第90話 エルフとハバネロ肉まん殺人事件①


「……お集まりいただいたのは、他でもないんよ」


 ある日の事務室。

 ぼくと姫騎士ちゃん、そしてサキュバスちゃんが並んで座っていた。


 エルフちゃんが、ぼくらの前に歩み出た。

 一同を見回しながら、フッと影のある笑みを浮かべる。


「でも、もう知ってるんよね?」


「いや、知らないけど……」


 ぼくらは顔を見合わせる。

 わざわざバイト時間中に呼び出してどうしたのかな。


 まあ、店のほうはオークくんがいるから平気なんだけど。


「ていうか、そのテンガロンハットと、チェックのマントはどうしたの?」


「これは、伝統的な衣装なんよ」


「へえ。エルフの?」


「……フッ。これだから素人さんは困るんね」


 火のついていないパイプをくわえ、バッとマントをたなびかせる。


「これは、名探偵を名乗るために必要な装備なん!!」


「な、なんだってえ――――!?」


 と、一応、驚いてから。


「エルフちゃん、今度はなんに影響受けたの? 遊ぶのはバイトのあとで……」


「ち、違うんよ! うちは真面目にやってるん!!」


 サキュバスちゃんが、面倒くさそうに欠伸をした。


「あのぅー。わたしぃー、朝から入ってたんでぇー、はやく帰りたいんですけどー」


「シャラップなんよ! 容疑者は出たらいかんの!」


 なんか、不穏な単語が聞こえたような……。


「容疑者って、なんの?」


「これを見るん!」


 バッと掲げられた手に収まっていたのは――。


「……ハバネロ肉まん、ではないか?」


 姫騎士ちゃんの言葉に、ぼくたちはうなずいた。

 それはすっかりと蒸されて、ほかほかの湯気を立てている。

 その毒々しいまでの赤色がなければ、おいしそうだと思うだろう。


「それがどうし……、っ!?」


 言いかけて、ハッと口をつぐむ。


「さすがはトシオ。やっぱりわかるんね」


「う、うん。それは、確かにひどい……」


 それは裏側のほうが、ぐちゃぐちゃに溶けかけていた。


 コンビニで買った中華まんが、ふやけてべちゃべちゃになっている。

 もしかしたら、みんなも経験があるかもね。


「わつそんくん。こうなる原因が、わかるんね?」


「え。あ、ぼく?」


 容疑者xから、助手に昇格したらしい。


「えっと、それはスチーマーに入れたとき……」


「ふっふっふ。まったく、これだからダメなんね。これは中華まんをスチーマーに入れたとき、台紙が剥がれて金具に当たって蒸された証拠なんよ」


 うん、いま言おうとしたんだけどね。


「それが、どうしたんですかぁー?」


 サキュバスちゃんは、もう本当に帰りたそうだ。


「これは、うちがお昼から育ててたハバネロ肉まんなんよ。もちろん、品質を損なわないように、万全を期したんは言うまでもないこと……」


「ふうむ。エルフどのの肉まんへの執念は、凄まじいからな」


 姫騎士ちゃんの相槌に、彼女は気分をよくした様子だ。


「肉まんがべちゃべちゃになってたなら、新しく蒸せばいいじゃないですかぁー」


「……違うんね。これは、ただのハバネロ肉まんやないん」


 ど、どういうことだ?


「これは、すでに今期は生産を終了した、最後のハバネロ肉まんなん!!」


 な……っ!?


「そ、それはつまり……」


 エルフちゃんがうなずいた。


「これは、ただの肉まんふやかし事件じゃないん。ハバネロ肉まん殺人事件なん!!」


 ――ピシャーッ!


 どこかで稲妻が走ったような気がした。

 今日、快晴なんだけど。


 こうして、ぼくたちの終わらない犯人捜しは幕を開けたのだった。


 ≪つづく≫

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