第4話

 絶句する僕たちにローリア、いや、ノーチェはこの想区のあらすじを話してくれた。



 太陽の光を浴びれば死んでしまう。そんな呪われた種族の住まう地下の世界に、とっても好奇心旺盛な女の子が住んでいました。

 その女の子の名前はノーチェ。

 

 ノーチェがまだ幼かった頃、珍しく外から旅人さんがやってきました。彼女は初めて会う外の住人に大はしゃぎし、すぐに2人は仲良くなりました。

 旅人さんが語る外の世界の話にノーチェは興味津々。語り聞いた世界は、彼女の住まうそことはまるで違い、キラキラしていて、何より自由でした。

 旅人さんが去った後もその話が忘れられず外の世界に強い憧れを抱きます。


 —―私もいつか、陽の光溢れる世界へ行ってみたい—―


 でも、その願いが叶わないことも充分に理解していました。


 やがてノーチェは少女へと成長し、せめて夜の間だけでも…と何度も何度も陽の落ちた外界へ出かけます。でも、それだけでは彼女の好奇心を満たすことはできませんでした。

 ノーチェはある日、ついに昼間に外の世界に出かけることを決意します。

 真っ黒な雨傘と、旅人さんにもらったサングラスを装備して、なるべく雲の多い日を選び、彼女は昼の世界を探検し始めます。

 そうして探検を繰り返したある日、彼女はキラキラと光り輝く太陽の欠片をみつけます。直視したことはないけれど、それはまぎれもなく太陽の子供であると彼女は直感します。


 その太陽の欠片は彼女を焼き尽くすことなく優しく照らし、陽の届かない地下の世界に持ち帰っても輝きが衰えることはありませんでした。


 ですがその夜、ノーチェが昼の外界へ出ていたことがついに周囲に知られてしまいます。彼女は暗い部屋の中に閉じ込められ、一歩も外へ出ることができなくなってしまいました。だけど彼女には太陽の欠片がありました。昼の外界に出ることはもう叶わないけれど、その欠片の光さえあれば彼女は満足でした。


 それから数日後、彼女は気づきます。欠片の光がだんだん弱くなっていることに。

 日を追うごとに弱くなる光を見つめて、彼女はある考えに辿り着きます。自分とは真逆で、この欠片は夜の世界では暮らしていけないのではないか。太陽の光がなくては死んでしまうのではないか――と。


 決心した彼女は真昼、見張りの目を盗み部屋を抜け出し、追っ手の追従を払いのけ、外の世界へ走ります。いつも身に着けていた、太陽から彼女の身を守ってくれていた装備はもうありません。太陽の欠片だけを手にして、陽の光溢れる世界へ、ノーチェは飛び出していくのでした―――



「そうして太陽の欠片は無事に自分のいるべき世界へ帰り、彼女は灰になって消えてしまいましたとさ。おしまい」



 何とも言えない物語の結末に、僕たちは全員言葉が出なかった。

 この想区の運命を元に戻す。ということは、つまりそういうことだ。


「だからこの想区の住人は、このお話を戒めとして、絶対に昼の外界に憧れを抱いたりしない。太陽も、外から来た人間も、みんな自らの身を滅ぼす、忌むべきものだから」

 ノーチェは実に淡々とした口調で続ける。感情的にならないように、わざと感情を切り離しているようにも見えた。


「…でも、あなたは運命の書に書かれた通りに死ななかった。それはなぜ?」

「レイナ!」

「いいんです。変に気を使わなくて大丈夫。

 太陽の欠片を地上に返す途中で、旅人さんに会ったんです。皆さんと同じように、想区から想区へと旅をしている人」

「…空白の書の持ち主が関与してたって訳ね。想区の運命は、そう簡単に変えることはできない。でもストーリーテラーの影響を受けない空白の書の持ち主ならば話は別」

「そうらしいですね。彼女は私にこう言いました。このまま死んでしまって本当にいいの?私だったら、あなたを助けてあげられる。運命の輪の外に連れて行ってあげられる。って。…それで、私、太陽の欠片をその人に託して、外には出なかったんです。そのまま誰にも見つからずに、私がノーチェだって知っている人のいない所に逃げられたら、あとはそのままそこで第二の人生を送れば良いって。でも…」

