1年目 夏

Ⅰ 霧野の勧誘

第1楽章 パーカッションの危機

「小町さん!」

 夕方の視聴覚室は吹奏楽部の部室として使用している。全員集まって点呼の時間のあとに練習が始まるわけなのだが、ある一人の生徒…小町こまち真弓まゆみの名前のところで先程から点呼が止まっている。

「小町さんのこと…誰か聞いてませんか?大村は?」

 点呼をとっている2年生の副部長が真ん中の列の前から2番目の長机の席に座っている黒髪の男子生徒…大村おおむら裕二ゆうじに尋ねる。

「いや、聞いてないけど…どうしたんだよアイツ、今日も無断欠席か?」

 そこへ部長が階段を駆け降りてきて、部室に入ってくる。

「あ、部長。まっち(小町の愛称)が来てなくて…」

 副部長が部長に報告すると、部長は頷いて吹奏楽部の皆に向かって話し始める。

「そのことなんだけど…小町さんは、昨日限りで退部になりました」

「はぁ!?」

 大村が急に立ち上がる。ガタンという大きな音がし、部室中の皆が大村を見る。

「何考えてんだよアイツ!俺たち何も聞いてねぇぞ!?」

 部長が申し訳なさそうな顔で大村を見て言う。

「まっちが抜けて、パーカッションパートは人数不足で大変になると思うけど…新入部員募集のポスターも今日掲示板に貼ってきたし、新しい子が入ってきたらできるだけパーカス(パーカッションの略)にまわすようにするから…」

「マジかよ……」

 大村はそう言って落胆した様子で腰を下ろす。大村の前に座っているやや茶髪で髪を頭の右下でくくった丸顔の女子生徒と、サラリとした黒髪の男子生徒…安田やすだ千里ちさと佐々木ささき優人ゆうとは不安そうに顔を見合わせる。



「先輩、コンクールでやる課題曲と自由曲の2曲…この前楽器の役割分担して作った表なんですけど」

 点呼が終わると、千里が大村に役割分担表を見せて話しかける。表にはパーカッションのメンバーの名前の下に、曲ごとにそれぞれティンパニ、シロフォン(木琴)、スネアドラム(小太鼓)など…誰がどの打楽器を担当するかが書かれてある。

「これ、書き直さないと駄目になっちゃいましたね」

「ああ…4人じゃ正直キツイな。新しい部員が来るって保証もねぇし…もし来たとしても初心者だったら小町の抜けた穴は埋まらないだろうし…」

「3年の岡先輩は、コンクールまでに復帰は無理そうなんですか?」

 優人が不安そうに大村の方を見る。

「ああ…事故に巻き込まれて怪我で入院してるみたいだし、復帰できる保証はないな。もし当日には間に合って出てもらえるとしても、コンクールまであと2ヶ月もないから…練習に出る時間まではそんなにないだろうし…はぁどうすっかな」

 大村は頭を掻いて唸った。

「とりあえず…明日小町のヤツと話してみる。なんとかコンクールまでは残ってもらえねぇか…。楽器の役割分担もどうなるかわかんねぇし、今日はとりあえず楽器練はなしで、みっちり基礎練するぞ。お前らもまだ4月に入ったばかりで、まだまだ色々教えなきゃなんねぇからな」

「はいっ」

 優人と千里は同時に頷いた。



(2年8組……ここだな)

翌日のお昼休み、大村は2年8組の教室の前に立っていた。

(俺の教室…1組からだとここに来るまでだいぶ時間くっちまった…さっさと話しつけて昼休みまでに終わらせねぇと)

 大村は鼻息荒く8組の扉を開ける。教室中を見渡し、2人の女友達と一緒にお昼を食べている黒髪のポニーテールの女子生徒…小町を発見する。

(くっ…ちょっと話しかけづらい状況だな…。でもパーカスほっぽり出して部活辞めたアイツに遠慮なんてしてられっか!)

