第68話 オークと甘いチョコ①


「(・д・)チッ」


 突然、サキュバスちゃんが舌打ちした。

 商品の補充をしていた姫騎士ちゃんが、びくりと肩を震わせる。


「…………」


 ぼくはさっきから繰り返されるその光景に、ため息をついた。


「あの、サキュバスちゃん?」


「なんですかあー? (・д・)チッ」


「……あんまり、いじめてあげないほうが」


「ハア? わたしいー、べつに先輩に怒ってるわけじゃないんですけどおー」


「いや、確かにサキュバスちゃんの気持ちはわかるけど、姫騎士ちゃんだって頑張ったじゃない」


「なにが頑張ったってんですかあー! 昨日チョコ渡せなかったのは姫騎士さんのせいでしょー!」


 あー。

 いや、まあ。うん。


「しょうがないよ。オークくん、昨日はシフトじゃなかったんだし……」


「だからわざわざ大学まで行ったんじゃないですかあー! あんなにお膳立てしてやって、結局チキンすぎて渡せなかったのは姫騎士さんでしょー!」


「ま、まあね。でも、チョコ渡すのってすごく勇気がいるじゃない」


「その勇気を出させるためにあれこれしたんでしょー! なんですか、あれ! 結局、オークさんを追っかけ回してバレンタインが終わっちゃったじゃないですかあー! そもそもオークさん、わたしたちに気づいてもなかったですよね!」


「う、うん。そうだね」


「センパイがオークさんのバイク追うためにレンタカーで高速ぶっ飛ばしたときなんて最高にテンション上がったのに、このチキンが車酔いにならなければ……!」


「そ、それはどうも……」


 個人的には、あんまり覚えていたくないことだけど。


 と、そこで姫騎士ちゃんが叫んだ。


「う、うるさいぞ! さっきから聞いていれば、言いたい放題ではないか! キサマだって、わたしが渡しに行こうとしたときに何度も引き留めたではないか! それがなければ最初に渡せていただろう!」


「そ、それはそうですけどおー! あのときは失敗するって占いで出てたんですもん! わたしは姫騎士さんの恋をプロデュースする責任が……」


「それが余計なお世話だと言っている!」


「ハア!? そんな言い方ないでしょー!」


 いやあ。バレンタインを通して、このふたりは本当に仲よくなったよなあ。


「あれ。どうしたんですか?」


「あ、エルフちゃん。お疲れさま」


 そこにシフト交代のエルフちゃんがやってきた。


「ちょっと、サキュバスちゃんの機嫌が悪くてね」


「そうですか。……あっ」


 そう言って、彼女は小さな箱を差し出してきた。


「はい、バレンタインのチョコ」


「え。ぼくに?」


「うん。トシオ、昨日はおらんかったから渡せなかったん」


「うわあ、ありがとう」


 ほわわーん。

 いやあ、二人の衝突で殺気立った空気が溶けていくようだなあ。


「あんな感じでちゃっちゃと渡せばいいんですよ!」


「む、無理に決まってるだろう! キサマならできるというのか!」


「んなわけないでしょー! なんですかあの恥ずかしさの欠片もない感じ! 全国の恋する乙女に喧嘩売ってんですかね!」


 ……うーん。はやくこの場を収めなければ、こっちに飛び火しそうだ。


「あ、そうだ」


 そこでぼくは、ふと思いついたんだ。


 ≪つづく≫

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