第3話「不満だらけの日々」

 次の日から地獄が再び始まった。


 ロボット――アルメリアが言うにはゴーレムなのだが、この身体になってからというもの生きている心地がしない。

 理由は至極簡単、人間に必用な『衣食住』がまったく必用としないからだ。


 それに常に瞼開けっ放しの開放感抜群なせいで眠気もない。

 腹も減らなければ身体的に苦痛を感じることもない。

 風を受けることすらできず、水も感じることができない。

 唯一感覚が残っているのは手のひらのみ、しかも感覚は人間の頃の役十分の一程度。


 ほんと『生きながら死んでいる』っていうのを体現している気分だ。


 アルメリアが暑さに仰いでる横で瞼開きっぱなし。

 アルメリアが気持ちよさそうに寝ている横で瞼開きっぱなし。

 アルメリアが美味しそうにご飯を食べてる横で瞼開きっぱなし。

 アルメリアが気持ちよさそうに水浴びしている横で瞼開きっぱなし。

 アルメリアが俺以外のゴーレムを整備している横で瞼開きっぱなし。

 アルメリアがトイレにいっている暇にも瞼開きっぱなし。


 数え上げるだけでもキリがない。


 ここって実は別の世界じゃなくて地獄なんじゃないのかと何度も考えた。

 しかもアルメリア以外の人を見ないせいで孤独感は募るばかり、俺以外のゴーレムは俺みたいに上等な受け答えができないようで、また孤独感。



 ああ……忘れていたがここ数日でわかったこともあった。


 この世界にはどうやら『エネミー』と呼ばれる化物がいるようだ。

 まあわかりやすくいえばRPGの敵みたいのもんだ。

 家の周りにもチラホラ見かけられるので分布範囲は広いらしい。

 何度か家まで接近する奴等もいたので俺の出番かと張り切ったのだが剣を出し終える前に他ゴーレムの手で瞬殺されてしまった。


 アルメリアが戦闘用ゴーレムを必用としない理由はこれであった。

 家周辺だけでも5体もの戦闘用ゴーレムが巡回しており、それら全てのスペックはかなりのものだったのだ。

 あぁ、これなら俺要らんわな。とか悲壮感に浸れるくらいには強かった。


 あまりにも暇すぎて夜中抜け出して遠くで兵装の試し撃ちなんかしていたりする。

 といっても毎日じゃない。

 一発一発の音が大きすぎてアルメリアが起きてしまうからだ。

 撃った時にも爆音、着弾した後も爆音、それだけならまだマシな方で、その後の巨大なキノコ雲と爆炎で照らされる夜空を見上げながらアルメリアが起きたことを確信して毎度後悔するのだ。


