席替え裁判

オオヤヒロミ

席替え裁判


ある者は本を読み、ある者は友達と談笑している。

いつもと変わらない教室の休み時間。

いつもと違うの僕一人。少なくとも僕の視界の中では。


やがて授業開始のチャイムが鳴る。

散々聞きなれたはずなのに今日はやたら長く感じた。

チャイムが鳴り終わるのと同時に担任の鈴木先生が入って来る。

教卓にファイルを置き鈴木先生が教室に向かって一言。


「よーし、じゃあ、今日のホームルームは予告通り席替えするぞー。」

(来た…!ついに来た…、この日が…!)

僕は周りにバレないように机の下で手を合わせて強く願った。


(どうか…、どうか今度こそ…、久保田夏美さんの席の隣になりますように…!)



無機質な事務室。

部屋に置かれた4つの長机は互いに向かい合い「ロ」の字型に並んでいる。その机にそれぞれ1人ずつが座りパソコンに向かって作業をしていた。

その部屋にファックス音が鳴り響く。

ファックスを取ったミキが作業している3人に報告する。

「ヒロタ部長、席替えの依頼が届きました。依頼人は大山中学校2年の石川幹人。依頼内容は依頼人の片思いの相手である久保田夏美の隣の席になりたい、と言う内容です。」

ヒロタが手を止めて言う。


「了解。みんな、作業を止めてくれ。これから依頼人、石川幹人の席替え裁判を開始する。」


「はい!!」

3人が声を合わせて返事をする。


「いつものようにサユリは部活動担当。コウスケは勉学担当。ミキは生活担当。各担当で依頼人を分析・調査し、依頼を叶えるにふさわしいのかどうか裁判を行う。それでは各自、作業に移ってくれ。」


ミキ、サユリ、コウスケが一斉に作業を始める。ヒロタが本棚からファイルを取り出して言った。


「ちなみに依頼者である石川幹人はここ3ヶ月連続で同じ依頼内容が届いている。今回が3回目の裁判だ。前回、前々回ともに勉学面が原因で依頼を却下してんだが、コウスケ、その点での依頼人に変化はあるか?」


「はい、石川幹人の成績推移を見る右肩下がりが続いています。今まで2人の席を遠ざけることで成績のアップを試みてきました。しかし依頼人には効果はないようです。依頼人は逆に一部の中学生男子が持つ特殊能力『好きな子の目の前では良い自分を見せたいから結果的に頑張ることになる』の持ち主ではないかと分析します。」


「異議あり!」

そう言って立ち上がったのは部活動担当のサユリ。


「さっきコウスケが言った特殊能力が最大限発揮されるのは『継続力』という性格的能力がある場合のみです。依頼人はこの能力が著しく欠如しています。」


「根拠は?」

と、ヒロタ。


「依頼人が所属する野球部は2週間ほど前に大会で大きな敗北を喫しました。その敗北をきっかけに朝練をすることになったんです。依頼人も最初の方こそやる気はあったものの。3日も経つと朝練に来なくなったんです。」

「なるほど…。リアル3日坊主ということか…。」

ため息をつきながらヒロタが言う。

「それだけじゃないんです!」

そう言ってサユリが続ける。

「依頼人の部活動に対する問題は夕方にもあります。依頼人は少しでも面倒な練習時間を短くするために、できるだけ教室に居座ったり、きつい練習メニューの数をごまかしたりしています。このことから依頼人は中学生男子の特殊能力『一生懸命やらない、俺カッコイイ。』を持っていると分析します。」


「それだったら今まで変わらないだろ!!」

コウスケがサユリに向かって言う。

「今まで同じように分析して裁判を下してきたが結局、変化はなかった。だとしたら少し方向転換をするべきだ。過去にも想像以上の『好きな子の目の前で良い自分を見せたいから結果的に頑張ることになる』を発揮した事例もある。そこに賭ける価値は十分にあるはずだ。」


「だからコウスケはいつも甘やかしすぎなんだって!」


「はいはい、2人で言い合っても仕方がない。」

サユリとコウスケの間にヒロタが入り場を静める。


「それでミキは何か分かったか?」


「はい。依頼人の家庭での変化を調べてみると、1ヶ月ほど前から母親がパートタイマーとして働き始めたようです。そのため親が共働きとなり、家庭の仕事をすることが増えました。小学生の妹の世話、今まで母親に頼りきっていた家事、加えて自分の部活動に勉強と明らかに変化が起こっています。サユリとコウスケが言っていた勉学や部活動への取り組み方の変化はこれが関係しているのではないでしょうか…?」


