第77話 エルフと四月一日


 そわそわ。


「…………」


 わくわく。


「…………」


 エルフちゃんが、ちらちらとこちらを見ている。

 ぼくは微妙な気まずさを覚えながら、から揚げのパックを手に取った。


 と、エルフちゃんが叫んだ。


「あ、あー! トシオ! それはダメなんよ!」


「な、なにが?」


「それには悪い精霊がついとるん! トシオ、呪われたんよ!」


「ふ、ふうん」


 エルフちゃんが、目をきらきらさせながら見ている。


「…………」


 ぼくはそのパックを放り出した。


「う、うわあ! すごく怖いなあ!」


 すると、ぷふーっと噴き出した。


「トシオ! それ嘘なんよ!」


「…………」


 ぼくはパックを手に取った。


「そ、そうなんだー。騙されちゃったなあ」


 四月一日。


 今日はエイプリルフールだ。

 エルフちゃんにとっては初めてのイベントらしく、それはもう今朝から多種多様の嘘を披露してくれている。


 それはいい。

 ぼくだって学生のころは、調子に乗ってしょうもない嘘をついていたしね。


 ただ……。


「エルフちゃん。ぜんぶ悪い精霊のせいにするのはよくないと思うんだ」


「で、でも、本当に悪い精霊はいるんよ!」


「そりゃそうかもしれないけどさ。悪い精霊だって、気を悪くしちゃうよ」


「そ、そんなことないんよ。あいつら、いつもみんなに迷惑かけてるん」


「…………」


 まあ、こればっかりは文化の違いだからな。

 そうして一日、エルフちゃんの嘘につき合っていた。


 そしてシフト上がりの時間――。


「あれ、トシオ。どうして制服を鞄に入れてるんですか?」


「えっと、これは……」


 ……待てよ。


「実は、今日でここを辞めるんだ」


「――え」


 エルフちゃんの顔が固まった。


「ここでバイトしすぎて、試験がみんな赤点だったんだよね。それで、店長からクビにされたんだ」


「え、うそ、そん……」


「エルフちゃん。これまでありがとう。このコンビニをよろしくね」


 そう言って、ぼくは店を出た。



 ――次の日。



 まあ、嘘なんだけどね。

 制服はほつれたボタンをつけ直してただけだよ。

 というかぼく、もう卒業しているしね。


 さあて、さすがのエルフちゃんも気づいていると思うけど。


「……あれ?」


 店に入って、ぼくは首を傾げた。


 店の商品がぐっちゃぐちゃだ。

 パンは床に散らばってるし、漫画雑誌はびりびりに破けている。


 ていうか、なんかお菓子の袋が目に見えない力で飛び回っているんだけど……。


「オークくん、これは?」


「いえ、なんか今朝から悪い精霊が呼び寄せられてるんすよね」


「ええ!?」


 目を凝らすと、なんかもやもやしたオーラが事務室から漂っている。

 ドアを開けると、隅っこでエルフちゃんががたがた震えていた。


「と、トシオがおらん、トシオがおらん、トシオがおら……」


「エルフちゃん!?」


 ぼくは慌てて近寄ると、彼女はうつろな目を向けてきた。


 そして、ハッと目を見開く。


「と、トシオ……?」


「そ、そうだよ」


 じわっと、その目に涙が浮かぶ。


 うーん。

 悪気はなかったんだけど、これは悪いことをしたな。


「えっと、嘘ついてごめ……」


 くわっ!


「お、おのれ悪い精霊め! またトシオの幻影で惑わす気なんね! いけ、サラマンダー!」


「え?」


 サラマンダーくんが襲い掛かって来た。


「ちょ、エルフちゃん、待っ、ぎゃあああああああああああああ」


 みんなも嘘をつくときは、ちゃんと「嘘だよ」って言おうね!

 エルフちゃんとの約束だよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る