第76話 エルフとプロフェッショナル


「エルフちゃん。休憩いいよー」


「わかりました」


 彼女はカードをピッとすると、休憩のために事務所へ行こうとした。


 その姿に違和感を覚える。


「あれ。ご飯食べないの?」


「はい」


「え……」



 ――ガシャーンッ。



 ぼくは思わず、揚げたばかりのチキンを落としてしまった。


 あのエルフちゃんが?


 あの食いしん坊なエルフちゃんが?


 なにも食べない!?


 ぼくは思わず、その肩を掴んで揺さぶった。


「どうしたの!? 具合でも悪いの!」


「ち、違うん! なんなん!?」


「だ、だってエルフちゃんがなにも食べないなんて……。あ、もしかしてお財布、忘れちゃった?」


「も、持ってるんよ」


「じゃ、じゃあ、なんで……」


 そこでぼくは、そのことに気づいてハッとした。

 思わず、頬に涙が流れていた。


「そんなに、ハバネロ肉まんがショックだったんだね」


「は……?」


「ごめんね、ごめんね。ぼくが不甲斐ないばかりに。そうだよね。事前にエルフちゃんのため100個ぐらい入荷しておくべきだったね」


「い、いや、違うん……」


「でもエルフちゃん、わかってほしい! 美味しいものは、ハバネロ肉まんだけじゃないってことを! だから、はやくお弁当でもなんでも……」


「だから違うって言っとるんよ!」


「げふん!?」


 どこからか現れたサラマンダーくんが、ぼくの鳩尾みぞおちに蹴りを入れて消えた。


「……え。じゃあ、なに?」


「これなん!」


 どやーん。


 エルフちゃんが得意げに見せてきたのは、薄い文庫本。



『プロフェッショナルは、超小食。――空腹こそ活動の原動力――』



 ……あー、はいはい。

 そういうことね。


 これはうちに並べてあった啓発本のひとつだ。

 コンビニって、こういうの多いよね。


「うちはプロフェッショナルになるんよ。そのために、ご飯を抜いとるん!」


「で、でもそれじゃあ、元気が出ないでしょ」


「トシオ、止めんで。うち気づいたん。一年中ハバネロ肉まんを売るためには、うちが偉くなるしかないんよ。心配せんで。トシオのことは忘れないであげるんよ」


 すでに上から目線だ。

 啓発本の効果は抜群だな。


「まあ、エルフちゃんがそれでいいなら……」


「任せて!」


 そうして、意気揚々と事務所に入っていった。


 ……大丈夫かなあ。



 そして一時間後――。


「ちょっと、このエルフがお釣り間違えてるんだけど!」


「エルフちゃん、フランク入ってないわよ!」


「おいこらエルフ! タバコこれじゃねえって言ってるじゃん!」


 てんてこ舞いの忙しさの中、エルフちゃんがふらりと倒れかけた。


 ぼくはその身体を支える。

 彼女は、弱々しく手を伸ばしてきた。


「だ、大丈夫?」


「トシオ……」


 ぎゅっと手を握られる。


「うちの代わりに、このコンビニの一番になってね」


「エルフちゃん……」


「そして、ハバネロ肉まんを……」


 ……がく。


「エルフちゃ――――ん!」



 いいからご飯食べてきて!


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