第3話

 僕たちはローリアの案内でこの地下世界の主役「ノーチェ」の捜索を始めた。


 残念なことにローリアの持つランプもあまり照度の高いものではなく、依然として薄暗い中での捜索となったが、彼女にとってはそれで充分なのだという。

 霧を抜けて最初に僕たちが辿り着いた場所は末端の部屋だったらしく、繋がっている道も1つだけの単純な構造だった。しかし先へ進めば進むほど分岐が多くなり、横穴に加えて縦穴まで存在する立体的で複雑な構造になっていた。

 薄暗いのも相まってローリアの案内がなければ、レイナでなくともすぐに迷子になっていたであろう。

 

 僕たちはノーチェを探す道すがら、ローリアからこの世界についての説明を受ける。

「さっきのお兄さんも言ってたけど、私たちは呪われた種族なんです。大昔に太陽の女神様の怒りをかってしまったせいで、太陽の光を浴びると灰になって死んでしまうんです」


 まるでおとぎ話の吸血鬼みたいだ。そんなことを思っていると、考えを見透かしたかのようにローリアはいたずらっぽく続ける。

「吸血鬼という訳ではないんです。エクスさんたちの血を吸ったりはしないので、安心してくださいね?

 そして、そんな私たちを助けてくださったのが月の女神様。私たちは月の女神様から加護を受けて、こうして地下の世界で生きていけるようになったんです」

「そういえば、最初きた部屋に女神様の石像があったんだけど、もしかしてあれが?」

「あ、いえ。皆さんが来た方向からすると、それは太陽の女神様だと思います。怒りをお鎮めするための儀式が年に一度あって、そのための祭壇があるので。でもその儀式のとき以外は誰も寄り付かないんですけどね。それよりも月の女神様の石像の方が色んな所にあるし、みんな日々お祈りしています」

「なんつーか、えらい違いだな」

「まぁ呪いをかけた神様と加護を与えてくれた神様なら、後者の方が信仰の対象になるのは当たり前よね」


「じゃあここの人たちはみんなずっとこの地下の世界でだけ暮らしているんだね…」

 この狭い地下の空間で一生を終える。考えただけで気が滅入るが、それがこの想区の人たちの当たり前なのか…と思っていると、ローリアにあっさりと否定された。

「あ、いえ。太陽にあたらなければ大丈夫なので、太陽が完全に沈んだ後なら外に出ることもできますよ」

「あぁ、そっか」

「だから基本的に私たちは昼夜逆転の生活なんです。もし何か間違いがあって、陽の光に当たるといけないから、月の女神様に祈りをささげたり、畑仕事をしたりの用事がある人位しか外には出ないのが普通ですけど」


「そうそう、時間を聞きたかったの!今は昼?夜?外も見えないし時計もないしで、今が何時なのか全然分からなくって」

 レイナに尋ねられ、ローリアはえぇと…と言いながらごそごそとポケットを探る。取り出されたのは丸い蓋付きの懐中時計だった。

「…今は朝の7時ごろですね。普段なら、もうみんな居住エリアへ帰る時間帯です」

「え!じゃあローリアも帰らないとまずいんじゃ?!家の人が心配するんじゃない?」

「あ…それなら大丈夫、です…」

 途端にローリアの声のトーンが低くなる。

 大丈夫とはどういう事なのか分からず、無言で彼女から話の続きを待った。


「あの…さっきの怪物って、一体何者なんでしょうか?みんなあのお兄さんみたいに、突然怪物に変わってしまって…家族も、友達も、私が暮らしていたエリアのみんな、ほとんど…」

 ぎゅっと握った拳が震えている。一緒に暮らしていた皆がヴィランになって、襲われて、きっとそこから逃げてきたのだろう。

「…ごめんね。辛いことを思い出させちゃったね」

 謝る僕に彼女はふるふると首を振ってみせるが、その表情は硬く強張っている。


 そういえばこちらの事情をまだほとんど話していなかったと、レイナが簡単に説明してくれた。

「さっきの怪物は、ヴィランっていうの。世界に何か異変が起こった際に現れる。私たちはヴィランを討伐しながら、発生した原因を取り除いて元の世界に戻すために旅をしているのよ」

「ヴィランの発生する原因…?」

「原因は主に、運命の書に記されたストーリーからの逸脱ね。だからなんで逸脱してしまったかを調べて、原因を排除して、世界を元の運命に戻すの。そうすればヴィランもいなくなるし、ヴィランになってしまった人たちもみんな、元に戻るわ。

