第69話 オークと甘いチョコ②


「うっす。お疲れさまっす」


 オークくんがシフト交代にやってきた。

 ぼくらは顔を見合わせると、一斉に声を上げた。


「うわあ、これ美味しいなあ。姫騎士ちゃんがつくったの?」


「ほ、本当なんね!」


「わたしいー。姫騎士さんがこんな才能があるなんて知りませんでしたあー」


 やんややんやと持ち上げながら、姫騎士ちゃんのバレンタインチョコを食べていく。


「どうしたんすか?」


「あ、オークくん。姫騎士ちゃんがバレンタインのチョコをつくってきてくれたんだ」


 実際はぼくがつくって彼女がラッピングしただけだけど。


 それをオークくんに差し出した。


 そう。これは「みんなにつくってきたのだ!」という体を装ってオークくんに渡してしまおうという作戦なのだ。

 旅行のあと、バイト先の休憩室にお土産を置いていくのと同じ原理だね。


「オークくんも食べなよ」


「うっす。いただきます」


 みんながどきどきしながら見守る中、オークくんがそのチョコを口に含んだ。


 もぐもぐ。


「うまいっす」


 ぼくらは顔を見合わせた。


「よ、よかったら残りはオークくんが食べなよ!」


 そしてさりげなく残りのチョコをすべてオークくんに渡す。


「いいんすか?」


「もちろん。姫騎士ちゃんもそれでいいよね?」


 姫騎士ちゃんが顔を真っ赤にしながらうなずいた。


「とと、当然だ!」


「うっす。ありがとうございます」


 こういうわけで、ぼくらは無事、姫騎士ちゃんのチョコをオークくんに渡すことに成功したんだ。

 これにて一件落着……、と言いたいところだったんだけど。


「あれ。でもオークくん。今日はずいぶん大きな荷物だね」


 彼は大きな紙袋を下げていた。

 そして心なしか、それから甘い香りが漂ってくる。


「……うっす。実はこれ」


 開けてびっくり、それはすべてバレンタインのチョコだった。


「ど、どうしたの?」


「いえ。実は大学でもらったんすけど、とても食べきれる量じゃないので。みなさんも食べてくださればと思って持って来たっす」


「…………」


 ぼくらが呆気に取られていると、ぐいっとサキュバスちゃんが襟を引っ張った。

 みんなに聞こえないように、こそこそと耳打ちされる。


「センパイ! なんですか、あれ!」


「い、いや。ぼくに言われても……」


「どれもこれも高いやつばっかりじゃないですかあー! オークさん、あんなにモテるなんて聞いてないですよおー!」


「ぼ、ぼくだってあれは予想外だよ」


「昨日、ずっと尾けてたのにどうして気づかないんですかあー!」


 いや、それはサキュバスちゃんも同じだと思うんだけど。

 ハッとしてみると、姫騎士ちゃんの魂が抜けている。


 オークくんが首を傾げた。


「どうしたんすか?」


「い、いや、なんでもないよ! わ、わあ。じゃあ、ぼくらもいただこうか」


「そ、そうですねえー!」


 そうして、ぼくらはそれぞれ、持てるだけのチョコをもらったのだった。



 ……そしてシフト終わり。

 サキュバスちゃんのマンションにて。


「姫騎士さん。ちょっと相手が悪いんじゃないですかあー」


「…………」


「正直、あんなに競争率高い男なんて、姫騎士さんが勝てるとは思えないんですけどおー」


「……くっ」


 姫騎士ちゃんが片膝をつく。


「まあまあ。それは姫騎士ちゃんが決めることでしょ?」


 ぼくらはとりあえず、缶コーヒーを飲みながらもらったチョコを消費していた。

 でも、さすがにあれはびっくりしたなあ。


 ……あれ。でも待てよ?

 このチョコはぼくらに押しつけたのに、姫騎士ちゃんのチョコは受け取ったな。


 これって、もしかして……。


「センパイ、どうしたんですかあー?」


「いや、なんでもないよ」


 いま思ったことは黙っておこう。

 ……もしかしたら、オークくんが空気を読んだだけかもしれないしね。


 でもぼくは、あのチョコはオークくんがちゃんと食べてくれているような気がしてならなかったんだ。

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