「なるほど…。そのことを本人は自覚しているのか?」


「いえ、おそらくしていません。これはおそらく誰もが持つ『自分の頑張りに自分では意外と気付けない』のパターンなのではないでしょうか?」


「うむ…。」

ヒロタが腕時計を見て言う。


「そろそろ時間だ。裁判結果を依頼主の運命に送らなければならない。いつも通り、ミキ、サユリ、コウスケの持ち票は各2票。部長である私の持ち票は3票。これらの投票により依頼人、石川幹人の席替え裁判の結果を決める。」


4人がいる部屋に一瞬、沈黙が流れる。


「それでは投票を開始する。」

4人が一斉に目の前のパソコンを通して投票を済ませた。



(いよいよだ…。次がオレがくじ引く番だ…。)

久保田さんはくじを引き終えている。となると自分が久保田さんの隣になれる番号を引くしかない。とは言っても誰が何番のくじを引いたのかを発表するのは全員がくじを引き終えた後なのだけれど。


必死に平静を装いながら教卓に置かれたくじが入った箱に右手を入れる。そして渾身の願いを込めて1枚くじを引いた。

引いたくじを握りしめ自分の席に座り番号を確認すると「34」だった。

1番窓側の席の前から4番目。普通に考えるとまぁまぁ良いポジション。しかしこの席替えで重要なのは久保田さんの隣になること。その願いが叶うためには久保田さんが「28」のくじを持っている必要がある。


全員がくじを引き終わり、席替えはクライマックスを迎える。僕はより一層強く手を握り、強く祈った。


担任の鈴木先生がが番号を読み上げ、それに1人ずつ生徒が手を挙げ反応する。

そしてその度に教室がざわめき盛り上がる。


(まだ挙げるな、まだ手を挙げるな…。)

視界にいる中にいる久保田さんを見ながら必死に祈る。


10番まで呼ばれた。まだ手を挙げない。

20番まで呼ばれた。まだ手を挙げない。


(ひょっとして…。ひょっとして…。)

数え切れたくらい胸が期待で膨らむ。

そしてなぜか生まれてくる謎の根拠のない自信。


21・・。22…。23…。24…。25…。

まだ手を挙げない。

26…。27…。

まだ手を挙げない。

そして、

(こいこいこい!!手を挙げろ!!神様お願いします!!)

「はい、次、28番!」


すると視界にいた久保田さんの手を右手がゆっくりと挙がった。

「はい、28番は久保田さんね。」


もう叫びだしそうだった。机の下で握っていた拳は机を突き破りそうなほど興奮して震えていた。感極まりすぎて涙が出そうになった。もうこの喜び体全部を使って表現したかった。しかし、興奮で吹き飛んでほとんど残されていない理性でそれらをなんとか抑えた。


一度冷静になり黒板を確認する。

間違いない。28番の席のところに久保田夏美の名前が書かれている。

あとは、自分が番号を呼ばれた時に返事をするだけだ。そう考えているうちに34番が呼ばれる順番が来た。


「はい、次、34番!!」

興奮を完全に抑えることができず少し上ずった声で返事をする。

「はい!」

しかし、返事をしたのは自分だけではなかった。

なぜかもう1人返事をした。

同じ野球部でキャプテンの岩本だった。


どうやら鈴木先生がやらかしたらしい。

本当は1つの番号につき1枚しかないはずのくじが何かの手違いで34番だけ2枚ある。

それを引いたのが俺と岩本。

(なんでよりによってこんな時に…)

頭を抱えて座り込みたい気分だったがそれでは久保田さんへの気持ちがクラス全員に知れ渡ってしまう。どうにか自分が34番の席に座れるように先生と岩本を言いくるめようと考えたが、それでも俺の気持ち知れ渡ってしまうことには変わりない。


結局、先生の提案によりジャンケンで決めることになった。だとしたらこのジャンケンに勝っただけだ。

岩本がどう思ってるかは知らないけど俺にとってた国取り合戦並みの大勝負。


掛け声に合わせて右手を振りかぶり俺は目を閉じて信じた自分の拳を出した。

教室からの歓声が上がるのと同時に目を開く。

目に入ってきたのは岩本の綺麗に開かれた豆だらけの分厚い掌。

負けた。


さっきまで興奮で震えていた右手の拳。

今は抑えきれない悔しさと寂しさとショックで震えていた。



無機質な事務室。

その部屋にファックス音が鳴り響く。

ファックスを取ったミキが作業をしている3人に報告する。

「ヒロタ部長、席替えの依頼が届きました。依頼人は大山中学校2年の石川幹人。依頼内容は…。」

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