第3話 歴史には影が差し
紙の生産地、王都ブレバラより西の乾燥地帯デゼルトでの雨により、紙の値段が上がった影響は紙以外の商品にも表れていた。
契約に必要な紙の値段が上がったため、取引される商品も多少であるが値上がりしたのだ。
紙はデルセト以外の場所では生産できないため、しばらくは値上がりは続きそうだった。
「ったくよ、なんでまた乾燥地帯で雨が降るんだよ。こっちの財布のほうが干からびちまうよ」
サイガは相変わらず図書館に閉じこもって、新魔法式を探す手がかりがないか本を片っ端から読んでいた。
さすがに何の情報も得られないという訳ではなかったが明確な情報は少なかった。
いくつかの断片的な情報をまとめると、当時魔法式を開発するために用いられていたのは現在では禁書になっている「ピオニロ」という名の魔導書だったらしい。
ピオニロは名前こそ出てくるものの記述の少なさから、実際にそれを使って魔法式を作り出した人間は大戦より前はごく限られた人数であることも推測された。
やはり、大戦が始まる前は魔法開発は管理されていたのだ。しかし、大戦が始まり魔法開発は急速に激化。
そして、天罰の魔法と呼ばれるプラーゴが現在のグローラ王国で開発され、大戦が終わった。空間の圧縮と解放を起こす魔法と言われているが、どれほどのものかは魔導書が禁書指定されている今となっては俺に知る術はなかった。
「司書さん、やっぱ禁書庫見せてくれない? 鍵開けるだけでもいいからさ」
「だめだねぇ。禁書庫の鍵は国家魔術師がいないと開かないようになっているからね。まぁ、魔術師が中にいる時には私も入れるから誰でも入れるんだろうけどね」
俺は舌打ちをして、資料をまとめたメモを眺める。ここにある情報をいくら眺めたところで、禁書なしでは魔法開発など不可能なのだろう。
調べてみると禁書にされた理由もよくわかる。
ピオニロがもし、今誰かの手に渡ったとしたら、間違いなくろくでもないことに使われるに決まっている。
俺のように純粋に魔法式を開発する人間は少ないのだろう。
まず、新たに魔法を開発することは絶大な名声と地位を手に入れることと同義だ。
そうなれば、人はその力を欲して小競り合いを始めるだろう。
さらに、どんなものであれ魔法を開発したとなれば、隣国との緊張が高まることは必至だ。
「司書さん、俺が魔法開発して、欲に駆られたら止めてくれよな。俺、司書さんの事なら聞くと思うから。俺の魔法で誰かが傷つくのは嫌なんだ」
このアスタムには友人もいるし、司書さんともまだ話をしたかった。
心からの言葉だった。
しかし、それとは別に俺はなんとしても魔法を開発したいという欲求があった。
「そういうのは開発してから心配するものですよ。あ、そうです。サイガ君、明日は王都から客人が来ますから図書館は休館させてもらいますね」
やっぱり食えない人だ。
俺は、散らかした本を書架へ戻しながら、あくまでも平然となぜアスタムの図書館に王都の人間が来るのか聞いてみた。
「先日の紙不足の件でね。王都のほうでも紙が不足しているらしいから対策のためにだってさ。あ、これは内緒で頼むよ?」
「分かってるって。そんなことが知られたらこの図書館に紙不足対策ができる物があるって分かっちゃうもんな」
そう、デルセトの状況をどうにかしない限りは紙不足は解決しないはずなのだ。
おそらく、禁書を使わない限りは。
俺は最後の本を書架に入れて、司書さんに礼をする。
司書さんは見向きもせずに忙しそうにしている。
しかし、その口元は緩んでいるように見えた。
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