第4話 過去に光が差し込み、

 司書さんから王都ブレバラから客人が来るという話を聞いてから俺はすぐに家に帰った。

 

 明日、禁書庫の扉が開くというのならその機会を逃すわけにはいかない。

 司書さんが禁書庫に入れるということは、中に入ること自体は俺にも可能だと考えられる。

 問題はどうやってバレずに「ピオニロ」を探しだすかということだ。

 

 気配を断つ魔法がないことはないが、相手は王都からやってくる人間だ。

 生半可な魔法では看破されてしまうだろう。

 さて、どうやって禁書を手に入れようか。

 

 などと、家の中で思案しているといきなり玄関のドアが開かれた。

 そこには赤い長髪の女性が俺をごみを見るかのような目で見降ろしていた。


「あんた、この時間に家でごろごろしてるなんて。腐ってるのは頭の中だけじゃないようね」


「お、おう、イマルか。久しぶりだな、卒業以来か。お前はなんでここにいるんだ? 仕事のほうはいいのか?」

 

 イマルは俺と大学と同期で知り合ったやつだが、口の悪さは大学を卒業してからも変わらないようだ。

 まぁ、国家魔術師であるイマルからすれば俺は腐って見えるのかもしれないが。


 イマルと俺では生まれた時から魔法の素質も与えられている権利も一般人とは比較にならないのだ。

 とにかく、王都で働いているイマルがなぜアスタムにいるのかがわからなかった。

 

「もしかして…… クビか?」


「あんた、大学時代よりさらに馬鹿になったんじゃない? 私はこっちに明日から仕事があるから前入りしただけよ」


 相変わらず遠慮のない物言いだ。

 せっかくの美人なんだから黙っていればいいのに、この調子では王都でも周りから怖がられているだろう。

 さて、仕事なのは分かったが、なぜ彼女は俺のもとを訪ねてきたのだろう。


「それで何の用で俺に会いに来たんだよ。そういや、なんで俺んちしってんだお前」


「うるさいわね。用でもなければあんたに会いに来るわけないでしょうが。あんた、明日から私と一緒に動いてもらうわよ」


 何を言ってるんだこの女。

 だいぶ失礼なことを言ってることについても一言申し上げたいが、後半のほうがより聞き捨てならなかった。

 

「え? なに、俺がイマルと仕事? どういうこと、何をしようって? というかなんで俺?」


 急すぎてまったくわからない。

 イマルはエリートで、俺はなんとなく魔法探求をしているだけで。

 その俺がなぜイマルと一緒に仕事をすることになるのか。


「私だってあんたと別に仕事がしたいわけじゃないわ。あんた、卒業の時に学会にふざけた論文を出したでしょ」


 アスタム大学を卒業する生徒は例外なく自分の研究分野について論文を書いている。

 俺は「魔法の一般化における危険性」という新魔法とは関係ない割とまじめな論文を書いていた。

 

 内容としては、今まで戦闘で使われていた魔法を一般に普及することによって生まれる危険性について想像力豊かに書きなぐったものだ。

 

 内容の評価は『神秘について語るとき、それを使うものは理論的でなければならない』という辛辣なものだったが、俺はわりとマジに書いていたので受けたショックは割と大きかった。


「俺の酷評された卒業論文が今更どうしたっていうんだよ。あれに書かれてるのはあくまでも俺の予想で根拠もろくにないんだぞ」


「そのあんたの根拠のない予想が今王国を悩ませている現象と一致しているのよ。だから、あんたの意見を聞いて問題の解決に当たれって私に命令が来たのよ」


 イマルの目は真剣だった。

 考えてもみれば国家魔術師が動いている時点で冗談のはいる余地はないのだ。


「俺のほかに予想してるやつは沢山いると思うんだが、どうしてその中で俺なんだ?」


 たしかに突飛な考えだったが世の中は広い。

 俺だけが考えているなんてことはないだろうと思って質問してみた。


「確かに似たようなことを問題として考えている魔術師はいたわ。でも、あんたの論文が一番信用できるって判断されたのよ。上の連中も全く見る目がないわ」


「俺が一番ビビってるよ……」


 どうやら俺が本当に選ばれたらしい…… まったく信じられない。


「で、俺は具体的に何をすればいいんだ? 実地調査は自信ないがお前がいるなら大丈夫だろうな」


「あのね、実地調査で問題が解決するなら何回だってやってるわよ。あんたは私と一緒に明日図書館に行くのよ。朝から動くから準備しときなさいよ」


 イマルはそれだけ言い残すとさっさと出て行ってしまった。

 

 俺はというとあまりの都合のいい展開に頭が追いついていかず、しばらくの間放心していた。

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