれないですよ。

 そうじゃねえ。

「とにかく人手がほしいんだ」

結城ゆうきは?」

 大抵彼女と一緒にいる友人の名前を挙げてみると、途端に苦い顔をされた。

「逃げられた」

 舌打ちでもしそうな勢いで。そしてこちらを向くなりなぜかにっこりと微笑む。場合を考えなければ見惚れていたかもしれないその笑顔だが、状況が状況だけに、見惚れるどころか背筋がうっすらと寒くなる。

「手伝ってくれるよな?」

 とどめの一発。

 なるほど、結城が逃げたのは正しい判断だったかもしれない。なんて、今更言ってももう遅い。

 遅刻にしては多い金額。どうして一度は渋い顔をした彼女が、それでも否定せず素直に従ったのか。

 ――しまった、買収された。

「……んー」

「高岡?」

 追い討ちのひと言がかけられる。

 これは断りにくい。断ったが最後、今後はカフェに付き合ってくれないだろう。同志を失うのはさすがに辛い。

 少し考えて、話しながらつついていたザッハトルテをフォークで示す。

「食い終わってからでも?」

「もちろん」

 天城がケーキを切り分けたのを見て、突き刺したひと切れにかぶりついた。

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