第11話 対峙

 ナツメ茶を前に置き、しばらく物思いにふけっていた私は、再び駿に呼びかけられ、あわてて駿の顔を見直した。駿は視線をテーブルの上に落としている。

「大変な思いをして送ってくれたビール、お礼も言わずにほんとにごめん。」

思いのこもった声だった。

「あの時俺・・・」

言葉を継ごうとした駿を私はとどめた。

「いいよ、今さら。何年前の話だと思ってんの?今の話をしようよ。今なんの仕事してるの?」


 実のところ、私は駿の言葉の先を聞く勇気がなかった。おそらく、あの頃すでに駿は私との関係を続けることに限界を感じていたのだと思う。私にも薄々わかってはいた。でもそれをはっきり言葉で伝えられることはとても耐えられることではなかった。だから私は先にこちらから彼を遠ざけたのである。これ以上自分が深手を負うことのないように。

再び会うことがあれば、本当のところどうだったのか、聞いてみたいと思っていた。

けれど今、まさにその答えが聞けるという時に私はまた逃げてしまったのだった。まだ引きずっているのは私の方じゃないかと思うと自分にあきれてしまう。 


「俺は今、アパレル関係の仕事してる。フランス語が話せて便利だから海外の出張の時は連れて行かれるんだ。韓国とフランスのブランドとコラボしようというプロジェクトがあって、その打ち合わせに来たんだよ。」

彼は昔から洋服にはこだわりがあったし、パリであった時はより一層垢ぬけた印象だった。

「ぴったりの仕事が見つかってよかったね。」

私は心からそう言った。


「私は友達に誘ってもらって精神科の勉強に来たの。まぁ気楽に観光気分で参加できるものだから仕事とは言えないけど。」

私の説明を聞いて、駿は嬉しそうに微笑んだ。

「なんか充実してそうだね。」


 それからは二人で取り留めなく仕事の話をした。しかし、お互いのプライベートな生活については一切触れなかった。結婚しているのか、恋人はいるのかといったようなことは普通自然と話題にのぼることだが、なぜかお互いにその部分を避けているようなところがあった。


「ところでさ、楓が昔くれた手紙に遊覧船のこと書いてなかった?」

よく覚えているな、と私は驚いた。

「漢江遊覧船のこと?あぁ、手紙に書いたね。いつか一緒に乗ろうって。」

「帰るまでに乗りに行こうよ。奇跡のタイミングで再会したってことは、あの船に乗れという神様のご指示かもしれないよ。」

確かにそうだ。ゆかりのあるソウルで再会するなんて奇跡としか言いようがない。果たせなかった約束を果たすために、神様が機会を与えてくれたのかもしれないと私も感じた。

「いいね、行こう。研修が終わる日にヨイナル公園で待ち合わせして乗ろうよ。私、一度江南の夜景が見たくてさ。前に乗った時は片道だけだったから、ヨイナルに戻れなくて夜景見逃しちゃったの。」


2日後、夕方5時にヨイナル公園で会うことに決めた私たちは店を出た。夕闇が迫る中、この再会が暗示するものについて思いを巡らせながら、行き交う人々の波に埋もれていった。


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