第66話 姫騎士とサキュバス②


 帰り際に、ふと呼び止められた。


「トシオどの」


 振り返ると、制服からいつもの甲冑に着替えた姫騎士ちゃんが立っていた。


 珍しいな。

 いつもはシフトが終わったらすぐに帰るのに。


「どうしたの?」


「その、相談があるのだが」


「相談?」


 すると彼女は、なにか言いづらそうに視線を泳がせていた。


「その、……バレンタインにチョコをもらうというのは、男性にとっては大事なものなのだろうか」


「チョコ?」


 そういえば、さっきサキュバスちゃんと言い合っていたな。


「それって、オークくんにってこと?」


「そ、そんなことは! ……あ、あるのだが」


「ふうむ」


 なるほど。

 確かにバレンタインが気にならない男の子なんていないよね。

 でもオークくんはクールだし、そもそも人間じゃないしなあ。


「向こうでは、バレンタインはあるの?」


「あるにはあるが、チョコを渡すというのはこっちに来て初めて知った」


「なるほどね」


 それもそうか。

 バレンタインに女性から男性にチョコを渡すのって、お菓子会社が発案したものなんだっけ。

 というか、この習慣って日本だけなんだよね。


「うーん。オークくんとそういう話をしたことないからなあ」


「トシオどのは、これまでどうだった?」


「あ、いや、それは……」


 ぼくのバレンタイン体験談なんて、あんまり参考にはならないかなあ。

 まあ、その理由は察していただけると嬉しいんだけど。


「あ、そうだ」


「なんだ?」


「もらう側よりも、あげる側の話を聞いたほうがいいんじゃない?」


 そうしたほうが、きっと姫騎士ちゃんの役に立つと思うんだよね。


「しかし、そんなに都合のいい人物など……」


 そうなんだよなあ。

 ぼくも女友だちがいるわけじゃないし、あとは気軽に聞けるのはエルフちゃんなんだけど……。


 ……あの子、どっちかって言うと食べたい側っぽいしなあ。


 と、そこへ店のドアが開いた。


「お疲れさまでしたあー。……あれえー。センパイ、こんなところでどうしたんですかあー」


 サキュバスちゃんもシフトを上がってきた。


 あ、そうだ。

 ここにいるじゃないか。


「サキュバスちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど」


「え、なんですかあー」


「サキュバスちゃんって、バレンタインとか見逃さない感じだよね」


「え? ……あ、あぁ、も、もちろんですよおー。仮にもアイドルなんでえー。ファンサービスでみんなで作ったのをネットにアップしたりいー。毎年ファンからもらったり大変なんですよおー」


 うん? ちょっと返事に間があったけど。

 まあ、いいか。


「ちょっと、姫騎士ちゃんにアドバイスしてあげてよ」


「はあ!? な、なんでわたしがあー!?」


「そ、そうだぞトシオどの! サキュバスなんかに手を借りるくらいなら、わたしはこの場でくっころだ!」


 くっころって、こういう使い方だっけ?

 いや、それはともかくとして。


「そんなこと言わずにさ。姫騎士ちゃんも、オークくんに喜んでもらいたいんでしょ?」


「そ、それは、そうだが……」


「で、サキュバスちゃんだって、ふたりでつくったチョコレートをネットとかに上げたら人気出ると思うんだよなあ」


「ま、まあ、プライベートでそういうところ見せるのって大事ですけどおー」


 サキュバスちゃんは、しぶしぶ首を縦に振った。


「……まあ、いいです。その代り、ひとつ条件がありますうー」


「え。なに?」


 彼女はにんまりと笑った。


「センパイもおー、いっしょにつくりましょー」


 ……おや?


 ≪つづく≫

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