第2話 書物は埃をかぶり
「おい、おっちゃんこの値段で紙を買っちまったら俺は今週一週間は飯にありつけなさそうなんだが?」
「ふん、これでもここらへんじゃ一番値を抑えてるんだ。これ以上はまけられないね」
足りなくなった紙を市場まで買いに出てきたら、値段がアホみたいに高騰していた。
なんでも雨が続くせいで、紙を乾燥させられないんだそうだ。
魔法で乾かせばいいとも思うが、魔術師を雇うには金が要る。
そのうえ、雇った魔術師も膨大な紙の前では雀の涙ほどの効果しかない。
いっそ燃焼系の魔法を唱えたほうが早く済むだろうと考えてしまうのはそういった職に就いていないから言えるのだろう。
俺は仕方がなく最低限の枚数の紙を買って、また図書館に帰ることにした。
アスタム大学都市。
グローラ王国の王都ブレバラの東に位置する都市アスタムはもとはただの農村だったらしい。
大戦の影響で人があまり住んでいなかったが、戦争のあとで大学都市として開発され、俺もここを卒業していた。
都市には大学、付属の教育機関、居住スペース、商店があり、学生やその家族と教員などが暮らしていた。
卒業後も探求生としてなら引き続き生活することができ、俺も都市の端の古い集合住宅にお世話になっていた。
そして、俺がここ最近通い詰めているのがアスタム大学に付属している図書館。
ここは大戦中の記録が王都に次いで所蔵されており、俺は大戦を終結させた魔法を発見する経緯を記した本がないか目を皿にして探しているのだった。
俺はもう何度通ったかわからない図書室の最奥の書架へ向かう。
そこには解読不能や魔法学の研究についての書籍がまとめてあり、禁書の対象とならなかった魔法式の発見に関する記載があるとすればここだろうと俺はあたりをつけていた。
「司書さーん、戻りましたよー」
「なんだ、もう帰ってきたのか。もっと寄り道をしてきてくれると思ったのに」
釣れない返事が返ってくる。
彼はここの管理を任されている司書で、俺よりも十歳は年上のおっさんだが本人に言うと怒るので俺は司書さんと呼んでいた。
「いや、紙の値段があがっちゃってて遊ぼうにも金がなくなっちゃって。なんでも雨が続いて紙が乾かないそうですよ」
司書さんと俺はほぼ毎日会っているし、司書さんも俺ぐらいしか話し相手がいないのであろう、すっかり打ち解けてしまっていた。
「ははは、なるほどそれで早いお帰りだったわけだ。しかし、紙の値段が上がるとなると大変だねぇ」
司書さんは蔵書の確認作業の手を止めて、考え込んでいる。
俺が不思議そうに見るのに気づいて、意地の悪い顔をして尋ねてきた。
「おやおや、探究者様はお金の流れには詳しくないようですね?」
「うっ、値段が高くなること以外に困ることでもあるのか……?」
俺の答えが思った通りの間抜けな回答だったのか司書さんはにやりと笑う。
悔しいが社会学は苦手な分野であまり講義をとっていなかったため、大した知識を持ち合わせていない。
「いやいや、探究者様にわたくしめの知識が披露できる機会があるとは身に余る光栄。では、説明いたします。
まず、紙の用途ですが実に様々です。しかし、それはどれも記録を残すという目的で使われています。契約にしろ記録にしろ後で確認するために紙を使うわけです」
俺も学生時代の気分に戻り、司書さんの話に耳を傾ける。
「記録の面でいえばそうです、この建物の中に所狭しと所蔵されているこの本がもっともたるところでしょう。さて、当然のことながら紙の値段が上がれば本の値段が上がるのも当然といえるでしょう」
なるほど、それで作られている本まで値段が上がるというのであれば、貧乏な魔法学生たちは新しい魔法書や探求雑誌が出たところで買えなくなるかもしれない……
「あ」
「お分かり頂けたようですね。まぁそれだけではないんですが」
貧乏な学生が買えないのなら当然、俺自身も本を集めることもできない。幸い古い本は図書館で閲覧できるが、最新の情報を手に入れるためには今までよりもさらに大きな出費をしなければいけない事に今更気づいたのだった。
新魔法式を探す道のりはさらに厳しさをますばかりだった。
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