第3話犯人を捜せ!
「おはよう! そよちゃん!」
閉まりかけたエレベーターにひょいっと飛び込んできたのは、同じ7階に住むブンちゃんだった。
本名は君沢ゆう。うらやましいほどに白い肌にさらさらヘヤーの美少女(?)な男の子だ。
小食なので、給食のごはんをいつも「半分で!」とお願いするから、いつのまにか「ブンちゃん」と呼ばれるようになった。
赤ちゃんのときから「そよちゃんの食べっぷりを、ゆうと交換したいわ~」とゆうママがなげいていたそうだ。
わたしはいつも給食完食組だものねえ。
そういえば、ブンちゃんのもうひとつのあだ名は……。
「ねえ、ブンちゃん。短歌って知ってる?」
「知ってるよ!」目をきらりと光らせてブンちゃんは
「57577のリズムの詩のことでしょ。有名なのは百人一首。
俳句と間違われやすいけれど、俳句は575で季語がいるんだよね。
『万葉集』が日本最古の歌集。当時の貴族から農民まで幅広い人たちが、季節の移り変わりや恋愛について歌にしてるんだ。
57577をぜんぶ合わせると31になるから、ミソヒトモジと呼ぶこともある!」
マシンガンのような勢いで答えてくれる。
「さっすが雑学王!」
「まあね! 今年も<小学生雑学王座決定戦>の優勝を狙うボクには、かんたんかんたん!」
「その調子で、今年もがんばって! 大会、ママたちと応援に行くね」
「うん!」
「今年も司会はお笑いのココナッツ・ミルクが来るかなあ。楽しみ~」
「そよちゃん、目的はそっち!?」
ばれたか! なにかやさしい言葉でフォローしなければ、と思ったら、
「でも、どうしたの、そよちゃん。急に短歌だなんて。デコの次は短歌なの?」
ああ、そうだった。
「あのね、ケータイに短歌が送られてくるの。知らないアドレスからなんだけど」
あたしはケータイをぱくんと開いて、今朝届いたメールを表示すると、ブンちゃんに見せた。
<逃げることばかりうまくて気がつけばドッヂボールの最後のひとり>
「ほんとだ、ミソヒトモジになってるね」
「うん、昨日ママから教えてもらって。送ってくれる犯人をさがしているんだ。
でね、日本の伝統的な詩だっていうから……」
「日本の伝統、和といえば……」
「<和オタク>の、速水ゆりあ!!」
あたしとブンちゃんの声が、そろってエレベーターのなかに響いた。
2時間目のおわり、中休み。
あたしとブンちゃんは速水ゆりあの席にそっと近づいた。
白地に赤い金魚が泳ぐTシャツ、蝶の和柄プリーツスカート。
くるりとまとめた髪には格子模様のアクリルかんざしが刺さっている。
ふわりとゆずの香りがする。
「速水さん、速水ゆりあさん!」
大きな声で呼んだら、やっと本から顔を上げて、
「あら、高宮さんと、君沢くん。いま『美しい和の文化・茶のこころ』があまりにおもしろくて……。
なにか御用かしら?」
いろいろ和風な習い事をしているってウワサは聞いていたけれど、お茶まで興味を持っているとは……。
あたしも<スイーツ・デコオタク>だから人のこといえないけれど、速水さんの<和オタク>っぷりも相当なものだなあ。
「いそがしいときに、ゴメンね。じつは速水さんに聞きたいことがあって」
「なにかしら?」
「じつは、あたしのケータイに短歌が、」
といいかけたところで、速水さんのメガネがぎらりと光った。
「短歌!? わたし、短歌にも興味がありますの! 高宮さん、短歌にお詳しいのですか?
せひ教えてください!」
いきなりあたしの手をつかんで立ち上がった。
「いや、あたしが、じゃなくて教えてほしいのはこちらのほうなんだけれど……」
こ、このようすじゃ、犯人は速水さんじゃなさそうだなあ。
あたしは今までに届いたメールを見せて、事情を説明した。
「そう、何者かが高宮さんに短歌メールを送っているのね……。残念だけれど、私じゃないわ。
あ、そうだわ! 私、図書委員だから貸し出し当番のときに、誰か短歌の本を借りてゆく人がいないか、気をつけておくわ」
「ありがとう!」
「そして犯人がわかったら、私に短歌を教えてくれるよう、頼んでください。
ちょうど火曜日の午後なら空いてますから。
月曜は習字、水曜はお花、木曜は着付けに金曜は礼法。それから土曜の夜は日本料理を習っているので」
「す、すごいね、速水さん。みんなお母さんに習うようにいわれたの?」
速水さん、メガネをくいっと持ち上げて、
「いいえ、すべて私、自分から言い出しました!」
「ひえー、速水さん若おかみの修行してるみたいだね。
そうだ、今度日本文化の雑学、教えて!」ブンちゃん、すっかり尊敬のまなざし。
「ええと、じゃあ、速水さんも犯人探し、ヨロシクオネガイシマス!」
いっしょに探してくれる仲間が増えたのはいいけれど、ふりだしにもどっちゃったなあ。
てっきり短歌って聞いたときには速水さんしかいない! って思ったのに。
こりゃ、もももぷーのいうとおり、地道にケータイを見張ってるしかない、と思った瞬間、手のひらがぶるぶるっとふるえた。
送信者は<kirakira☆>!
「きた! 今ケータイ持ってるの、だれ!?」
ブンちゃんと速水さんが教室をぐるっと見わたす。
「あ!」とブンちゃん。
「でも、まさかそんな!?」と速水さん。
「え、どこ? だれ?」あわててふたりの見ている方向を見たらそこには……。
「吉川……美雨さん!?」
ま、まさか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます