第12話 寄せては返す波
時は遡る。看護学校2年生の夏休みは短期留学のためソウルに滞在していた。
看護学校の2学期が始まった頃、駿から以前よりも頻繁にメールや電話が来るようになった。あやしい店で買ったテレホンカードを使うと、なぜか8時間くらいしゃべってもまだ余裕があるというのだ。
駿は公衆電話から日本にかけてきて、一晩中話をする。かなり寒くなってからもそれは続いた。駿とは8時間でも9時間でも話が続いた。身の回りで起こった出来事や、仕事のこと、看護学校の話・・・話題が尽きることはなかった。
そんな風にして迎えたお正月のことである。同じように何時間も電話で話した後、一度電話を切ったのにまたすぐにかかって来た。何か言い忘れたことでもあるのかと電話に出ると
「楓。」
名前だけ読んでそのまま言葉を発しない。
駿が言いよどむなんて滅多にないことだった。私は息をつめて次の言葉を待った。
「俺さ、ずっと楓のこと好きでさ、そう長くない将来に日本に戻るから、待っててくれないかな?」
驚きと同時に、今まで味わったことのない幸福感がこみ上げてくる。震える声で私は答えた。
「わかった。待ってる。 」
フランスと日本に離ればなれになってから2年以上が過ぎていた。
けれど、結局私は待つことができなかったのである。看護学校の最後の年、実習や卒業論文のストレスから、心身に不調をきたすようになった。身体も心もクタクタで、一人でいると震えがきた。ずっと後になってからわかったことだが、その頃じわじわとうつ病の症状が出始めていたらしい。街を歩いていても心臓がドキドキする。得体の知れない不安が沸き上がってきてどうすることもできない。
そんな中、駿は相変わらずマイペースに過ごしていた。メールをしても数週間返事がないこともざらだった。いつもいつも連絡を待ち続けることに耐えられなくなった私は、ついに自分から別れを切り出した。彼はあっさりそれを受け入れた。
頼れる人を探しては見つからず、果てのない場所をさまようような日々が続いた。重い身体を引きずって学校へ行き、病院の実習に参加した。ゴールまであと少しだが、もう限界だ、そう思った頃、再び駿が電話をくれたのである。まるで私の命の危険を察知したかのように・・・。
駿との絆が再び繋がってから、私はまず自分を立て直す決心をした。傷んだ心身を回復させなければと、心療内科を受診し、処方された薬を飲み始めた。駿とは以前のように、時折電話で話をした。危うい綱渡りのような毎日ではあったが、私は何とか国家試験までたどり着くことができた。
卒業式が終わり、就職するまでの短い間だったが、私は一大決心をした。
パリへ行って駿に会おう。今の自分ならきっと大丈夫だ。きっと対等に向かい合える。そしてもう一度やり直したいと自分から伝えよう。私は心の中でそう決めていた。
卒業式を終えた翌日、私はフランスへ発った。
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