第18話 漢江の夕暮れ ~現在から未来へ~
遊覧船が走り出した。夕暮れだ。夕日が川面を、街を、オレンジ色に染める。
私たちは船の甲板の先端に立っていた。船が水面を切り裂きながら進んでいく。何も話さず、手すりに肘をついてひたすら二人で景色を眺めていた。この景色を堪能するのに言葉は必要なかった。
昔が懐かしいのではない。あの頃の二人に戻って船に乗っているのではない。今ここにいる私たちの目で川を眺め、風を感じている。そこに感傷はなかった。今、この瞬間、目の前にある景色がすべてなのだ。
彼と再会した時に私が確かめたかったこと、それは今の自分はあの時の自分と違っているのかということだった。堂々と彼と対峙できる私になったのかどうかを確かめたかった。でも今そんなことはどうでもいい。
「気持ちいい・・。」
私は目を閉じて風のにおいをかいでみた。海のにおいとは違う、湖のにおいとも違う。朝日のにおいとも違う。
もうすぐ航路の折り返し地点だ。ヨイナルに戻る頃にはすっかり陽も落ち、念願の夜景が見られることだろう。
突然、カシャッと乾いた懐かしい音がした。振り返るとカメラのファインダー越しに駿がこちらを見ている。
「あっ、そのカメラ・・・」
私は思わず声を上げた。
「そう、フランスに行く前、自転車でデートしてた頃使ってたカメラ。このシャッター音が好きで手入れしながらずっと使ってた。」
駿がカメラを大切そうになでる。
「見覚えがある。」
懐かしさで思わず微笑が浮かぶ。
「もし、また写真を撮ろうと思う瞬間が来たらその時はこのカメラで撮りたかったから、ずっと大切にしてたんだ。今日はもしかしてその瞬間が来るんじゃないかって予感がして持ってきてた。」
駿は愛おしそうに手にしたカメラを見つめた。
「あの頃はとにかく写真を撮るのが好きで、楽しくて。あの頃の自分にはもう戻れないけど、それはそれでいいのかもな。今の自分にしか撮れない写真があるのかもしれない。」
私は微笑みなから黙って空を見た。沈みかけた夕陽が空を淡く染め、優しい風が私の長い髪をなびかせる。
船は江南の夜景に向かって川面を一直線に走り始めた。
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