 おそらくこの世界での原因は主役の行方不明が関係しているはず…元々の運命にはなかったことなのよね?」

「あ、はい…そうです」

「他に何か、ローリアの運命の書とは違う事が起こったりしていないかしら?」

「…」

 レイナからの問いかけに返答がない。先程から言葉数も少ないし、今この想区で起こっている事にショックを受けているのかもしれない。

 心配になって彼女の顔を覗き込む。

「ローリア?」

「いえ。元の運命ですか…私はそんな、ただのモブですし、よく分かりません…お役に立てなくてごめんなさい」

「謝ることないよ。この世界の事を教えてもらって、案内までしてもらってるんだ。充分助かってるよ」

「それは良かった、です」


 彼女は笑って見せたが、それが無理して作った笑顔だという事は明らかだった。

 少し話題を変えようとぱっと思いついたことを話す。


「そういえば、ローリアは僕たちが外から来たって知っても嫌がったりしないんだね。さっきのお兄さんには随分と邪険にされちゃったけど…この世界ではあの反応の方が普通なのかと思っちゃった」

「あー…いえ。普通はみなさん、ああいう反応ですね。外の世界とは関わりあいたくない、って。関わりを持って、もし外の世界に興味を持ったって、行くこともできませんし。そういう戒めなんです。

 あとは、自由に昼の外界へ行き来できるのが羨ましい、妬ましいって気持ちがあるんだと思います」

「ローリアは違うの?」

「私は…小さいころから、想像するのが好きでした。太陽の光が溢れる外の世界の事。

 たとえ行けないって、行ったら死んでしまうって分かっていても。想像の中だったら、たとえどれだけ陽の光を浴びようと死ぬことはないですし、自由になれます。なりたい自分になれるんです…って、これじゃあ回答になってませんね」

「それ、なんとなく分かるな…私も小さい頃はなかなか外に出してもらえなくて。だから本で読むおとぎ話の世界に憧れて、よく想像してたっけ」

「へぇ~」

 苦笑するローリアにレイナが同意する。レイナが自分の昔の事を語るのは珍しい。しかしなんというか、さすがは箱入りお嬢様、という感じのエピソードではある。



「しっかしこの辺り、本当に人がいないわね~」

 確かに、既に何部屋も回っているが、部屋内はおろか通路にも誰もいないというのは不自然だ。

 ぼやくレイナにタオが軽口を投げかける。 

「もしかして、もう全員ヴィランになっちまったとか?」

「ちょっと!縁起でもないこと言わないでよ!」

「えっと、この辺りは太陽の女神様の祭壇と物置くらいしかないので普通の人は近づかないんです。だから逆に逃げるならこのあたりかなぁ~と。さっきのお兄さんも同じ考えだったんだと思います」

 2人のやり取りにハラハラしながら、ローリアがすかさずフォローを入れる。


 ローリアの話では、主役は攫われて行方不明になったのではなく、自ら行方をくらませているらしい。この話はもう想区中に広まっていて、想区の住人総出で捜索に当たっているとのことだ。


「ローリアはやっぱり、この辺りの地形を熟知してるの?」

「はい!小さいころから、探検していたので」

 誇らしげに答えるローリアに、レイナは感心した様子で呟く。

「こんな複雑な場所、小さいころから住んでいても熟知できる気がしないわね…」

「まぁお嬢ならそうだよな~」

「ですねぇ~」

「あなたたちねぇ…!いい加減にしないと~…!!」

「お~怖い怖い」

「くわばらくわばら」

「ふふっ」

 方向音痴のレイナをからかういつもの流れにローリアは可笑しそうに笑った。

 彼女が声をあげて笑うのは初めてだったため、少し驚いてしまう。こんな風にも笑うんだなぁ…と彼女の顔を眺めていると、その視線に気づいたのか慌てて手を振った。


「あ、すみません…でも本当に皆さん仲がいいんですね」

「ま、付き合いも長いからな!」

「ふん…腐れ縁よ、腐れ縁」

「そんなこと言って、本当は嬉しいんじゃないですか~?」

「……(すたすたすた)」

「おぉぉ?!だから一人で先行くなって!あぶねぇ!!」

 照れ隠しなのか、無言で立ち去るレイナをタオが慌てて引き留める。

 それを見てローリアはくすくすと更に笑う。こうしていると、本当に普通の女の子なんだなぁと実感する。彼女が安心して、ずっとこうして笑っていられるように、早くこの想区を元に戻さないといけない。