 周辺の地形を変えたのだって一度や二度じゃない。

 兵装の中に『大陸間弾道弾』があるのを発見した時は冗談だろうと思って撃ってみたが……アレは駄目だ。


 ほぼすべての兵装が人様に向けられないものだと知った俺は、さらに暇ができた。


 なので、ここ最近ではもっぱら家事を勝手にやっている。

 もともと一人暮らしだったので慣れたものであったし、アルメリアの生活を一日中眺めている限りではほとんど日本でやってきた家事と変わらなかった。

 家電製品はないので洗濯は川で手洗い、掃除は掃き掃除から拭き掃除だ。


 こういう時は感覚も疲労感もなくて助かったと思う。

 何時間でも働けるし水が冷たくても鈍感なせいで涼しいくらいにしか感じない。

 今まで嫌いだった虫も簡単に摘めるようになった。

 そういった過程の中で難しかった力加減も覚えられたのは結構な収穫だ。



 だが、それでも暇はやってくる。


 家事なんてもんもすべて合わせてもせいぜい数時間で終わるし、毎日しているせいで洗い物も掃除する場所もないのだ。

 許可をもらって料理なんかにも手をだしてみたが、これはレパートリーが少なすぎる。

 そもそも別の世界な上にコンロがなければ電子レンジもない。

 しかも料理をする上で致命的なことに、味見をする口すらないのだ。

 一応、試行錯誤の上で作れる範囲で色んな物を作ってみたし保存食なんかも凝ってみた。


 だがこれもすぐ暇がやってくる。


 この家で食事をするのはアルメリア一人だけなのだから、いくら料理したところで意味がない。

 暇だからといって眠ることもできない。


 それに、話す内容が分かっても俺には文字が理解できなかった。

 俺自身喋ることもできないので理解できているなどの意思表示も難しいし、俺には自力で解読できる頭も持ち合わせていない。


 ――が、暇なので取り組んでみた。


 まあ理解できて文字が書けるようになったところで生活はあまり変わらなかった。

 そもそも居候させてもらっている立場的に文字上とはいえ物申すのも面倒であったし、問題以前に話す内容が思いつかなかったからだ。


「俺実は別の世界から来たんですー」


 なんて言ったところでアルメリアにとっては「は?」といった程度だろう。

 というか、俺の立場に置き換えたらバグったと思って蓋を開けて弄ろうと考える。

 アルメリアは機械いじりが好きらしいのでなくはない話というわけで、たまに軽く紙に要件を書いているだけに留まっている。


 しかし、不満だらけの日々は突然終わりを告げた。



……



「今日もいい天気だねー」

「……」


 その日は裏庭で陽に当たるアルメリアを眺めていた。

 改めて見てみると俺基準ではアルメリアはかなりの美少女だ。

 外見推定年齢十七歳である彼女は俺の好みド直球をいっている。

 風に撫でられて輝く銀髪なんかは何時見ても飽きない。

 赤い瞳も吸い込まれるような魅力がある。


 ……まあ人間でもないから、そういう相手には見られないけどね。


 この身体になってから性欲もないからな。

 ある意味助かったというか違う意味で地獄というか。


 なんてアホなことを考えていると、面前に遠方から複数の生体反応が近づいていることが表示された。

 反応を見るにエネミーではなく人間のようだ。

 新しい人に出会えると喜ぶと同時に警戒心も芽生える。

 収納していた束ねられた羊皮紙とペンと取り出し「誰か来る」と走り書きをしてアルメリアに見せた。

 俺のメモを見るとアルメリアは体を強張らせてしまう。

 どうやら風がいけないモノを運んできたようだ。


「……」


 アルメリアを護るように前に出る。

 人間とはいえ善悪とかは表示されないんだ。少しくらい警戒しても向こうにも失礼じゃないだろう。

 意識を集中させ久しぶりに《二挺拳銃》を出現させる。

 それを前に構え待つこと数十秒後、複数の蹄の音を引き連れ姿を現した。


 そいつらは銀色に輝くフルプレートを身にした複数の男女だった。

 全員が馬に跨っており赤いマントを翻している。

 その姿は、まるで漫画から飛び出してきたかと疑うほどの完璧な『騎士』であった。


 一人の男が馬から降りてくる。

 他の人達より一際大きな剣を携える強面の男で、一目見ただけで多くの死線を越えたのだろうとわかる。

 あからさまな盗賊ではないようだが、今のところ敵かどうかもわからない。

 白兵戦用に片方の銃を消して剣を出す。

 すると、馬に乗った者達が明らかな警戒を見せる。

 だが馬から降りていた男は眉一つ動かさず近づいてくると、若干の距離を開けて止まった。


「アルメリア様、そのゴーレムはどうなされたのですか。我々に敵意を向けるゴーレムはなかったはずですが?」


 圧倒的に俺の方が身長高いのに上から目線で言われて若干苛ついてしまう。

 昔っからこの手合は嫌いなんだよ。

 なんでも自分の思い通りなるとか思ってそうな奴。


「待ってエクエス、彼等は私の知り合いよ」

「……」


 今にも飛び出しそうになっていた俺をアルメリアが引き止めた。

 彼女の方を見ると、今までの呆けた顔はなく引き締まった、緊張気味の顔が映る。

 まあ俺もそこまで言われても特攻するような戦闘狂でもなし適当に銃と剣を仕舞い、アルメリアを前に出すように後ろに半歩下がる。


「エクエスはこの前見つけたばかりの戦闘用ゴーレムよ、それに私が改良する必用がないと結論付けたゴーレムなの。文句あるの?」

「いえいえそんな事はありませんよ。しかし王国きっての『ゴーレムマスター』であるアルメリア様がそこまで絶賛するゴーレムとは珍しいですね」

「御託は良いわよ、要件は?」

「話が早くて助かります……」


 先程まで日向ぼっこしていたとは思えない彼女の変貌に若干戸惑いを覚えるが、それよりも上から目線を止めない目の前の男と、それを当然だと思っている顔してる後ろの奴等に腹が立つ。


 あれ、俺こんな短気だっけ……って毎日退屈な日々送ってりゃストレスも溜まるか。

 今度撃ちまくってストレス発散でもするかな。


 なんて考えながら暇なので剣の出し入れを繰り返していると男が懐からロールを取り出した。

 意識して視てみるが特に問題ないようだ。

 ロールを盛大に開き男は大きな声で宣伝でもするかのように読み上げる。


「ザースアーン王国コロビュロ=キャロル国王陛下より直々の命を伝える!」


 なんだそのマイナーSF小説に出てきそうな名前の国王は……。

 ん? 待て、今なんつった?

 国王直々の命令?

 ……悲報! アルメリアは地雷だった!


「王国直属ゴーレムマスター、アルメリア=デュオ。汝には城塞都市アーバネスト近辺に多く出現しているエネミーについて調査願いたい。以上だ」

「ふぅん……」


 みっじか!?

 期限とかないのかよ、つか適当過ぎだろこの報告。

 ロールを懐に戻しているのを見る限り本当にこれで終わりのようだ。

 どうなってんだこの世界、王様直々の伝令で沢山人連れてきてるくせに簡素過ぎだろ!


「今回はエクレール騎士団第2魔法団第12魔法部隊リアンナ所属のキッカ=カローリを付ける。カローリ、君はアルメリア様の任務終了までアルメリア様の護衛としての任に付いてもらう」

「はっ!」


 言って馬から降り前に出てきたのは二十代くらいで、肩当たりで切り揃えられた髪と切れ目が印象的な女性だ。

 彼女は俺たちの前まで進み出ると胸に手を当てる敬礼をとる。


「エクレール騎士団第2部隊第12魔法部隊リアンナ所属キッカ=カローリ、これよりアルメリア様護衛の任に付きます!」

「……」

「では陛下直々の命、確かに伝えました」


 固っ苦しいなオイ!

 と、表情が出るような頭部パーツじゃなくて良かった。

 あと叫べてたら結構叫んでたな俺。

 喋れないせいでエラー音が五月蠅いのが仕方ないが今は気にしないでおこう。


「さっさと帰りなさい。いつも通り終わらせておくから」

「良い報告が聞けるよう祈っておきますよ」


 そう言って強面の男は、もと来た道に向かって馬を走らせた。

 他の人達も馬を走らせていき、家に残ったのはアルメリアと俺と女性騎士だけだった。


 この日から、俺の不満生活は幕を閉じた。

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第二の人生は機械仕掛けで 青春禁止令 @Nasty

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