第16話 演じるもの
今日もユンと並んでサウナの中にいる。枕を並べて仲良く。駿と仁寺洞へ行ったあと、急に会いたくなったので
「今からモギョクタンに行かない?」
と誘ったところ、快く一緒に来てくれた。ここはユンと過ごすのに心地よい場所だ。
「ねぇ、私ユンに聞いてもらいたい話があるんだ。」
私が寝転んだまま呟くと、ユンは首だけこちらに向けて
「なに?」
と尋ねた。
「この間、研修の休み時間に、外国人の集団がいて、突然私が喋らなくなったの覚えてる?」
「あぁ、覚えてる。」
「あの時ほんとは隣のテーブルにいた人たちのなかに、昔の彼氏がいたんだ。」
ユンは
「えー!そうなの?変だと思った。」
と興味津々のまなざしでこっちを見る。
「ユンには、どうしても忘れられない人っている?昔付き合った人の中で。」
ユンはうーんと考えながら
「いるかなぁ?そんな人。」
と答えた。
「私にとって忘れられない人っていうのが彼だったんだ。ホントに素敵な恋愛だった。たぶん人生の中で一番。でもなぜかどうしても一緒にいられなかった。」
私はこの話を遊覧船に乗る前にユンに聞いてもらいたかった。だからこんな遅い時間に呼び出したのだ。
「大切に大切に付き合ってきたのに、何で一緒になれなかったんだろうって、10年以上たってもずっと頭から離れないの。」
私は、彼と自分の間に起こったすべてのことを話して聞かせた。
ユンは途中から腹這いになり、頭を起こして話に聞き入っていた。
最後まで聞き終わるとユンは言った。
「映画みたいな恋愛だねぇ。」
うっとりと天井を眺めていたが、物憂い口調で独り言のようにつぶやいた。
「もし彼が約束通り日本に帰ってきてまた一緒にいるようになってたとしたらどうなったんだろうね?だって彼が写真に撮った楓の姿は本当のあなたじゃなかったんでしょ?でも彼は楓をそういうイメージでとらえてたわけじゃない?一緒にいるようになったら本当の姿はそのうちばれちゃうよ。そんな楓を知っても好きでいてくれたかな?」
ユンの口調は優しいが、言っていることは厳しかった。
「それは…。」
私は、答えにつまった。
「お互いの本当の姿を見せあって、いやになって別れることがあるかもしれない。あなたと彼の場合、その覚悟がないと難しかったと思うよ。お互いいいところしか知らないんだから。」
ユンのいう通りだ。後悔すべきは、彼を遠ざけてしまったことではなく、本気で対峙する勇気がなかったことかもしれない。ユンが続ける。
「あの頃の楓は、その写真通りのイメージになるように演技してたんでしょ?今度は演技しないでありのままの自分で会いに行きなよ。楓は今の自分ってどう思う?好き?嫌い?」
ユンは真面目な表情で尋ねた。
「生きにくくて、いびつで、やっかいな性格だけど・・・自分のこと好きだね。ほかの人になりたいとは全然思わない。」
私が答えると、ユンは
「良かった。」
と笑った。
ストンと心にひかっかていたものが落ち、目の前が開けた。そう、ユンの言った通りだ。明日は自分にうそをつかないで向き合ってみよう。そうすれば何かが変わるだろうか?もう切ない別れの夢にうなされなくて済むかもしれない。
私は、駿に見てもらいたい自分を演じていた。でもそれは全く虚像の私ではない。自分の中にある健康な部分、そこだけをつなぎ合わせて見せていただけだ。私の中にも健康で、おだやかで、元気で、そんな自分だって存在する。だから駿が見ていた私は、まるきり嘘の私ではない。言い方を変えれば、自分でも忘れかけていた健康な自分を駿が引き出してくれたとも言える。
ふと、私も駿の本当の姿をちゃんと見ていたのだろうかという疑問が浮かんできた。一度目の別れを告げた時、彼はこういった。
「楓も実は俺の内面をわかってないからね。」
もしかすると私も彼の本当の姿から目を背けてはいなかっただろうか?
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