 更に何ヶ所か部屋を回ったところでローリアは懐中時計を見つめて言った。

「ここにも誰もいませんね…この辺りで捜索してないのは、次の部屋が最後です。そうしたら今日はいったんお休みにしませんか?」

「そうね。ずっと歩きっぱなしだし、そうしましょう」

「次の部屋ですが、ちょうど休むのに良い感じの所なんですよ」


 そう言われて辿り着いた部屋にも、結局誰もいなかった。

 そこは緊急時用の毛布や資材などが保管されている部屋で適当な広さもあり、ローリアの言った通り休むのには最適な場所だ。

 一緒に探していたランプのオイルも見つかり、やっとのことで僕たちは十分な明るさを確保できた。


「でも、勝手に使っちゃって良いのかしら?非常食まで…」

 と言いつつ毛布にくるまりながら非常食の固いパンをかじるレイナ。

「…まぁ、今も非常時には変わりないので…大丈夫ですよ。きっと?」

「え。え。もしかしてダメだった?!」

「この世界が元に戻ればここの備蓄も元に戻るはずですし。多分?」

 シェインに加えてローリアにまで遊ばれている。


 そんなやりとりをしつつ、早めに寝る支度を整えて明日に備えて休む。

 ランプの明りを消すと、途端に真っ暗な闇に包まれる。最初にこの想区に来た時の様に何も見えない。

 あるいは、ローリアにはこの暗闇でも少しは見えているのかもしれない。彼女のためにも、明日には主役を探し出さなくては…




「み、み、み、みなさん大変です!!」

 陽の射さない地下の一室。どのくらい眠っていたのか、今が一体何時なのかも分からず、ただ微睡みの中にいた僕は、シェインの慌てた声に一瞬で目が覚めた。

 シェインが点けたのだろう。ランプには既に明かりがともっている。


「ローリアさんがいません!」

「え?!そんな…どうして??…もしかしてヴィランに攫われた?!」

「だとしたらいくら寝ていても気づくはず…もしかしたら…」

「何か心当たりがあるのか?お嬢」

「…ううん。何でもないわ。急いでローリアを探しましょう!」

「うん。ヴィランに襲われる前に見つけなくちゃ」


 僕たちはローリアの捜索を開始する。

 だが、灯りを手に入れたとはいえ、複雑に絡み合った迷路のような道に阻まれて、捜索は難航した。随分と遠くまで進んだ気もするが、もしかしたらぐるぐると同じ所を回っているだけの可能性もある。

 気持ちばかりが急いて、空回りしている。と、自分でも分かるが、どうしたら良いのか…それはみんなも同じ様子だった。


「どうしましょう…全然見つかりませんね。というかシェイン達、軽く迷子ですね」

「やっぱり案内人なしにこの地下迷宮を進むのは無茶だぜ…」

「でも、そうも言ってられないよ。こうしている間にもしもローリアの身に危険があったら!」

「そんなこと言ったって、ただ闇雲に探すだけじゃあ埒があかないぜ」


「…みなさん静かに!何かざわざわ聞こえませんか?」

「えっ?」

 シェインに言われて、僕たちは耳を澄ます。確かに遠くの方で人のざわめきのような音が聞こえる。

「うーん。こっちの方向から聞こえる?」

「何か手掛かりがつかめるかもしれない。とりあえず行ってみましょう」


 声を頼りに道を進むにつれ、どんどん喧騒が近づいてくる。その喧騒の大部分は人の怒鳴り声によって構成されているようだった。


 やがて今まで見たどの部屋よりも大きく開けた場所に辿り着く。多くの通路と繋がっているらしく、ぐるっと見渡す限り、壁面に穴が沢山開いている。天井も3階分くらいの高さがあり、所々に街灯やベンチなどが並んでいるところを見るに、どうやらここは広場のようだった。