「うまくいかなかった?」

「はい…。数日はなんとかなったんですが、結局は私の事を知っている人に見つかってしまって。ノーチェがまだ地下世界で生きてる。って、瞬く間に想区中に知れ渡ってしまいました」

 失敗しました。と、彼女は苦笑いを浮かべる。

「それで、この想区の運命を元に戻そうとして、ヴィランが発生したって訳ね」

「…あとは皆さんもご存じのとおりです。私は地下の住人とヴィラン、両方から追われて、隠れていたところに皆さんが現れたんです」

「あの時のヴィランはあの青年じゃなくて、あなたを追って現れたのね」

 うんうん。とレイナは納得がいったように頷く。


「…私、皆さんにたくさん嘘をつきました。私が主役じゃない、主役とは面識ないとか。地下の人たちとなるべく鉢合わせしないように、あまり人の来ないような場所をわざと案内して、時間も本当は昼なのに夜って言って。それで…それで、皆さんの目的を知って……怖くなって、黙っていなくなったんです」

 ノーチェの声が震える。

 僕たちの目的が想区の運命を元に戻すことだと知り、自分が主役で本当はもう死んでなければいけない事がバレたら殺されると思ったのだろう。ヴィランからも、想区の住人からも追われ、命を狙われる。信じられる人は誰もいない。それは、ひどく孤独で辛かったのではないだろうか。


「でも、皆さんは私を助けてくれました。私が主役だって分かっても。あのヴィラン達は運命を戻すために、私を殺そうとしていた。そのまま見殺しにもできたのに、それでも助けてくれました。だから私…

 …本当にごめんなさい!勝手なことして、迷惑をかけて、ごめんなさい…!」


 深々と頭を下げて、謝罪の姿勢のまま動こうとしない彼女にレイナは優しく語り掛ける。

「頭を上げて、ノーチェ。私たちは別に、怒っているわけじゃないの」

「そうだよ。突然いなくなって心配したけど、無事にこうやって再会できて本当に良かった」

「でも私…皆さんを騙して…」

「ま、殺されるかも、って思って取った行動ですしね。気にしてませんよ」

「このタオ・ファミリーにそんな器のちいせぇ奴はいねーよ」

 涙声に対して、あっけらかんとシェインが答え、タオが豪快に笑い飛ばす。

「…私を、殺さないんですか?」

「殺さない。少なくとも、あなたの意思を無視して無理やり…なんてことはしないわ」

 レイナもきっぱりと言い放つ。

「他にも想区を元に戻す方法があるかもしれないし、一緒に考えよう」

 そういって手を差し出す。ノーチェはおずおずと顔を上げ、僕の手を取った。琥珀色の瞳は涙で濡れ、くしゃくしゃの顔で彼女は微笑んだ。

「…はい。ありがとうございます」




「…と、こんな感動的シーンの途中で邪魔が入ってきたようですね」


「…クルルルゥ…」


 見ると、広場には新たなヴィランが続々と集まってきていた。

「まったく、空気の読めないやつらだぜ」

「えぇ、どうやらお仕置きが必要みたいね」

 素早く栞を取り出し、ヒーローとコネクトする。

「ノーチェは後ろに下がってて。すぐに終わらせるから!」



 広場のヴィランを一掃した後、いったんその場を離れる事にした。ノーチェの話だと、あの広場はすべてのエリアに通じるターミナルのような場所らしい。そのため色々な所からヴィランが集まってくる危険性が高いと判断した結果だ。

 今は昨晩過ごした部屋よりはいくらか狭い物置に身を隠している。扉はついておらず、入り口の上部2/3くらいが布で覆われている。そのため誰かが近づいてきてもすぐに警戒できる。