 大村はそう思って8組の教室に足を踏み入れ、小町の方にやってくる。

「げ」

 小町は大村を見つけるとあからさまに嫌そうな顔をする。

「何が『げ』だよ。ちょっと話があんだよ。心当たり…あんだろ?」

「…まぁね」

 小町がため息をつく。小町の横にいた友達の一人が大村と小町を見比べて言う。

「なになにまっちの彼氏?ちょっとカッコイイじゃない」

「かっ彼氏じゃねぇよ!!」

 小町と大村が同時に大声で言う。教室中の視線がこちらに向くのを感じて、大村はコホンと咳払いをして言う。

「とりあえず…ここじゃなんだからツラ貸せよ」

「…はいはい」

 小町は弁当箱を片付けてもう一度ため息をつくと、腰を上げて大村について教室を出て行く。

「ツラ貸しって……なんかあの二人、怖っ。ケンカ中?」

「犬猿の仲ってやつ?ま、いろいろあんだろ」

 小町の友人たちが二人の出ていった方を見ながら弁当のおかずを頬張る。


「で、何なの話って」

 廊下に出ると、小町がいかにも面倒くさそうな顔で大村に尋ねる。その態度に大村はさらにイライラさせられ、思わず声を荒らげる。

「…とぼけんじゃねぇよ。もちろん、お前が部活辞めたことに決まってんだろ!?」

 小町はまたもやため息をついて、大村から目をそらして呟く。

「やっぱそれか」

「やっぱそれか、じゃねーよ!お前一人辞めただけでもパーカスがヤバイことくらいわかるだろうが。それなのにうちのパートの誰にも何も言わず辞めやがって…自己中過ぎなんだよテメーは!人の気持ちも知らないでよくそんなことが…おい、人の話聞けよコラ!!」

 大村は溜まっていたものを吐き出すかのように小町に対して一気にまくし立てるが、小町の態度が変わらないので最後にはついにキレて大声で怒鳴どなってしまい、廊下にいる生徒たちから注目を浴びてしまう。

「…だってねぇ………」

 小町は少しうつむき首の後ろに手をやる。

「事前にアンタに言ったってどうせ止められるし。私は今すぐ辞めたかったから…私にだってやりたいこととか、理想があるもの」

「…?どういう意味だよ」

 大村が眉間に皺を寄せる。

「私はね…中学の頃からパーカスやってて、コンクールでもいい成績残してたりもして…それなりに上手いと思ってる。今ではもう初見でも演奏こなせるくらいだし…」

「おい…結局何が言いてぇんだ?」

 自慢話ばかりする小町に大村はまたイライラさせられる。

「結局…私はもっと上手くなりたいの。後輩ができて…教えていかないといけなくなった。なおかつこの人数の少ない吹奏楽部の環境じゃ、後輩に付きっきりで自分の能力伸ばす暇なんてないわ!もっと自分の演奏に集中できるところに行きたいの!地元の吹奏楽団の練習に参加してもいいって言われてて…そこには私より上手い人たちもいるみたいだから、そこに行こうと思ってる」

「こ、後輩のせいにするなよ。自分が頑張って練習すればここにいても…いくらでも上手くなるだろ!?」

「でも後輩に時間とられてるのは事実よ。それに…優人なんか特にだけど、時間かけて教えても言うとおりにできないし…教えるのが時間の無駄に思えて仕方なくて、イライラするのよ」

「はぁ!?まだ始めたばかりで上手くいってないだけで…二人とも一生懸命やってんだぞ!それをそんな風に言いやがって…!お前にとって後輩は…ただの足でまといか!?」

 小町は黙って廊下の窓の外を見ていたが、口を開いて答える。

「はっきり言って………そうよ」

 大村はそれを聞くと、体を怒りで震わせる。

「もういい!お前なんかとっとと辞めちまえ!優人と千里はお前なんかいなくても…お前以上の演奏ができるまでに俺が育ててみせる!!」

 大村は、もう少し吹奏楽部に残って欲しいと説得しに来たことも忘れてそう言い放つと、小町に背中を向けて自分のクラスの方へ帰ってゆく。

「…ちくしょう………」

 大村は廊下を歩きながら小さな声で呟く。




 




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