第2話「名は騎士」

 あれから何日経ったのだろうか。

 機械の身体である以上、目を閉じることは叶わなかった。

 そうしていると時間がゆっくりと感じられ退屈が身体を蝕んでいく。


 最初の頃は好奇心で周りを見ているのが楽しかったし、窓に止まる小鳥を見て和んでいたりもした。

 風呂上がりらしい女の子を見て煩悩にふけったりもしていた。


 だが、これが数日過ぎると、拷問に変わった。


 指一本動かせない身体は地獄だった。

 感覚のない身体は宇宙空間に投げ出されたようだった。

 ひたすら見続ける世界は色を失っていった。


 思考を放棄することすらできず、ひたすら女の子が俺の身体を修理するのを待った。

 待ち続けて――



「できたー!」


 考えることを止めていた俺に、遂に朗報が届いた。

 目の前では永遠と見続けた女の子が楽しそうに部屋の中を飛び回っている。

 ただ微笑ましいという気分にはなれなかった。

 逆に、なぜ早く直してくれなかったんだと怒り狂いたくなる。


 いやこれは一方的な怒りだ。

 これこそ女の子にとって不条理だ。

 俺はドス黒い感情を胸の内に追い込んで蓋をする。

 これは社畜人生で習得した技だ。

 しかしストレスまみれの社会で生きていくために編み出した技が、まさか異世界でも役に立つとは思わなかった。


「ほら、立って立って!」


 女の子が手を叩きながら促している。

 まるで我が子が立つのを見守る母親のようだ。


 俺は言われるがまま立ち上が……れない。


 どういうことだ。

 いや、死んでから一度も身体を動かしていなかったから動き方を忘れていたのか。



 まずはと指から動かし、それから手、腕、肩、足、腰と順に動かしていく。

 俺のとっては必死だったが女の子はその光景を目を輝かせて見つめている。


(あぁ、だいたいわかってきたぞ)


「やった、立った! 流石は私!」


 ゆっくりではあるが、遂に身体を持ち上げ、立つことに成功した。


 首を動かして周りを眺める。

 今まで見上げていただけの物を今は見下ろしている。

 それによって分かることも多く、部屋の構造も簡単に理解できた。


 ――視点が変わるだけで世界はこうも変わるのか。


 次に正面の女の子を見た。

 俺の身長が高いようで見下ろす形になっている。

 今の身体だとほとんど天井スレスレで、以前の俺より大きい事がわかった。


 改めて身体を見回す。

 人形ではあるが、腕も腰部分も酷く細い。

 顔に手を伸ばしてみるが、到底人の頭部とは思えない形をしている。


(手の感覚はあるのか……)


 ペタペタと身体中を触ってみると、鈍くだが感覚があるのがわかる。

 ただ残念なことに感覚があるのは手だけのようで他は全く感覚がなかった。

 溜息一つ吐きたいところだが、それすらできないので肩を落としていると下から声がかかる。


「順調順調! それで君は何型なのかな?」

「………」


 女の子に答えようとしたが声が出ない。

 なぜかと首をひねると、いつぞやの文字が浮かび上がってきた。


《発声機能に異常アリ。

 自動修復……エラー。

 修復には外部からの干渉が必用です。》


 マジか。

 少し期待していた分悲しいな。

 まあ今は身体が動かせたことに感謝しなければ……


「あれ? まだ故障してるのかな?」


 声を出さないでいると女の子が可愛らしく首をひねっている。

 そして頭部に触れようとして背伸びをしているが、手は俺の胸辺りで虚しく空を切っていた。

 かわいそうに思い手を振ってみる。


「ちゃんと反応はするのか……なら声が出る所だけ故障?」

「……」

「あっ、そうなんだ」


 頭を上下に振って頷くと女の子が理解を示してくれた。

 うん。コミュニケーションって良いよね。


 で、俺を最低限のコミュニケーションしかできない神様はどこ行った。

 一言いってぶん殴ってやりたい。


「じゃあ外出てみようか」

「……」


 女の子に誘われるがまま部屋を歩き

 ゴンッ。


「……!?」

「ああ! 扉はくぐって!」


 ちゃんと腰を折ったはずなのに頭部がぶつかったようだ。

 感覚がないというのはこんなに大変なことだったのか。

 普通に生きていれば分かるようなことがまったく理解できなかった。


 頭を手で確認しながら、今度こそ扉をくぐる。

 今度は大丈夫だろうと頭を上げると


 ――バキャ。


「ああ! 天井があ!!」

「………」


 くぐった次の部屋は天井が低かったらしく、俺の頭が天井を突き破ったようだ。


 いや待て、本当に軽く頭を上げただけだぞ、なんで天井に頭刺さるんだよ。

 天井が元から弱いのか、それともこの身体の出力が高いからか……?