 物置部屋に着いてすぐにノーチェはうとうととしだし、ついには眠ってしまった。彼女を起こさないように、小声で僕たちは話し始める。

「ぐっすり眠ってるね。安心したのかな?」

「今まで相当気を貼っていたんでしょうね。昨日もあまり寝てなかったんじゃないでしょうか」


 僕はふと、気になっていた疑問をレイナに投げかけた。

「レイナはローリアが本当の主役だって気づいてたの?」

「確証があったわけじゃないけどね。言動に不自然な点があったし、もしかしたらそうかも、って。というか、気づいてなかったのはエクスだけだと思うけど」

「え?そうなの?」

 驚いてあとの2人を見やると、何だかばつが悪そうにしている。

「まぁ…予想はついてたな」

「周りの人がヴィランになるのに、彼女だけが無事ってのも怪しかったですし」

「…だったら教えてくれれば良かったのに…」

「そこが坊主の良いとこって事だな!」

 タオが親指を立てて笑う。僕は納得がいかなかったが、ここでその話を掘り下げるのも不毛な気がして口を噤んだ。


「想区って単語を私たちが言う前に知っていたのも気になっていたのよね…でもまさか私たちより先に別の空白の書の持ち主と出会っていたなんて…」

「ノーチェは彼女って言ってたけど、一体何者なんだろうね」


 “彼女”の目的は一体何だったのだろうか。ノーチェを助けるため?でもそれならノーチェが安全なところまで逃げるのを見届けるべきだろうし、空白の書の持ち主が想区の運命に介入すれば、その後ヴィランが発生するリスクも当然高まる。

 それも確認しないままさっさと次の想区に移ったとはどうしても信じがたい。

あまりにも無責任すぎる。

 想区の運命を変えればどうなるか知らなかったとか?それともまだこの想区内のどこかにいて、事の顛末を観察している…?


「そんなことよりまずは対処法だな。お嬢、これからどうする?」

「そうね…想区の運命を元に戻すには、やっぱり筋書き通りノーチェが昼の世界に出るのが一番なんでしょうけど…」

「おい!さっきと言ってる事が違うじゃねぇか!」

「ちょっと!声が大きい!ノーチェが起きちゃうでしょ。だからそれは方法の一つであって、無理強いはできないし、しないわ…あぁぁもう。私だってこんなこと言いたくないわよ」

 そう苛立たしそうに睨みつけるレイナに、タオは小さく謝った。


「僕たち以外の空白の書の旅人が元々しようとしていたように、ノーチェは死んだって噂を流して、どこかに逃げるとかは?想区の住人がみんなそれを信じれば、騒動は収まるし、一応元の筋書き通りになるんじゃないかな?」

「どうでしょうねぇ…一度それで失敗してますから、単純に口伝のみで広めるのは難しいのでは?ましてや、よそ者の言う事を素直に信じるとは思えません。想区の住人多数に目撃させるか、明確な証拠でもなければ、簡単には信じないと思います」

「それに、今回の騒動でノーチェの特徴や顔を知っている人が結構増えたでしょうしね。地下世界に身を隠して暮らしていくのはとても難しいと思うわ。…外の世界に逃げるわけにもいかないし」

「じゃあ一体どうすればいいんだよ?!」

「それをみんなで考えるのよ!!」

 レイナとタオがぎゃいぎゃい言い合いを始め、時折シェインが鋭い突っ込みを入れる。

 そうやってああでもない、こうでもない、と意見を出し合っていたが、すぐに議論は出尽くし皆無言になってしまった。



 いつまでも無言の会議を開いていても意味がないという事で、取り敢えず情報収集をかねて周辺の探索を行う事になった。僕だけ留守番兼ノーチェの護衛として残る。

 ヴィランが現れないか周囲を警戒しつつ、ノーチェを助ける方法をあれこれ思案したけど、良い考えは一向に浮かんでこなかった。


「うぅん…」

「あ、起きた?おはよう」

「…おはようございます…あれ?私、いつの間に眠って…ごめんなさい…」

「良いんだよ。きっと疲れがたまっていたんだね」

 眠たげな眼をこすって、懐中時計をチェックする。あぁ、こんなに寝てたんですね…とノーチェは自分自身にがっかりした様子で肩を落とした。


 それからようやく、周囲に僕しかいないことに気づく。

「他の皆さんは?」

「今、周囲の見回り中だよ」

「そうですか…案内なしで大丈夫でしょうか…?本来なら私が案内しなくちゃいけないのに…」

「そんな遠くまでは行かないはずだし、タオとシェインが付いてるから迷って戻ってこれなくなることはないと思う。大丈夫だよ」

「…はい。…あの…何か解決策は見つかりましたか?」

 遠慮がちに問われたその問いに僕は首を振って答える。ノーチェが眠ってから2時間近く経過していた。先刻はあんな風に希望を持たせることを言ったのに、実際には何もアイディアがない。口先ばかりで、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 それを聞いて彼女はがっかりするかと思ったが、そうですか~と意外とあっさりした返事が返ってきた。

