第3楽章 紗弥の襲来
霧野が入部して数日が経ち、霧野が全音符の基礎練をある程度マスターして二分音符の練習に入った頃のこと――――
金曜日、部活が終わって帰る時…霧野は上機嫌だった。明日、バチなどの自分専用の基礎練道具を大村たちパーカスのメンバーと一緒に買いに行けることになっているからだ。
(今まではずっと大村さんに借りてたけど…やっと自分のバチが持てる)
霧野はその事実に対する興奮からか、思わず頬を紅潮させる。
しかし、校門に近づいたとき、少し人だかりができているのを見つけると…ゆるみかけていた頬が元に戻り、眉間にしわが寄る。
(なんだ、あの集団…)
どうも、校門の前にいる女子生徒に注目が集まっているようだった。見慣れない制服を着ているその栗色の髪をしている女子は、有名人なのだろうか、周りに打海高校の生徒たちが集まっている。次第に周りの生徒たちの声が聞こえてくる。
「めちゃくちゃかわいいなぁ、おい…」
「やめとけ。お前じゃ全く釣り合わねーよ」
「あの子、例の『宮本御殿』のとこの子なんだってね」
「へえ、あの高級住宅街の中でも一番大きくて有名な?」
「何それ、めちゃ金持ちじゃん」
「あの制服、金森のでしょ?制服かわいーよね羨ましい…」
「本人も可愛いよね。モデルとかやってそう」
「金森ってことは、頭もいいんだ…才色兼備ってやつ?」
傍を通ると様々な噂が聞こえてくるが、霧野は有名人だということくらいしか認識せず、さして興味も持たずにいる。
(なんだか知んねーけど…邪魔だな)
霧野はそう思い、その集団の横をなるべく速足で通り過ぎようとする。
「ちょっと」
その女子生徒が誰かに向けて声を発したようで、口々に噂していた皆が黙り、急に辺りが静まりかえる。
霧野は周りの様子が変わったことには気づいたが、それは自分とは関係ないと思っていたため足を止めず、校門から外へ出ようとする。
「そこの、金髪の…霧野さんだよね?」
霧野は自分の名前が呼ばれたことに気が付き、振り返る。
すると、先程から皆の注目を集めている女子生徒がこちらを見ていて…どうやら自分のことを呼び止めたのが彼女だということに気が付く。
「…誰?」
霧野は思いっきり眉をひそめて女子生徒を見る。女子生徒は一瞬ムッとした様子で軽く口を尖らせるも、その後はニッコリととびきりの笑顔を見せて自己紹介をする。
「私は、宮本紗弥っていうの。金森高校の吹奏楽部1年で…あなたと同じ、パーカッションをやってるわ」
「! …?何でアタシのこと知ってんの」
霧野はパーカッションをやっていると聞いて一瞬眉をぴくりと動かすも、
「私、大村先輩の中学の頃の後輩なの。それで、あなたのこと先輩から聞いてね、ちょっと言いたいことがあって来たってわけ」
「アンタがアタシに…?大村さんの後輩だからって、アタシとは関係なくね?」
霧野は呆れたようにそう言って鼻を鳴らす。その態度が気に食わなかったようで紗弥は眉間にしわを寄せる。
「見た目どおり礼儀がなってないわね…予想通りだわ。どうやら不良って噂は本当のようね」
紗弥は、そこから先は不快感を表わにして霧野に相対する。
「あのね、アンタみたいな不良は大村先輩の後輩にふさわしくないって自分でわからないの?」
「…はあ?意味わかんないんだけど」
霧野は呆れた様子で紗弥を見る。紗弥はその表情を見て、イライラを隠せない様子でまくしたてる。
「金髪の目立つ頭の不良女なんかが、大村先輩の指導を受けるなんて、私許せないわ!大村先輩は金森に来れるほどの実力があるのに…打海で不良の面倒まで見なきゃならないなんて…可哀想すぎてもう見てらんない!」
「さっきから金森金森って…何なんだよ、その金森ってのは」
霧野がそう言うと、今度は紗弥の方が呆れたような様子で霧野を見る。
「知らないの?うちの金森高校はこのあたりで一番偏差値の高い進学校で…それに、何と言っても吹奏楽部の強豪校よ!全国大会にだって出場したことあるんだから!」
「全国大会?何それ」
「アンタ、本当に何にも知らないのね。なんでこんなヤツを大村先輩は…」
気に入って…と言いかけて、その事実を霧野には絶対教えたくないと思った紗弥は咄嗟に口をつぐみ、別のことを話す。
「全国大会ってのは…8月あたりにある夏のコンクールの中でも、最後まで勝ち上がらないと参加できない大会よ!このあたりの地域で全国大会に行ったことがある高校は、金森だけなんだから。アンタのいる打海はもちろん行ったことないし…今後行けることもないでしょうね」
紗弥は嫌味を含めつつ自信たっぷりにそう言うが、霧野はそれに動じずにさらっと言ってのける。
「よくわかんねーけど…アンタ1年なんでしょ。まだ6月だし、アンタがその…全国大会?に行ったことあるわけでもないのに何えらそーに言ってんの」
「…っ!」
紗弥は霧野に言われたことが図星だということに気づき…、顔を真っ赤にする。
「第一アンタ、ただの大村さんの中学の頃の後輩でしょ。何でそんなヤツにアタシが文句言われないといけないわけ?」
「な、何よただのって…私は今でも大村先輩と連絡をとってて…」
紗弥はそこまで言って口をつぐむ。霧野の後ろから大村が二人の1年生…千里と優人と一緒にこちらに歩いてきているのを見つけたからだ。
「大村先輩!」
紗弥は霧野をその場に残し、大村の方に駆け寄る。大村は紗弥がいることに気づくと驚きのあまり目を見開いている。
「お、お前…なんでここに!?」
「昨日、大村先輩の言ってた新しい後輩を見に来たんですけど…金髪の不良じゃないですか!なんであんな子を受け入れたんですか!?普通に考えて、吹部に悪い影響しかないでしょう?」
「な、何言って…」
紗弥に急に距離を詰められ、大村はたじろいだ様子で一歩下がる。
紗弥はもう一歩大村の方に詰め寄ろうとするが…誰かに後ろから引っ張られて戻される。
「ちょっと」
その声を聞いて紗弥が後ろを見ると、霧野が不快そうな様子で紗弥の腕を掴んでいた。
「アンタ、距離近すぎ。大村さん困ってるから」
「さ、触らないでよ!」
紗弥はそう言って霧野の手を払いのける。
そんな霧野の行動を見て、大村は思わず感動してしまう。
(あ…あの何を言っても自分のペースに引き込む紗弥をたしなめることができるなんて…。なんて頼もしい後輩なんだ…!)