 後者だったらかなり危ないぞ。

 感覚がないのに力が強いなんて、簡単に人を傷つけてしまいかねない。


 あたふたと慌てている女の子を見て頭を引っ込めようとするが


「ちょっ、ちょっ、しゃがむなら下に! 下!」

「……」


 いつもの癖で前かがみにしゃがむと更に天井をエグッてしまった。

 女の子は涙目で壊れた天井を見ている。

 ここで何か気の利いた一言を言えればいいのだが、叶わないのならジェスチャーで伝えればよかろう。

 などと思い「どうしようか」という意を込めて肩をすくめてみせた。


「なにそれ! すっごい腹立つんだけど!」

「………」


 逆効果だったようだ。

 うん。これから肩すくめるのは止めよう。



……



 なんとか外に出てみると、周囲を木々に囲まれた場所に出た。

 おおよそ町と呼べるような場所ではなく、どこかの山の中ではないかと結論付けられる。

 振り返って家を確認してみると、二階建ての木造建築のようだ。


「それじゃあ自己紹介しちゃおうかな」

「……」

「私の名前はアルメリア、私が君を見つけて修理したんだよ。ちゃんと動いてくれて良かったよー」


 俺は壊れていたのか。

 ならあれだけ必死こいても動かなかったわけだ。


 いやちょっと待て、あの神様俺の身体を用意しているとか言ってたよな。

 それが壊れてるロボットてどういうことだよ。

 せめてまともに動ける物にしとけよ。

 いや、その前に地球の日本に帰せ。


 などと叫びたかったのだが、いくら叫ぼうにも叫ぶ口も無ければ、さっきから発声システムのエラー音がひっきりなしに鳴って五月蠅くて仕方ない。


 声も出せないので仕方なく意思表示として大げさに頷くことにした。

 するとアルメリアは笑顔で頷く。


「良好だね――じゃあ早速だけど君は何ができるのかな?」


 なにができるか……デスマーチとか?


 いやそうではなく、この身体としてできることか。

 それは俺が知りたい。


 ピ。


 どこからか機械音が聞こえたかと思うと目の前に何かの模型が表示された。

 ぶっ格好でそれでいて洗練されているデザイン、すぐに分かった。これは俺だ。

 なんでこんなものが出てきたのかは知らないが操作方法は少し分かる気がする。

 なにかできることはないかと腕辺りに意識を集中させてみると……


《右腕収納武器:救世断絶剣》


 なんか厨二臭い表示が出てきた。

 まるで理解できん、意味分からん。

 まあ出せるんなら出すけどさ。


「わっ、なにか出てきた……うーん、これって剣?」


 腕から刃だけ出てきたそれは、救世とか書いてるわりに黒い刀身をしていた。

 二の腕くらいの長さが出てきており、その姿はまさしく某錬金術師のよう。

 軽く振り回して感覚を掴んでみようとするが……わからん。


 軽く振るだけで空を斬る音が聞こえるが、それがただパワーのせいなのか剣の性能のせいなのかがハッキリと分からない。

 性能チェックで木でも斬ってみたい気もするが今はその時ではないな。

 他に何かないかと模型を動かしてみると思ったよりも武装が施されているようで、それら全てが正常に運転できるようだ。

 戦争でもする気かよ、なんつーもんを掴ませてくれたんだよあの神様。


 この女の子、アルメリアが何の目的で俺を拾ったかは知らないが、できるだけ戦闘は避けたい。

 うん、戦闘はあるよな。

 こんな物騒なモンを神様がわざわざ付けたってことは、ある意味物騒な世界って遠回しで言ってるようなものだろう。

 しかしだな


 ――荷電粒子砲みずてっぽうなんて何時使うんだよ。


 これ以外にも地中貫通爆弾らっかするくい燃料気化爆弾ふうせんなんぞ、地球でもある意味使えなさそうなモンばっか積んでるぞ。

 一般人に渡して良いものじゃない物ばかりだ。


 なんとか女の子に悪影響を及ばさず、かつそこまで威力のないものを探す。

 すると《二挺拳銃》なる浪漫武器が目に写った。

 よし、これならそこまで威力もないだろうし(偏見)扱いづらいから安心だな。

 早速意識を集中させ項目を選んでみた。


「次は……なにこれ? 手のひらくらいの筒? みたいな感じだけど?」


 突然手のひらに出現したソレは確かに拳銃だった。

 ただし、なんとかイーグルとかいうやつだね。

 俺としてはパイファーツェリスカくらいを想像してたからまだ良かった気もするけどさ。

 というか安直すぎだろ。

 サンダー5くらい斜め上いけよ、そこ手抜くなよ神様。


 一応、手に持って確認してみる。

 案の定『重い』とかいう感覚はない。

 ただ持ってるだけ、という感じか本当にわけがわからない。


「それってどういうやつなの?」


 触っているとアルメリアは興味を持ったらしく、銃を持つ手に近づいてチョンチョンと指でつついてきた。

 まあ危ない物であるし、間違えて足に落としたら洒落にならない。

 消えろ、と念じると銃は簡単に消えた。


 ……お披露目はこれくらいでいいだろう。


「え? これ以上はないの?」

「……」

「うーん戦闘用ゴーレム拾っちゃったかな……まあこれから色んなことを学習させればいっか」


 どうやら戦闘用は望まれてないようで。

 だが安心してほしい、俺は現代科学でも実現できない兵器を大量に詰め込んだ完全武装の完全戦闘用ゴーレムなのだ。


 腰に手を当てて笑いのポーズ。

 ……うわ、かなり虚しくなってきた。


 肩を落としていると、家に戻ろうとしていたアルメリアが振り返った。


「そういえば名前決めてなかったね」


 ああ名前か、適当で良いんじゃないでしょうかね。

 たとえばロボ太とか。

 今の目標はどうにか神様と再開して全兵装をぶつけることだから、名前なんてどうでもいいし。

 そんな事を知らせることもできないので、アルメリアは名前を考えているようで必死に唸っている。

 少ししてから晴れた顔で手を叩くと俺に向かって指差しながら


「君は今日から『エクエス』だ!」

「……」


 なんか想像してたよりまともな名前が来た。

 由来が分からない以上、感動とかもないんだけど……まあいっか。


 この身体も兵装も不満だらけだけど


「……」

「おー嬉しいかあ、よかったよかった。じゃあこれからよろしくエクエス!」


 少しくらい前向いて生きてみるか。

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