「エクスさん。一つお願いがあるんですけど、良いですか?」

「?」

「皆さんは、今まで色々な想区を旅してきたんですよね?その、いろんな想区の話、聞かせてもらえませんか?」

「えっ?」

「あ!あまり旅の内容を詳しくは話せないなら、そこがどんな場所だったのかだけでも…暑いのか、寒いのか、どんな街並みだったのか、そういうことだけでも良いんです。お願いします」


 予想外の申し出だった。話してしまえば、また外の世界に惹かれ、結果辛い思いをすることになるのではないだろうか。僕は迷う。けど、そんな僕を見つめるノーチェの目は、真剣そのものだった。大丈夫です、と琥珀色がそう強く語っていた。

「そうだね…じゃあ何から話そうかなぁ。そうだ、砂漠って知ってる?僕もこのあいだ初めて行ったんだけど…」


 砂漠とオアシスの街があるアラジンの想区、凍てつく大地の雪の女王の想区、大きな風車がそびえたつドン・キホーテの想区、海が広がる宝島の想区、森に囲まれた赤ずきんの想区、

 そして、僕の故郷のシンデレラの想区の事。

 大きなお城があって、そこでは煌びやかな舞踏会が開かれて…

 ノーチェは琥珀色の瞳を子供のようにキラキラさせながら僕の話を聞いていた。


「舞踏会!って、聞いたことはありますけど、実際はどんな感じなんでしょうか?!」

「僕も参加したことはないから詳しくは分からないけど…お城の大広間で、楽隊の音楽に合わせて踊ったり美味しい食べ物を食べたりする豪華なパーティーみたいなものかなぁ。女の人はみんなきれいなドレスを着ておしゃれするんだ。想区中の女の人はみんな舞踏会に行きたがっていたなぁ」

「うわぁ…きっとものすごくキラキラしてて華やかなんだろうなぁ…」

 両手を合わせ、うっとりした顔でため息をつくノーチェ。やはりどこの想区でも、舞踏会は女の子の永遠の憧れなのだろう。


「キラキラと言えば、太陽の欠片はちゃんと地上に帰れたかな…」

「太陽の欠片って、空白の書の旅人に託したっていう?」

「そうです。こんな地下の世界でも光り輝ける不思議な石で。何時間見ていたって飽きない位、あったかくて、優しい光で。手に持つとほんのり暖かくて、すごく勇気をもらえるんです」

 まるで恋する乙女の様に彼女は語った。それだけノーチェにとって重要なものだったのだろう。

「本当なら私が地上に返してあげなくちゃいけなかったんですけど…」

 一瞬彼女の顔が曇る。でもすぐに話題を次へと移した。


「そうだ!エクスさんが住んでいたところは、どんな感じだったんですか?」

 そう言われて、叔父夫婦と一緒に暮らした小さな村の事を思い出す。

「うーん。特に特徴のない、小さな村だよ。森に囲まれていて、レンガ造りの家が並んでて、ちょっと小高い丘には領主様の大きなお屋敷があって…」

 そしてそこに、シンデレラが暮らしていた。僕の大切な幼馴染。


「そういえば、想区を出るまではカボチャ畑の世話をしていたんだ」

 シンデレラのカボチャの馬車。その元となるカボチャを育てていた。それが僕のささやかな誇りだった。


「カボチャなら、ここにもありますよ。外で栽培してるんです…けど、カボチャの花って、夜になるとしぼんじゃうじゃないですか…だから私、ちゃんと咲いている所見たことないんです……そういえばそろそろ花の季節でしょうか。もう咲いているかもしれませんね」

 見てみたかったなぁ…と残念そうに呟く彼女に、僕は適当な棒で地面に絵を描いて説明する。花弁は5枚。星型のような形の花。

「カボチャの花はこんな形でね…花びらの先がレースみたいにヒラヒラしていて…。わりと大きめの花だから、緑の畑の中にポツポツと黄色い花が開くと色合いがとても綺麗なんだよ」