「いい加減、さっさと帰れよ。こっちはさっきから迷惑してんだから」
霧野はうんざりした様子で紗弥にそう言ってのける。
「なによ…アンタ、何なのよ!」
紗弥は霧野への怒りと、珍しく事がうまく運ばないことに対し、癇癪を起こしそうになるも…周りの生徒や大村の視線があることを意識し、なんとかこらえる。
「私は、アンタのこと、大村先輩の後輩だなんて、絶対に認めないんだから!アンタなんて…どうせ退部するのも時間の問題よ!」
紗弥はそう言って霧野を指差し、その後大村の方を見る。
「先輩、この子を入部させたこと…絶対後悔する日が来ますよ?また…連絡しますね」
紗弥はそう言い残すと、くるりと
大村や優人と千里含め、残された打海高校の生徒たちは台風のようにやってきては去っていった紗弥の襲来にぽかんとした様子でしばらく佇んでいたが…周りで見ていた生徒たちが次第にざわめきだす。
「今の、一体何だったんだ…?」
「あの霧野と知り合いなの?あの金森の子…」
「よくわかんないけど修羅場?みたいだったよね」
「なんか、すげぇもん見たような…」
大村はそんな周りの様子を見て、頭を掻きながらため息をつく。
「なんか、また妙なことになっちまったな…あんまり今回のこと広まらねーといいけど」
「あの子、一体何なんすか…?」
霧野が大村に尋ねると、大村は力なく笑う。
「悪かったな、霧野。なんか、あいつが迷惑かけたみたいで…。あいつ、何故か俺に執着してて…金森に来てほしいって顔を合わせる度に頼まれてるんだ。…っと、あんまり人前で話すとこれも噂になりそうだな…」
大村はそう言って口をつぐみ、霧野に笑いかける。
「今日のことは…そうだな、明日、なんか奢るから許してくれよ。そうそう、明日の待ち合わせ場所を駅の中のどこにするか霧野に言い忘れてて…俺たちお前のことを追いかけてきたんだった」
「そうなの!えーっと…10時に駅前広場の噴水の前に集合ね!私と優人はバチもう持ってて買わなくていいんだけど…ついでに私たち4人で親睦会もするって話だから一緒に付いてくよ!」
千里が手にマジックで書いているメモらしきものをちらっと見ながら霧野に言う。
「わかった」
霧野が千里にそう言って頷くと、大村が霧野の前に自分のスマホを差し出す。霧野はそれを見て目を丸くする。
「霧野、連絡先教えてくれよ。明日は連絡つかないと困るからな」
「…いいっすけど…」
霧野がガラケーを取り出したのを見て、今度は大村と優人と千里の方がそろって目を丸くする。
「アタシのこれ…ガラケーだから、連絡先は…メールか電話になるっすけど」
「ええ!ユッキーって、まだガラケーなんだ!もしかして、新しい機械とか苦手なタイプ?」
「…ゆっきー…?」
霧野はガラケーの話でなく、自分に対して勝手につけられたあだ名の方に反応する。大村はそんな霧野を見て笑いながら言う。
「はは、メールと電話でも大丈夫だよ。そうだな…じゃあ俺のアドレスと電話番号教えとくから、登録しといてくれ。後で霧野のアドレスと番号もそこに送ってくれたらいいから」
大村はそう言うと、鞄からメモを取り出しサラサラと文字を書くと、霧野にそのメモをちぎって渡す。
「ありがとう…ございます」
霧野はそう言ってメモを受け取る。優人はその様子を見て…心なしか、霧野が笑みを浮かべているような…かすかに喜んでいるように見えた。
「千里と優人の連絡先も俺知ってるから、霧野がアドレス教えてくれたら一緒に送っとくよ。二人とも、いいよな?」
大村はそう言って千里と優人を見る。二人はこくりと頷く。
「あー明日が楽しみ!早く帰って準備しなきゃ。あ、珍しくパーカスのメンバー下校時間にそろってるし、このまま途中まで一緒に帰りましょうよ!」
千里が伸びをしながらそう言う。
基本一人が好きな霧野はそれを聞いて戸惑うも…なぜか悪い気がしない自分に驚き、おとなしく他の3人と一緒に、夕日に照らされた道を歩き出すのだった。
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