第89話 エルフとクリスマスケーキ


 最近はコンビニのクリスマスケーキも、ずいぶんとレベルが上がってきている。


 有名なパティシエの監修とか、芸能人とのコラボ企画とか。

 見ているだけで嬉しくなっちゃうよね。


 特にイチゴがのったケーキなんかすごい。

 わざわざイチゴとケーキが別包装になっていたりして、制作者のこだわりを感じるよね。


 そしてコンビニにとってのクリスマスは、やっぱり書き入れ時だ。

 今日はそんな日に起こった、ショートケーキにまつわるエピソードをご紹介しようと思う。


 12月24日。

 クリスマス・イヴ。


 その日、やっぱりうちのコンビニも大忙しだった。

 それまで一ヶ月かけて集めたケーキやチキンの予約でてんてこ舞いなんだ。


「あのー、ケーキ予約してたんですけどお……」


「はい、かしこまりました!」


 差し出された予約票を見て、手の空いてそうなエルフちゃんに引き継ぐ。


「エルフちゃん! 大島さんのショートケーキ、裏から取ってきて!」


「わ、わかったん!」


 てこてこと走って行く彼女を見守る間もなく、次の予約客がやってくる。


「あのー、チキンの予約を……」


「あ、かしこまりました!」


「トシオ、ケーキ取ってきたん!」


「エルフちゃん、そちらのお客さま! 代金はまだ頂いていないからね!」


「あのー、チキンまだですかあ」


「はい、ただいま!」


 でも夜の7時を過ぎると、そういったお客さんもぱたんと途絶える。

 いつも以上にヒマになった店内で、ぼくらは洗い物や清掃に入った。


「はあー。今日も疲れましたあー」


 モップをかけていたサキュバスちゃんが、とんとんと肩を叩いた。


「そうだねえ」


 うーん、こっちは人手が足りないからありがたいんだけど、クリスマスにフリーのアイドルってどうなのかな。


 と、そろそろ商品の調整に入らなきゃな。

 この時間まではチキンとか、とにかく揚げまくるんだけど、ここからは数を調節していかなきゃ逆に廃棄がえらいことになってしまうんだ。


「えっと、あとチキンの予約が三名か。これなら、いま揚がってるやつで対応できるかな」


 おっと、忘れちゃいけない。


「エルフちゃん。裏のケーキの予約、あと何組?」


 すると、エルフちゃんがふんすと鼻を鳴らした。


「さっき見たとき、あとモンブランケーキが一個だったんよ!」


「そっか。じゃあ、そっちも一段落だね」


 すると、エルフちゃんがほっぺたを押さえてにやにやしている。


「こっちのモンブランケーキは美味しいんよねえ。じゅるり」


 えへへ、えへ。

 非常に幸せそうな笑顔だ。


 ……この子、お客さんのケーキ食べやしないだろうね。


 ピンポーン。


「すみません、ケーキの予約を取りに来ました」


「あ、はーい。エルフちゃん、お願いね」


「了解なんよ!」


 エルフちゃんが、楽しそうに最後のケーキを取りに行った。


 ぼくは洗い物をしながら、それを横目に見ていた。


 特に問題もなくお会計が終わる。

 うんうん、エルフちゃんもコンビニ店員が板についてきたね。


 ピリリリリ。


 おっと、電話だ。


「あ、わたし出まーす」


「サキュバスちゃん、ありがとう」


「もしもーし! あなたのアイドル、サキュバスでーす」


 ……なんか違うお店みたいだからちゃんと応対してね。


 するとエルフちゃんが、空になった容器を持ってきた。


「最近のモンブランケーキは豪勢なんねえ」


「どうして?」


「モンブランケーキに、別包装のイチゴがついてたんよ。栗とイチゴが楽しめるなんて、すごくお得なん!」


「え?」


 ……モンブランケーキに、別包装の、イチゴ?


「……それ、渡したの?」


「うん。最後の一個だったから、ぜんぶ渡したん」


「…………」


 途端、電話対応に入ってたサキュバスちゃんが飛び出してきた。


「トシオさあーんっ! 大島さんってお客さんが、ショートケーキのイチゴついてないって、かんかんに怒ってるんですけどお――――!」


「…………」


 隣を見ると、そこにいたはずのちんまい女の子が忽然と姿を消していた。


 長い耳と金髪の女の子が逃げていくのが、ガラス窓から見える。


「エルフちゃあああああああああああああん」


 みなさま、ハッピークリスマス。

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