第15話 抜け落ちた写真

 一緒に過ごしていた夏、駿が撮ってくれた写真はすでに私の手元にはない。でも目を閉じれば、ある1枚をはっきり思い出すことができる。それは高架橋の上で風に吹かれている私の写真である。

 やわらかい風に短い髪をなびかせ、心地よさそうに少し微笑む私がいる。写真の中の私はとても幸せそうに見える。心の中に抱える闇やとげとげしいものは全く感じさせない。


 あれは彼が見ていた私の姿だ。いや、私が見せようとしていた私の姿かもしれない。時折、彼が私の闇の部分を感じ取っていて、あえて目を背けているのではないかと感じることがあった。もしそうだとするなら、あの写真は、彼が描く理想の私だったのだろうか。


 フランスで活動を始めてから、時々彼の作品について感想を求められることがあった。一生懸命私なりに感じたことを伝えてきたのだけれど、今になって気づいたことがある。

 彼の写真には、何かが足りないのだ。光や物体の写真についてはまた別の見方があるのだろうけれど、景色や人を撮った作品については顕著にその傾向が見られた。確かに美しくはあるが、それ以上何も心に入り込んでこないのである。


 以前、同じように写真家を目指していた友人が、自分の恋人の写真を撮っているのを見た。それはシャワーを浴びた後の女性が、濡れた髪のままベッドに座っている写真だったが、何とも言えない色気と恋人にしか見せない彼女の一面が垣間見えて、見るものをハッとさせた。この二人はよく激しいケンカをしていたし、特に彼女は自分の思いを率直に相手にぶつける人だった。作品には、愛しさや憎しみや激しさを共に感じあった二人の関係があふれ出していた。

 

 駿は決してクールな人間でも淡白な人間でもない。どちらかといえば内に激しいものを秘めている人だと思う。なのにどうして作品にはそれが現れてこないのだろう。


 彼が写真を撮り続けるのであれば、このことは彼に伝えてみたいと思っていた。でも彼は最近写真は撮っていないという。彼の身に何が起こったのだろう。夢を諦めるほどのなにかがあったに違いない。



 

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