第80話 エルフと新年度
「エルフちゃん」
「…………」
「エルフちゃーん」
「…………」
返事がない。
でも、本人は目の前にいる。
いつものようにレジをやっている。
別に無視されているとかじゃなくて、えーっと。
「……エルフちゃん」
その肩をポンと叩いた。
「んぎゃあ!」
エルフちゃんは大声をあげて飛び退く。
「な、なな、なんなんトシオなん……」
「いや、驚きすぎだよ……」
「ど、どうしたん?」
「いや、駐車場の掃除を頼みたいんだけど」
「あ、わかったん……」
エルフちゃんはバックルームに入ると、掃除道具を持って出てきた。
それを見て、慌てて行く手を遮る。
「エルフちゃん、待った!」
「え?」
「それ、トイレ掃除の道具だよ」
手にしていたのはラバーカップとバケツだった。
「エルフちゃん。悲しいのはわかるけど、いまは仕事に集中しなきゃ」
「う、うん……」
エルフちゃんは自分に言い聞かせるように……。
「集中、集中……」
そうして、彼女の瞳から生気が消えた。
死んだ目のまま、彼女は箒とちりとりを持って駐車場へと出ていった。
「……エルフさん。どうしたんすか?」
「あ、オークくん」
「最近、いつもあんな感じっすけど……」
「うーん。それがねえ……」
ぼくは先日のエルフちゃんとの会話を思い出していた。
「なんか、新学期でクラス替えがあったんだけど……」
「それがどうしたんすか?」
「また友だちできなかったんだって……」
「あー……」
でも、いつまでもこのままじゃいけないな。
まだ大丈夫だけど、いつ大きなクレームにつながるかわからない。
とはいえ、こればっかりはどうしようもないかなあ。
部外者のぼくが、学校の問題でフォローできることなんて限られているからね。
「……あ!」
このタイミングでエルフちゃんの天敵、タバコの銘柄を言わないおじさんが!
「いらっしゃいませー」
「おう。エルフ坊。たば……、お、用意がいいじゃねえか」
「ありがとうございましたー」
やった、運よくエルフちゃんが覚えていた!
え、でも立て続けに、天敵二号のポイントカード隠しおばさんが!
「合計、七百六十三円でーす」
「あら。ポイントカー……、ド、は通しているわね。やればできるじゃないの」
「ありがとうございましたー」
奇跡だ!
いつもならここで三つはクレームがきて……。
いや、安心するのは早い!
ここで天敵三号、ホットスナックをやたら多種多様に注文していく学生たちだ!
「いらっしゃいませー」
「おれフランク!」
「チーズチキンね!」
「おれはポテトとー……」
「焼き鳥の皮とー、タレのモモとー」
「あ、トイレ使っていいですか!」
「ねえ、おまえ十円貸してよ」
口々に好き勝手に注文するから、どれがどれだかわからないぞ!
エルフちゃん、いまぼくが応援に……。
シュパパパパ。
「ありがとうございましたー」
ぼくはレジに入る前に、すべてのお会計が完了していた。
「…………」
ふとオークくんが、ぼくの肩を叩く。
「しばらくこのままでいいか、って思ったっすか?」
「そそそ、そんなこと思ってないよ!」
しかし、エルフちゃん。
こんなときにできるなら、普段もこの三割くらいやってくれると助かるんだけど……。
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