 広場の中心には女神像が建てられており、その下に黒い人だかりができている。最初の部屋で見た女神像に似ている気がするが、おそらくあれが月の女神様だろう。

 僕たちは慎重に、物陰から広場の人だかりを覗う。


 人だかりは怒号を発し、今にも爆発しそうな勢いでその中心に向かって叫んでいた。石やら何やらが飛び交っているようにも見える。

「この裏切り者!」「異端者め!」「お前のせいで!!」


「なんだかとんでもないことになってますね…」

「おいおい…こりゃあヤバいんじゃないのか?」

「中心に誰かいるみたいだけど…よく見えないね」

 もう少しよく見えないかとぴょこぴょこ跳ねていると、ふとした瞬間に人だかりの切れ目から、見覚えのある顔が見えた。

「…ローリア?」

「なんだって?!おい坊主、間違いないのか?!」

「うん!一瞬だったけど、間違いない。何でローリアが…早く助けなくちゃ!」

「よし、ここはアレで行きましょう」



「おい!やめろお前ら!!!」

 怒号をかき消すように、タオが思い切り叫ぶ。

 人だかりの視線が一気にタオ達に集中する。

「女子供相手に何してるんだ!恥ずかしくねぇのか!?」

「は?なんだお前ら」

「その恰好…よそ者か?」

「その子が何したっていうんですか!?」

「何も知らないくせによそ者が口挟むんじゃない!」

 タオとシェインが注意をひきつけ、人だかりの中心がローリアから移動する。


 その隙に僕とレイナでローリアに近づく。ローリアは手足を縄で縛られ、地面に横たわっている。その体は全身傷だらけだった。

「ローリア!…なんてひどい…」

「動かさないで、先に治癒魔法をかけるわ」

 レイナはローリアのそばにしゃがみ込むと。ヒーラーとコネクトし治癒魔法を施す。

「う…皆さん…」

「大丈夫?今縄をほどくからね」

 その場を素早く離れるため、ひとまず足の縄をほどく。


「?!おい!何してるんだ?!」


「やっぱりこんなんじゃすぐ気づかれちゃうか…」

 作戦とも呼べないような策だったが、それでもローリアと合流し、治療は果たせた。あとは僕が盾となってなんとかここから逃げ出せればいい。

 再び人だかりに完全に囲まれる前に、僕は彼女の背中を押して駆けだす。

「行くよ、ローリア!」

「勝手なことするんじゃねぇ!」

「逃がすなっ!」

「クルルルゥ!」


「え?!ヴィラン?!」

 聞き覚えのある声がしてよく見ると、想区の人々が少しづつヴィランに変わっていっている。

 タオとシェインの2人だけでは抑えられず、ヴィラン混じりの黒い人だかりがわっと押し寄せてくる。

 ローリアを糾弾する声はもはや殺意へと変わり、黒い渦の様にうねり膨張し、今にも破裂しそうな状態だ。

「お前ら、そんな事をしてただで済むと思うなよ!?」「こんなやつさっさと殺してしまえば良かったんだ…!」「そうだ!もう殺すしかない!」


「「「ノーチェに死を!!」」」


 その瞬間、黒い人だかりは完全に黒いヴィランへと変貌を終えた。

「「「クルルルアァァ!!!」」」


「今、ノーチェって…?」

「…」

 聞き間違いか?いや、でもはっきりと聞こえた。

 ローリアは俯いたまま何も答えない。レイナはそんなローリアの姿を一瞥し、すぐにヴィランに向き直る。

「えぇ…でもその話はあとよ。まずはここをなんとかしなきゃ。やるわよ!みんな!」


 現れたヴィラン達の中にはブギーヴィランに加えて、頑丈そうな鎧をまとったヴィランの姿もある。攻撃が通りにくいナイトヴィランと呼ばれるタイプのヴィランだ。非常に頑丈で厄介な敵である。


「ここなら多少暴れても大丈夫そうですね」

 今唯一ナイトヴィランに対して有効な攻撃のできるシェインが、豪快に大太刀を振り回してヴィランを蹴散らしていく。

「おー。派手にやってんなぁ」

「相当ストレスが溜まってたんだね…」

 狭い場所で大太刀では思う通りに立ち回れず、今まで我慢していたのだろう。

 ナイトヴィランはシェインに任せて、残りのメンバーでブギーヴィランを片付ける。適材適所だ。



 ヴィランを倒した僕たちは広場の端へ移動した。

 ローリアはずっと俯いている。こちらを見ようとはしない。

「さて。じゃあきちんと説明してもらえるかしら。ローリア。…いいえ、ノーチェ」

 僕は息をのむ。そう。確かに先ほど、地下の住人たちはローリアの事をノーチェと呼んでいた。

 ずっと俯いていた彼女は観念したように息を吐きだし、真実を告げる。


「…やっぱり分かっちゃいましたよね。そうです。私がノーチェです。この想区の主役。そして、本来の運命ならばもう死んでいるはずの人物なんです」



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