第2話これって、タンカ?
千晶ちゃんとみおりちゃんにスイーツデコ・ミラーを渡した日から、ときどき不思議なメールが届くようになった。
文章ではなくて、なんとなくつぶやくような、短い言葉のメール。
<晴れた日は虹を作ろう たくさんの水でこころを洗っておこう>
<特別なちからを願ったあのころと普通のしあわせ願うこのごろ>
<ブランコで空けりあげる 神様が痛がるくらい 強く なんども>
送信者はいつも、
kirakira☆@keitaimail.com
うーん、だれなんだろう……。
「こころあたり、ぜんぜんないの?」
うん、そもそもママとぐらいしかまだメールのやり取りしてないし。
「返信、してみた?」
ううん。だって知らないアドレスには返事しちゃいけないって言われてるしね。
「そよぎのアドレス知っている人は?」
とりあえず、クラスの女子とはみんなアドレス交換したけど。
「じゃあ、そのなかの誰かなんじゃない?」
かもしれない。プールの授業のあとには、
<5メートルほどの永遠 泳いでも泳いでも壁に手が届かない>
っていうメールが来たし。
「メールの着信、気をつけて見ていればいいよ。そのときにケータイいじってる子が犯人だよ」
そうか、そうだね!
「ところでそよぎ。豆、おかわり!」
ああ、はいはい、とあたしはももぷーにピーナッツをわたした。
ももぷーはほお袋に豆をいれると
「これはいま食べないで、あとで食べるぶん~」といって巣箱へ帰っていってしまった。
ももぷーはわたしのペット、というよりともだち。
世界に3匹しかいないというピンク・ハムスター(♂)だ。
10歳の誕生日に、さくらおばさんがプレゼントしてくれた。
若いながらも(?)あたしのもとへやってくるまで、いろーんなことがあったらしく(その「いろーんなこと」のなかで人間の言葉も習得したらしい……)、
あたしよりしっかりしているので、ついつい相談相手になってもらっている。
「でもさ、そよぎ」
こんどは滑車を回していたももぷーが、ぴたりととまった。
「そのメールの言葉、なんかいいな」
ああ、ももぷーもそう思った? あたしも、なんかじんわりするの。
あたし水泳、ニガテだからさ、いつも最後のところでくるしくなって、もがいてももがいても25メートルなかなか泳ぎきれなくて。ほんと、永遠に壁にたどり着けない気がするもん。
虹のも、ブランコのも、そうそう! って思いながら読んだ。
送ってくれてる人、きっと悪い人じゃないよ。
話してみたらおもしろそうなんだけどなあ……。
「おれも会ってみたいぞ」
うん、がんばって探してみる!
「もっきゅ! がんばれ、そよぎ」
とそのとき、ノックの音とママの声がした。
「そよちゃーん、ひまだったら洗濯物入れるの、手伝ってー」
「えー、今いそがしいのー」
あたしはいちおうの反抗をこころみる。
「じゃあいいわよー。今日はそよぎのスイーツデコの参考になるかなーってママ、青山パティシエールのケーキ買ってきたけれど、ひとりでみーんな食べちゃうからー」
わああ、それは食べたい!
「はい! そよぎ、喜んでお手伝いさせていただきます!」
ベランダから取り込んだ洗濯物を、ママのとなりでたたんでゆく。
おひさまをいっぱいあびた、いいにおい。
ベランダから部屋の中に、夕日がさしこんで、ちょっと暑いくらい。
ここはマンションの7階だから、夕方のながめがとってもいいのだ。
そういえば、昨日あの不思議なメールで、夕方のがあったなあ……。
<ベランダはせますぎたから部屋にまであふれだしてる今日の夕焼け>
ベランダに赤いひかりがたっぷり満ちて、お風呂の水があふれだすみたいに、部屋に流れ込んでいる……。
うーん、まさにそんなかんじ。
あたし、つい口に出していっていたみたい。ママが、
「あれ、そよぎ、学校でもうタンカなんて習ったんだ」
ってびっくりしたようにいった。
「へ? タンカって?」
「今そよぎがいったの、57577のリズムになってなかった? もう一回いってみて」
「ええと、べらんだは せますぎたから へやにまで あふれだしてる きょうのゆうやけ」
あたしは足し算を始めたばっかりの子みたいに、指を折りながら数えてみた。
「ほんとだ、あ、でもさいごは8になってる」
「ちいさい<よ>は数えないから、7音で大丈夫。ほら、そうやって57577のリズムで自分の思いや風景を言葉で切り取るのが、タンカ。短い歌って書くんだよ。
1300年もむかーしから、日本で作られてるんだよ」
「へー、そうなんだ~。ママ、意外とくわしいね!」
「だってママこうみえてもブンンガクブですもの。そよが生まれる前は本ばーかり読んでたわよ」
「いまはヒマさえあればジョニーズのDVD見てるくせに~」
「ああ~、そうだった! もうすぐユウキくんのドラマの再放送の時間だ~」
ママ、洗濯物をすごいはやさでたたみ終えると、リビングへと消えてしまった。
そうか、不思議なメール、短歌だったのか。
昔から日本で、ということは……。
あたしの頭には、クラスメイトのある女の子の顔が浮かんでいた。
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