第85話 エルフと梅雨あるある


 梅雨。

 まあ、このワードで気分がよくなるひとはあまりいないんじゃないかな。


 特別に雨が嫌いってわけでもない。

 この季節に雨が降らないと大変だっていうのはわかる。

 でも、さすがに何週間もこれでは参ってしまうのが人情だよね。


「あーうー……」


 自然を愛するエルフちゃんも、さすがにこの季節には参っているみたいだ。

 というか、なんかエルフ族は定期的に日の光を浴びないと調子が出ないらしい。


「大丈夫?」


「トシオ。この雨、いつ終わるん……?」


 エルフちゃんの頭から見たことのないキノコが生えているけど、ここは無視の方向で。


「うーん。もうそろそろ、晴れるとは思うんだけどなあ」


 天気予報では、来週あたりから晴れ間が覗くらしい。

 そうなれば、いよいよ夏の到来だ。


 エルフちゃんは元気なさげに掃除機をかけている。


「……トシオ。なんでジュースの棚に虫が死んでるん?」


「あー。ここは近くに森林公園があるからね。この季節になると、光に寄ってくるんだよ」


「ふうん……」


 そういえば、そろそろアレの季節だなあ。

 去年は姫騎士ちゃんが大変だった。

 エルフちゃんは種族的には大丈夫だと思うんだけど。


「ま、大丈夫だよね」


「?」



 ――そして、それが起こったのは翌日だった。



「トシオ! お疲れさまなんよ!」


 エルフちゃんの元気がチャージされている。

 なんとこの日、久しぶりに空が晴れたのだ。


 太陽のエネルギーを浴びたエルフちゃんはまさに百人力。

 次々に仕事をこなしては、ばりばりとクレームを積み上げていく。


 ……ていうか、エルフちゃんってどうして無気力なときほど仕事できるんだろうね。


 しかし、長い梅雨からの初めての晴れ日かあ。

 今日あたり起こりそうだなあ。


「……エルフちゃん。頑張ろうね」


「なにが?」


「……まあ、いろいろとね」


 そして外が暗くなってきたころ、ふとカウンターに羽虫がついているのを見つけた。


 ……やっぱり、来たか。


 すると同時に、エルフちゃんが悲鳴を上げた。


「と、トシオ!」


「……うん。そうだね」


 いつの間にか、入口付近に大量の羽蟻がうごめいている。


「な、なんなん……?」


 エルフちゃんが、怯えたようにひしと身体を寄せてきた。


「エルフちゃん。これからだよ」


「え?」


 ぼくは窓ガラスの外を見た。


「うぎゃああああああああああああああああ」


 エルフちゃんが悲鳴を上げた。

 窓ガラスに、びっしりと付着した羽蟻の大群。

 それが光を求めて、わさわさとうごめいていた。


 お客さんが来店するたびに、それらが店内に迷い込んでくる。

 排気口をたどってきた羽蟻が、エアコンの風に乗ってぶわっと舞い降りる様子は圧巻だ。

 うちのコンビニ、年季が入ってるから隙間だらけなんだよね!


 その様子はまさにバイオハザード。

 気分的にはゾンビの群れが襲い来るようなものだった。


 ぼくらは掃除機を構えると、臨戦態勢に入った。


「エルフちゃん! ぜんぶ吸い込むんだ!」


「わ、わかった!」


 エルフちゃんが次々に掃除機に吸い込んでいく。

 しかし地上に出てきた羽蟻たちは無尽蔵。

 やがて消耗したエルフちゃんが、虫を踏み潰して足を滑らせた。


「あ……」


「エルフちゃああああああああああん」


 その惨劇は、翌日の昼にオークくんがすべて処理してくれるまで続いたのだった。

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