第65話 姫騎士とサキュバス①


 突然だけど、姫騎士ちゃんとサキュバスちゃんは仲が悪い。


 何百年も前のことだ。

 人間と魔族が戦争をしていたとき、姫騎士族と闇の眷属は敵対関係にあった。

 いまでもその因縁は根深く、ふたつの種族は互いにいがみ合っている。


 ……と、いうことなんだけど。


「キサマ、今日という今日は許さん!」


「えぇー。それ、わたしのせいじゃなくないですかあー」


「黙れ! もとはといえば、キサマの起こした問題ではないか!」


「それは誤解を生むので訂正を要求しますうー」


 ホットスナックを用意していたぼくは、はあとため息をついた。


「どうしたの?」


「あ、トシオどの!」


 姫騎士ちゃんがこちらを向いた。

 その手には、作りかけの販促POPが握られている。


「このサキュバスが、チョコレートの画像を予定とは違うところに置こうとするのだ!」


「だからあー。それはこっちに置いたほうが映えると思うんですうー。ほんと、姫騎士ってセンスないですよねえー」


「センスの問題ではない! ちゃんとこの説明書通りに置けと店長のお達しがあっただろう!」


「売り上げが上がったほうがいいじゃないですかあー」


 ふたりに任せているのは、イベントのディスプレイだ。

 言わずもがな、来週に控えたバレンタインだね。

 本部から送られてきたPOPやらなにやらを棚に設置していくのだ。


 いつもはオークくんにお願いしているんだけど、今日は講義で出られないということでふたりにお願いした。

 やっぱり女の子が担当したほうがいいと思ったんだけど、完全に裏目に出たらしい。


「あの、ふたりとも喧嘩しないで……」


 あー、胃が痛い。

 こういうときにエルフちゃんがいてくれればなあ。


 特にこのふたり、ぼくの言うことなんて聞きやしないもの。


「ていうかあー。姫騎士さんってえー。バレンタインとか縁遠い感じですよねえー。そんなひとに、素敵な展示しろっていうほうが無理っていうかあー」


 カッチーン。


「ひとを馬鹿にするのもそこまでにしろ! わたしだって、バレンタインにはそれなりの準備をするつもりだ!」


「へえー。それは楽しみですねえー。でもおー、オークさんって、そもそもバレンタインとかフリーなんですかねえー」


 その一言で、場が凍りついた。


「……くっ!」


 突然、姫騎士ちゃんが片膝をついた。


「ま、まさか……! トシオどの!」


「え? あー、どうかなあ」


 そういえば、そうだな。

 オークくん、あまりプライベートなことは話さないんだよね。

 性格もいいし、大学に彼女がいてもおかしくないと思うけれど。


 その一言で勝利を確信したのか、サキュバスちゃんがにやにやと仁王立ちしている。


「もしオークさんに彼女がいたらあー。もうただのピエロですよねえー」


「ぐぬぬ……」


 なんか、すでにもとの路線から外れてしまっているぞ。


「トシオどの! 頼む、オークにそれとなく、それとなくでいいから……!」


「あ、うん。それはいいんだけど……」


 ぼくは作りかけのバレンタインPOPを見た。


「……設営のほう、はやく終わらせてね」


 ふたりは目を合わせると、再びもとの議論に戻った。


「だからこの説明書では、こっちをここに置いて……」


「だからあー。そっちはこっちに置いたほうが可愛いってえー……」


 ……うーん。

 店長が戻ってくるまでに終わればいいけれど。


 ≪つづく≫

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