「へぇ…!知らなかったです!…本当に私、まだまだ知らないことだらけなんですね」

「まぁ…僕は色々な想区を見てきたからね。レイナたちは僕よりも長く旅をしているから、もっともっと色んなことを知ってると思うよ」

「皆さん、すごいんですねぇ…」


 ノーチェはしみじみと感心し、何かを考え込むようにぱたりと押し黙る。

 彼女の質問攻めが終わったことにより、部屋の中にしばらくの静寂が訪れた。

 ただ眼前のランプを眩しそうに眺める彼女の相貌の中で炎が揺らめく。




「…ノーチェはこの地下の世界が嫌い?」


 言ってから、しまったと思った。沈黙に耐えかねてついそんな事を口走ってしまったが、彼女は特に気にすることなく応じてくれた。


「そんなことは…ないです。たしかに制限は多いけど、その分みんな支え合って一生懸命生きていて…私は好きです。好き…でした…。私が主役で、昼間に外に出てるって知られた後も、表面上は運命の書の通り冷たく接されましたけど…本当はみんな私の事を心配してくれているのが伝わってきて、とっても嬉しかったです」


「だから、私が死なずに生きていたって分かっても、みんな喜んでくれるんじゃないかって、少しだけ期待していたんです。…馬鹿ですよね。みんなが私に優しくしてくれたのは、もうすぐ死んじゃうからだったのに。運命の通りに灰になってしまうのが可哀相、ってただそれだけだったのに。運命の書に逆らった私なんて、誰も必要としてなかったのに…そんな当たり前のことにも気づかなかったなんて…」

「ノーチェ……君、もしかしてわざと…?」

 ノーチェは最初、失敗して想区の住人に見つかってしまったと言っていたけど、本当はわざとまだ生きていることを明かしたのではないだろうか?みんななら受け入れてくれると信じて…

 どうでしょう?と小首をかしげていたずらっぽく笑った。


 僕とノーチェは少しだけ似ている。

 死んでしまった両親に変わって僕を育ててくれた叔父夫婦はとても優しい人たちだった。

 ある日、この人たちになら打ち明けられる、そう信じて僕の運命の書が空白である事を告白した。優しい叔父夫婦なら、空白の書を持つ僕を受け入れて、これまでと何も変わりなく幸せな日々を送れる、と、そう思っていた。

 でも実際には、その日から彼らの態度は一変し、僕を邪魔者として扱うようになった。


 想区の住人にとって、運命の書は絶対で、それに従わないという選択肢は存在しない。

 誰もが抗うことなく、運命の書の記述通りに一生を終える。

 少しの疑問や不満を持ったとしても、仕方がないと諦め、折り合いをつける。


 だから、運命を持たないものや、運命の通りに行動しないものに対して徹底的に拒否反応を示す。僕やノーチェはその対象になってしまったんだ。




「あ、皆さん戻ってきたみたいです」

 

 突然そう言われて通路の方を見るが、特に変わりないように見えた。足音なども聞こえない。

 ?と思ってしばらく目を凝らしていると、入り口の先が徐々に明るくなってきた。ランプの明りが近づいてくる。

「よく分かったね」

「夜目が効く分、光には敏感なんです」

 素直に驚く僕に対して、彼女は年相応の笑顔で得意げに笑って見せた。


「おーい、戻ったぜ~。いやぁ、お嬢が迷子になるもんでちょっと時間かかっちまった」

 入り口の布をめくって開口一番、タオが軽い調子で戻りの言葉を投げかける。


「迷子っていうなぁ~!!って、ノーチェ目が覚めたのね」

「あ、はい!すみませんでした、こんな時に…」

 続いて入ってきたレイナはタオの言葉を受けてカリカリしていたが、ノーチェの様子を確認するとすぐに思考を切り替える。最後にシェインが戻ってきたのを確認してから、僕は偵察の成果を訊ねる。


「で、地下はどんな様子だった?」

「いやぁ…それはもうヴィランがうじゃうじゃと…」

「人にはまったく出会いませんでした」

「この状況は非常に危険よ。早く何か手を打たないとまずいわね」

 3人の報告を受けるに、この想区が想像以上に切迫した状況だと分かる。そんな中、おずおずとノーチェが切り出した。


「あの…ずっとこの状態のままだとどうなるんでしょうか?」

「…ヴィランがどんどん増え続けて、…最悪、この想区そのものが消滅してしまうかもしれない」

「やっぱりそうですよね…」


 レイナの答えを予想していたのか、ノーチェは特に驚いた様子もなく頷く。そして、何かを決意したようにまっすぐに僕たちを見つめた。


「私、この想区がなくなってしまうのは嫌です」


「だから、昼の世界に行きます」


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